鈍感
「お前な、俺は金がねえって言ってんだろ!? 超貧乏なんだよ……、俺は水でいい」
「あっそ。じゃあ水でいいんじゃね。お姉さん、俺カフェオレ二つ」
「はーい、かしこまりました〜〜」
俺、早川理央は何故か平野とお茶をする羽目になった。
くそ、俺は午後からバイトなんだっての。なんでこいつは二つも飲み物頼んでやがるんだ。
「……くそ、同情なんていらねえぞ。奢られるほど落ちぶれていねえし」
「はっ? 俺が二つ飲むんだよ。早川こそ勘違いするな」
「ならいいけどよ……」
本当に平野が何を考えているかわからん。
今朝いきなり俺の家に押しかけてきて(昨日の放課後俺の家までついてきやがった)俺を連れ出した。妹は平野を見て大騒ぎだ。あいつが好きなアイドルにそっくりだからな。
『早川の妹か? ……俺は平野だ。こいつとはダチだ。兄貴借りるぜ』
平野の口調は何故か優しかった。俺に向かって『妹は大切にしろよ』とか言うし……、くそなんだってんだよ。教室のお前とは大違いじゃねえかよ。
俺は水を飲みながら平野の相手をすることにした。
「だから、坂下玲香は俺のダチの俊樹の事が好きだと思うぞ。お前諦めろよ」
平野に言っている言葉なのに、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
俺は一年前、川野ヒカリに好意を抱いていた。そして、告白をされて舞い上がった。
嘘告白だと暴露されて、絶望を経験した。
もう誰も好きにならないと思った。
だけど、坂下と出会った時、俺は心を撃ち抜かれた気分だった。……絶対俊樹には言えねえ。真島の事を十年間片思いしてた俊樹の壊れた心を癒やすのには、坂下が必要だってわかる。
それに一目惚れってやつは信用出来ねえ。
……川野に言われた言葉だからだ。
それにしても俊樹は気がついてないけど、坂下に惹かれているだろう。
俺の出る幕じゃねえ。
「何度も聞いてる。でもな、初めてなんだ。妹以外でこんなに好きになるってのがよ。……一目惚れってあるんだな」
「シスコンかよ!? はぁ、知らねえってんだよ。お前くらいイケメンだったら誰とも付き合えるだろ!」
「はっ、なんで好きでもねえやつと付き合う必要があるんだ? 頭悪いのか?」
「……お、おう。まあ確かにそうだな」
平野は俺をいじめていた不良と少し違った。俺はこいつに何度も殴られたが、ただのとばっちりだ。なんでクラスメイトを殴るんだ? って聞いたら『あん? 遊んでるだけだ』と答えが返ってきた。本当にこいつは遊んでいるだけだと思ってるんだろうな。
「いいか、モテる男はむやみやたらに暴力を振るわねえ。喧嘩するなとは言わねえが、教室では少しおとなしくしてろよ」
「……気にした事もなかった。妹が強い男が好きって言ってたから」
「はぁ……なんだ、その妹は? 今いくつなんだ?」
「……十五歳だ。本当なら高校に通っていたはずだ」
「いたはず?」
なんだか変な言い回しだ。その言葉を言った時の平野の顔は凄く悲しそうであった。
もしかしたら触れちゃいけない事を触れてしまったのか?
平野はカフェオレを啜りながら呟く。
「澤田俊樹か……。なああいつを倒したら付き合えるのか?」
「だからなんでそうなるんだよ!? 無理だっての、余計嫌われるぞ!!」
「駄目か。てっきり坂下は強い男が好きかと思った。澤田は俺ほどじゃないがかなり強いだろ」
「絶対喧嘩すんなよ。俺は俊樹のマブダチだ。あいつが居なかったら俺はこの学校にいなかったんだよ」
「わかった、わかった喧嘩しねえよ。……ん? あいつらってうちのクラスの奴らか?」
「あん?」
平野の視線の先には俺をいじめている三人組の男子と……、川野ヒカリがドリンクを頼んでいた。
「マジかよ……」
いくら証拠を持っていてもいじめを受けたトラウマは消せない。あいつらを見るだけで心を萎縮する。正直こわい。どうにか目立たず大人しく過ごすのが正解だ。
川野ヒカリは真島愛梨の親友だ。学校全体でお姫様扱いをされている真島愛梨。その友達という事で川野ヒカリはクラスの上位リア充として認識されている。
だけど、俺は知っている。嘘告白で付き合っていた時、月に一度川野ヒカリと一緒に帰っていた。その時の話題はいつも真島愛梨の愚痴ばかりであった。
仲が良いフリをしているけど、川野ヒカリは真島の事を恨んでいた。中学時代に何度も好きな人を奪われた。付き合ってた彼氏が真島の事を好きになる。真島の取り巻きに馬鹿にされた。いつか真島を転落させたい。
平野の事が大好きな川野にはキープ君が沢山いる。その中には下位アンダーグラウンドファイターもいる。本命は平野だ。……ある日突然真島が俺に伝えてきた。多分本当なんだろうな。
マジで女って怖いって思った。
正直、休みの日まであんな奴らに会いたくない。俺の祈りが通じたのか、アイツラはテイクアウトをして帰っていったのであった。
ほっと一息――
「あっ!! 早川先輩っ! お茶してるの珍しいじゃん。あれ? 澤田先輩と一緒じゃない」
「うおぉ!? びっくりした……。なんだ、中島かよ」
「なんだってなんですか! こんな美少女が現れて嬉しくないっすか! プンスカっす!」
「でも中島だろ?」
「むむぅ……、バカッ!」
平野が俺の手をそっと触る。おい!? 気持ちわりいよ!!
「そいつもお前の友達か? ということは坂下さんの友達ってことだよな?」
「まあそういう事になるか。こいつは澤田ラブの後輩だ。中島萌って言うんだ。中島、こっちは平野聡だ。ひょんな事から友達になったんだ」
「あ、な、中島萌です……。よ、よろしくおねがいします」
「なんだ、イケメンの前だからって随分とおとなしいじゃねえかよ」
「はっ? 私は顔よりも性格重視なの! ……それよりも今日もバイト遅れないでね。私、まだ仕事慣れてないし……」
「んあ? お前も今日シフト入ってんのか? なんかいつも一緒だな。よし、今日は新しい仕事教えてやんよ」
「……うん、ありがとね」
中島は随分と素直な返事をしてきた。いつも俺を小馬鹿にしているけど、まあじゃれているだけだ。素直で笑顔の中島はとても可愛い。うん、こいつは澤田が好きだから勘違いはしないようにしないとな。
「じゃあそろそろ行くね」
「ああ、澤田じゃなくて俺で悪かったな!」
「バーカ!! ……はぁ、マジで鈍感って困るわ」
「ん、なんか言ったか?」
「ううん、何でもないよ。また後でね!!」
中島は手を振ってお店を出ていった。あれ? あいつ何も注文しなかったのか?
平野は俺を細い目で見ながらため息を吐く。
「……お前に恋愛の相談をしたのは間違いだったかも知れないな。……どう見たってお前に惚れてるだろ?」
「はっ? いやいやいやいや、ありえねえって! あいつは澤田が好きなはずだぜ?」
「お前バカだろ? ……本人がいいならこれ以上言わん。恋に目覚めた俺にはわかるがな」
平野は無駄にカッコいいセリフを俺に言う。俺は首を傾げるだけであった。
その時、平野のスマホがポロンと鳴った。平野は通知を見て少しだけ嫌そうな顔をした。
スマホをポッケにしまい俺を見る。
「そろそろ行くぞ」
「はっ? どこ行くんだっての? 俺は午後からバイトしなきゃいけねえんだよ」
「そうか……貧乏だから金が必要か」
「べ、別に家族のためじゃねえよ。俺の生活費だっての」
「……ふ、ははっ、お前面白いな。ったく、貧乏で妹が大好きなところといい、鈍感なところといい。同じじゃねえかよ……。」
「はっ? 誰と同じだって? そ、それに、俺は妹の事が……べ、別に好きじゃ……、うぅ、好きじゃ……、そ、そりゃ家族だから大切だろ……」
平野は動揺している俺を見て笑っている。
「まだ時間あるよな。……なあ、お前身体鍛えてるだろ?」
……確かに俺はいじめられても大丈夫なように家で筋トレをしている。全く筋肉が付かないが……。
平野は俺に微笑んで立ち上がった。なるほどね、男の俺でもイケメンだと思うぞ。くそ、神はいないのか!!
「いじめられてんならやり返せ。俺が喧嘩のやり方教えてやるよ。――なあ、俺と遊ぼうぜ」
教室にいる時の平野と違った。同じ言葉なのに、なんだか子供っぽくて嬉しそうで……少しだけ悲しそうに感じられた。
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