将軍


 キーボードのスタタタンッという音がカフェテリアに鳴り響いた。

 俺、澤田俊樹は何故か平塚先輩と対面で座っている。俺の隣にいる玲香は警戒心を解かない。


「ふむ、俊樹氏のブログの記事はこれくらいでござ……いいか。……俊樹君、時間を取らせて悪かったな」


 平塚先輩は熱い眼差しを向けてさも自然体のように俺の手を握ろうとしてきた。玲香が平塚先輩の手首に手刀を入れる。



「あちょっ! あんた俊樹に触んないでよ! 俊樹が穢れちゃうでしょ!」

「い、痛いぞ……。このヒステリック女め」

「あっ、平塚先輩、喧嘩買いますよ」

「い、いや、違うんだ俊樹君、これはその……」


 平塚先輩は俺の事を俊樹君と呼び始めた。……あまり深い理由は聞かない。

 アンダーグラウンドファイターである平塚先輩はどうやらパソコンが趣味みたいだ。

 今日は俺のシステマについて詳しく聞きたいと言うのでインタビューを受けていた。


 最近の平塚先輩はよくわからない。覆面を付けて早川のチャンネルとコラボをしている。

 早川にブラジリアン柔術を教えている動画だ。早川……お前はどこを目指すんだ……。


 まあ、早川も楽しそうで良かった。そう言えば、あの川野ヒカリが大人しくなって、早川の動画で謝罪をしていた。……その時のコメントはすごかった。


『え、なにこれ?』『……いまさら謝っても』『まて、こいつ……早川に惚れてね?』『顔赤いぞ』『声が上ずってる』『視線の質が違う』『ちょ、マジで?』『早川俺たちのコメント信じてねえ!!』『嘘告白からのガチ恋勢かよ……』『しおらしくなって』


 超鈍感な早川は自分が好かれてるとは思っていなかった。

 川野ヒカリからの匂わせ発言も見事にスルーする。


「あっ、そうだ、平塚先輩、三ツ星昇格おめでとうございます」

「ああ、俊樹君がそう言ってくれるだけで俺は救われるぜ。……俊樹くんのお祖父様のおかげだな」


 平塚先輩は俺がどんな風に格闘技を習ったか知りたがっていた。面倒だから俺はおじいちゃんを紹介した。俺の全てはおじいちゃんと父さんから教わったものだ。


 平塚先輩はおじいちゃんと会った瞬間、固まってしまった。

 そして、いきなり服を脱ぎ始めて最敬礼をした。


『はぁはぁはぁ、お、お祖父様、お、俺とタイマンお願いします』


 平塚先輩と止めようとしたが、無理だった。『馬鹿野郎、筋肉は嘘つかねえんだよ!? この御仁は世界最高峰の実力の持ち主だ!! 俺の筋肉がそう言ってるんだ!! タイマンでござる!!!!』


 と言いながら、おじちゃんに連れられて地下道場へと向かったのであった……。

 ござるってなんだ?


 と、まあそれ以来うちに遊びに来ておじいちゃんにボコボコにされていた。

 気がつくと、平塚先輩は平野君と早川もうちの地下道場に連れてきた。


『あん? なんだあの爺は……、やべえだろ? おい、俺とタイマン――』


 口が悪い平野君は全部言う前におじいちゃんに吹き飛ばされてしまった。

 みんなでボコボコにされていた……。


 俺はみんながボコボコにされている間、玲香と一緒にお煎餅を頬張りながらマリックカーで遊んでいたのであった……。






「それでは俺はお祖父様のところへ行ってくる。今日は10秒以上持つように頑張るぜ」

「うん、怪我ないようにね」


 俺がそう言うと、平塚先輩は嬉しそうな顔をして去っていった。

 玲香がため息を吐く。


「はぁ、もうクラブには行かないし、喧嘩も滅多にしないし、不良じゃなくなったわね。流石俊樹ね」

「いやいや、俺は何もしてないよ!?」

「恋が為せる技よ」

「……あ、あはは」


 俺は乾いた笑い声しか出なかった。

 すっかり真面目になった平塚先輩のモテっぷりはすごかった。元々悪い雰囲気と鋭いイケメンっぷりでギャル系の女子のモテてたのに、今では真面目系女子から熱い視線を送られている。

 それに平野君と早川も動画のおかげで学校の人気者になっていた。早川は本格的に鍛え始めてからは精悍な顔立ちになり、平野君によってイケてる男子へとイメチェンさせられていた。すっかりモテ男になったのに全然自覚がない。


 そんな早川はバイトをやめて動画作りに専念をしている。人手が足りないのか、いつの間にか中島さんまで動画作りの雑用を手伝っていた。中島さん……ライバル増えちゃったけど頑張れ。


 慣れないインタビューで少し疲れた……。


「玲香、コーヒー飲む? せっかくだからゆっくりしようよ」

「そうね、ちょっと疲れたもんね。あっ、私買ってくるよ」


 玲香は席を立ち売店へと向かった。

 俺はそんな玲香の後ろ姿を見つめる。……やっぱり凄く可愛いな。

 玲香は俺の視線の気配に気がついたのか、振り向いて小さく手を振ってきた。

 それだけで疲れが吹き飛んで、俺の顔が溶けてしまいそうになる。

 俺は大きく手を振り返した。


 ……一歩ずつだけど進展しているような気がする。玲香は俺の事をただの幼馴染としか思ってない、と思う。だけど、時折見せる表情や距離感が段々と変わってきた。勘違いじゃない。


 今度のテスト明け、俺たちは東京の外れにある『サマーソルトアイランド』へ遊びに行く。動物園とプールと遊園地の複合施設だ。

 早川と中島さん含めて四人でだ。

 平野君と平塚先輩も来たがっていたが、どうしても外せない用事があるらしい。というか、二人が対決するアンダーグラウンドファイトの試合があるからだ。


 お互い怪我は癒えた。すぐに治るように綺麗に骨を折ったり、関節を外した。パンチも後に残らない絶妙な技を使った。


 アンダーファイト動画の視聴者の間ではいまこの一戦の話題で一番盛り上がっている。

 俺が戦った時みたいなイベント戦ではない。ちゃんとリングの上で戦う公式戦らしい。


 俺も早川も楽しみにしている。時間になったら宿でみんなで動画を見る予定だ。

 ……そう、今回はみんなでお泊りをするんだ!


 こんなリア充みたいな事をするのは初めてだ。といっても、俺と玲香は一緒に住んでいる。

 ……友達と旅行するのは初めてだ。


 小学校や中学の時に林間学校や修学旅行を経験している。だけど、あの時は真島さんしか友達がいないかった。班で行動するからずっと一人ぼっちだった。真島さんは彼氏と行動していたし。電車でも旅館でも観光地でも俺はずっと一人。特に気にしてなかったけど、今思うと寂しかったな……。


 だから、俺は今回の旅行はすごく楽しみだ。

 そんな事を考えていたら玲香が売店から帰ってきた。


「おまたせーー、はい、コーヒーね」

「ありがとう。ねえ、今週末のサマーソルトだけど……」

「あっ、あれね、あははっ、私楽しみ過ぎてガイド本一杯買っちゃった……」

「俺も凄く楽しみだよ」

「……うん、私は俊樹と居られるだけでどこでも嬉しいよ」


 不意を食らった。時折玲香が投げてくる言葉が俺の心に食い込む。

 凄まじい威力であった。俺はかろうじて言葉を返す。


「お、お、俺も、玲香と一緒で、嬉しいよ」


 なんて月並みな言葉しか返せないんだ。これが平野君だったらもっとキザったらしく言えるのに……。


 俺たちはそのままカフェテリアでコーヒーを楽しんだ。

 売店の安いコーヒーでも、玲香と一緒にいるととても美味しく感じられた――




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