一変
俺は愛梨ちゃんに否定の言葉をかけた事がなかった。愛梨ちゃんから否定の言葉をかけられた事もない。
平塚先輩の事があり、愛梨ちゃんから初めて自分を否定されて俺は目が覚めた。
俺は愛梨ちゃんを突き放した。初めて愛梨ちゃんに逆らった。愛梨ちゃんは多分、その時、初めて自分の心に違和感を感じたのかも知れない。
誰かに嫉妬をする。愛梨ちゃんのそんな感情を見たことなかったからだ。
愛梨ちゃんは保健室のベッドで横になっている。
上半身を起こしてリラックスしていた。
「えっと、玲香ちゃんだっけ? ……あのね、ごめんね。昨日パパの友達に玲香ちゃんの事話しちゃったんだ……、トシ君のそばにいる女の子が嫌だって。居なくなっちゃえばいいって言っちゃったの」
明らかに普通の女子高生の言動ではない。
昨夜、俺は玲香に会いに基地へと向かった。
基地に入れない俺は基地の前でずっと待っていた。
玲香が出てきた瞬間、車がすごい勢いで玲香に向かって行った。
俺は車から出てくる男たちの前に立ちはだかった――
玲香は自分が攫われそうになったのに、優しい顔で愛梨ちゃんの肩に触る。
「うーん、攫われるのは嫌だけど、攫われなかったから大丈夫よ。それに、真島さんは俊樹の幼馴染でしょ? そんな事言っちゃ駄目よ?」
「やっぱり悪い事だったんだね。……ごめんなさい」
今、この保健室には俺と玲香と愛梨ちゃんしかいない。
早川たちには出ていってもらっていた。
「ううん、謝ってくれたからいいのよ。真島さんは――」
「玲香、駄目だ。愛梨ちゃんは善悪がついていない。本当に悪いと思っていない。流れで謝っているだけだ。大変な事をしたって理解していない」
「え? そ、そうなの?」
愛梨ちゃんは悪びれもなく頷く。
「……う、ん。よくわからない。二人が嫌がっているから悪いことしたんだなって思ったんだ」
玲香は愛梨ちゃんの言動に唖然としていた。
そう、愛梨ちゃんは天然で悪意をばらまく。その被害者は大勢いるだろう。
「愛梨ちゃん、これからゆっくり治していけばいい。……そのパパのお友達は凄く悪い事をしようとしたんだ。だから、もうその人とは連絡取っちゃ駄目だ」
「うん、トシ君がそう言うならもう連絡しない」
「俊樹……、本当に大丈夫なの? 色んな人を見たことあるけど……一般人でここまで、その、狂気を感じた事なかったわよ……」
愛梨ちゃんは自分のペースで玲香の話を遮る。
「えっとね、愛梨ちゃんって呼んでほしいな。トシ君のお友達だもん。……ねえ、私ってトシ君の事好きだったのかな? 平塚先輩やみんなの事が好きだったのかな? 好きってよくわかんないんだ。友達ってトシ君しかいなかったから」
愛梨ちゃんは子供の頃のような口調だ。
憑物が落ちたような顔をしている。とても穏やかだ。
「愛梨ちゃん、どうして俺の事が好きだったかわからないんだね」
「えっとね、誰かに好きになるようにずっと言われた気がするの。……記憶が曖昧だけど、小学校の頃、羽柴君の事が好きなのにトシ君を好きにならないと痛かったの」
痛い……? その言葉を聞いた時、胸が苦しくなった。
「それでね、それでね、愛梨は頑張ってトシ君のこと好きになったの。でもね、好きって気持ちがよくわからなくなって……」
「愛梨ちゃん、無理に喋らなくていいよ。少し休もうね」
「ううん、もう大丈夫。起き上がれるよ。ちゃんと教室で授業受けないと後で怒られちゃうもん。それに、トシ君に自分の事を否定されてなんか目が覚めた気分なの!」
「俊樹、一旦教室に戻ろ? 昼休みにでもみんなで話せばいいよ。愛梨ちゃん立てる?」
「うん……、えへへ、玲香ちゃんって優しいね。トシ君みたいだよ」
「はいはい、それだけ元気なら大丈夫ね」
「やっぱり、トシ君がそばに居てくれると落ち着くよ。……あっ、友達だもんね!」
ひとまず身体の具合は大丈夫そうな愛梨ちゃん。俺たちは保健室を出て愛梨ちゃんの教室へと送る事にした。
「じゃあ、またね! ふふっ、トシ君と玲香ちゃんと一緒にお昼食べるの楽しみ! あっ、私普通に生活してもいいんだもんね? もう変な事しなくていいもんね! いろんな事清算してくるね!」
「清算? え、愛梨ちゃん? ちょっとまって! 一体――」
愛梨ちゃんはスマホを握りしめて教室へと入っていった……。
「ねえ、俊樹、あの教室の雰囲気ってやばくなかった?」
「……やっぱり玲香も感じた?」
愛梨ちゃんの教室は妙にざわついていた。クラスメイトはスマホをイジりながら興奮した様子で喋っていた。愛梨ちゃんが教室に入っても反応が薄い。
みんなから好かれているはずの愛梨ちゃんが、だ。
「……俺って幼馴染なのに愛梨ちゃんの事全然知らなかったんだな」
「まあ仕方ないよ。仲直りしたんだからこれから知っていけばいいじゃん」
「うん……、あっ」
「ん? どうしたの?」
俺はとんでもない事を思い出してしまった。
さっき、話の流れで玲香に愛の告白をしたような気が――
「れ、玲香……? あ、あのさ、俺、玲香の事なんか言ってたような気が……」
「え、あ、わ、わ、私は聞こえて無かったよ!!!! うん、聞こえてない……。だ、だから……、ま、また今度、き、聞きたいなー、なんて」
「そ、そう。よ、ヨカッタ……。こ、今度改めて……」
俺も玲香も耳が非常に良い。……う、うん、聞こえなかったんだ。あんな風な流れの告白じゃなくて、もっとロマンティックな場所で告白したい。
「おーい、早く教室へ戻ろう! 授業始まってるよ!」
「あ、ああ、待ってくれって!」
今は大切な想いを胸にしまって玲香の後を追うことにした。
************
「撮ったのか? マジであれは使えねえだろ?」
俺、早川理央は平野と平塚先輩と三人で廊下で作戦会議をしていた。
平野がさっきの事件を動画で撮っていた。
「……俊樹氏の身体は尋常じゃなかった。どんな戦歴を重ねればあんな風な傷だらけな身体になるんだ。それに筋肉量が異常だ。お祖父様と同じ強者の気配を感じた」
平塚先輩は平野のスマホを奪って何度も上半身半裸の俊樹を観ている。
ちょっと顔がキモいぞ。
「あー、あれは勝てねえわ。そもそも土台が違うだろ? ナイフで切られた傷やら銃痕みたいな傷跡もあっただろ? ガチでやべえぞ。動画上げらんねえよ」
そもそもリー先輩を一撃で吹き飛ばすなんて不可能だ。あれは変わった人だけど五つ星のトップランカーだ。平塚先輩と平野が二人で襲いかかっても勝てないらしい。
「あっ、来た来た、おーい、こっちだぞ!!」
廊下にはキョロキョロしている川野ヒカリが俺たちを探している。
俺が手を振ると文句を言いながら駆け寄ってきた。
「ちょっと、あんたたちなんでこんな隅っこにいるのよ。……べ、別に寂しいわけじゃなわよ」
「はいはい、それで川野さ、聞きたい事があるんだ」
「なによ……あ、あんたの言う事ならなんでも聞いてあげるわよ」
すげえな、態度と言ってることが全然違うじゃねえかよ!? 嫌そうな顔してんのになんでそんなに素直なんだよ!
ま、まあいいや。
「あのさ、川野って真島さんと同中だろ? それに親友(仮)だっただろ? ぶっちゃけどんな人だったんだ?」
「え、愛梨の事……? うーん、正直言うとそんなに深い仲じゃなかったしね。教室で話してお弁当一緒に食べてるだけだったし。……よく異性の話をしてたけど、なんかもう自分の事を好きになる人は全部好きって感じ?」
「でも俊樹の事好きだったんだろ?」
「それもわかんないのよ。本当に何考えているかわかんないの。色んな人と付き合ったけど一瞬で別れたしさ。手を握られたから別れたとか、澤田の事を馬鹿にされたから別れたとか……」
「てか、ちょっとまて……。おい、平野!! 動画撮ってんじゃねえよ!? なんで俺と川野を撮るんだっての!」
平野と平塚先輩が少し離れたところに座って俺たちを撮影していた。
「はっ? 面白れえからいいじゃねえか。最近は少し恋愛を絡めた方が再生数アップすんだよ。中島も呼んでいいか?」
「やめろって!! またこいつら喧嘩するじゃねえか!!」
中島と川野は犬猿の仲だ。ハムスターみたいに頬を膨らませて川野に威嚇する。ちょっとかわいいと思ってしまった自分が嫌になる。
平野の隣に座っていた平塚先輩が妙な顔をしていた。
「おい、これって真島の教室じゃないか? 俺の配下から動画のURLが送られてきたが……、嫌な雰囲気だ」
平野も撮影をやめて平塚先輩のスマホを覗き込む。俺たちも動画を見ることにした。
真島さんは教室で一人ぼっちであった。
誰も話しかけようとしない。話しかけようとしても無視されていた。俺はこれを知っている。幽霊ゲームと言って、クラス全員で無視するいじめだ……。地味に精神に来るやつなんだよな。
「ちょ、マジ? 今朝の事は知ってるけど、愛梨に逆らうなんてありえないわ。あんな事で愛梨のフォロワーがいなくなるはずないって。だって、愛梨ちゃんなんもしてなくない? 澤田と痴話喧嘩しただけじゃん!?」
だけど、画面に映し出されているのは一人ぼっちの真島さんであった。しょぼんとしている。
しばらくすると一人の女子生徒が真島さんに近づく。そして、女子生徒が真島さんへ向かって暴言を吐いた。それを皮切りに一大勢の女子生徒が真島さんを囲む。
真島さんはポカンと口を開けていた。
何を考えているかわからない。
そうこうしていると、教室に男子生徒が入ってきた。
平野が呟く。
「ん? こいつ一つ星ファイターじゃね? 真島と付き合えるって喜んでたヤツだ」
「ああ、柄が悪くて有名だ。俺と違って本物の女好きだ。田代と言って粘着質な男で面倒なやつだ」
俺は澤田に念の為メッセージを入れる。
男がいきなり真島さんのほっぺたを引っ叩いた。強烈な一撃であった。
女子生徒は男子生徒を囃し立てる。
「なんだよ、こいつら……。止めに行くぞ!!」
真島さんは何やらブツブツと呟いていた。聞こえない。だけど、身体が震えていた。
俊樹じゃなくてもこんなの見せられたらブチ切れる。
俺たちが動きだした時、動画の中の真島さんが再び殴られそうになった――
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