詰問
遂に、宇佐美家の当主である老人と俺は対面する。宇佐美のお祖父ちゃんはじっくりとこちらを頭のてっぺんから足先までジロリと観察してくる。
なんて鋭い眼光なんだろう。この視線だけで普通の人なら傅いてしまうような気がする。目の前にいる老人は間違いなく、人の上に立つに相応しい風体をしていた。
「お祖父様、こちらの方が私が今お付き合いさせて頂いているお方です」
「うむ」
宇佐美の説明に老人は軽く頷き、俺から視線を外し、考え込む。そして、こちらに聞こえないくらいの声で何かぶつぶつと呟いた後、口を開く。
「良く来てくれた、杏の彼氏君。まずは、自己紹介をして貰ってもいいかな?」
表情を崩し、老人は自己紹介を促す。促されるまま、俺は気を引き締めて自己紹介を始める。
「周王春樹と申します。本日は挨拶をさせて頂くために、お邪魔させて頂きました。何分、勉強不足の為、失礼な言動をとってしまうかもしれませんが、本日はよろしくお願いいたします」
そう言うと、頭を下げる。
確か、声を掛けられるまで頭は上げちゃいけないんだよな? お願いだから合っててくれ!
じっと頭を下げたまま待ち続けていると、お祖父さんが声を掛けてくれる。
「顔を上げなさい。さぁ、そんなに硬くなる事はない。ここには私達しかいないのだからね」
恐る恐る頭を上げると、お祖父さんの表情はさっきよりか幾分、柔らかくなっていた。ダンディな人が優しい表情をすると、とても絵になるな……。
「私は宇佐美家の当主、
「あっ、ありがとうございます……!」
想像より物腰の柔らかい人で良かったぁ。人は見かけによらないとはこの事である。
「さて、では周王君。君と杏の関係を聞かせてもらえるかな?」
「はいッ!」
やっぱりまずはその話からだよな。こういう時の為に、俺は宇佐美と事前に話す内容を決めていた。
「杏さんとは学生らしい清い交際をさせてもらっています。そして、将来的には結婚も考えています。その為に今は、杏さんの側で勉強させて貰っています」
「ふむ。つまり君は、宇佐美家に婿入りする準備が出来ているという事かな?」
実際は付き合ってすらいないのだから、その先の結婚なんてあり得ないのだが……。しかし、ここは宇佐美の為にも源三さんの話に乗っかっておくべきだろう。
「はい。ゆくゆくはそうしたいと思っています」
俺は出来るだけ毅然に答える。
「ふむ……。だがね、周王君。私は心配なのだよ。杏が君に騙されてはいないのかとね……」
確かに宇佐美はかなりのお金持ちだ。源三さんの心配も当然の事である。しかし、源三さんの言葉に黙ってはいられない人物がいた。
「ちょっとお祖父様ッ! ハル君はそんな人じゃないよ!」
宇佐美は源三さんに食ってかかる。
「杏、お前は黙っていなさい。私は周王君に聞いているのだよ」
「ッ!」
宇佐美の主張も源三さんに一喝される。
「さぁ、どうなんだい周王君?」
真っ直ぐ見据える源三さんの眼は、俺への疑心と共に宇佐美への思いやりが感じられた。この人は本当に宇佐美が幸せになって欲しいと思っている。
これだけ真剣な思いに俺は気持ちを誤魔化したまま答えていいのか……? この人の思いに応えないとこの人を納得させる事は出来ないんじゃないか?
決めた。俺は源三さんに素直な思いの丈をぶつける。でないと、源三さんに失礼だ。
「私は……杏さんに人生を救われました。正直、最初は恩を返したいという思いでいっぱいでした。でも、今は違います!」
一つ大きく息を吸い、一気にまくし立てる。
「私は、杏さんの隣に立つに相応しい男になりたいです! 今はまだ、杏さんには私は相応しく無いのかもしれません。しかし、何年、何十年かかってでも杏さんの隣に立てるまで諦めません!」
「……」
「だから、杏さんとの仲を認めてくれませんか?」
言い切った。俺はすべてを言い切った。どうか俺の思いよ、伝わってくれ。
源三さんは話を聞き終わると、腕を組んだまま瞳を閉じて考え込んでいる。
何分経っただろうか。体感的には20、30分も経ったような感覚が俺を襲っている頃、源三さんは口を開く。
「……分かった。今は君の言葉を信じよう」
その言葉に俺はホッとする。しかし、すかさず源三さんが釘を刺す。
「ただし、もし君が少しでも杏を傷付ければ、君と杏の付き合いはそれきりで断絶させてもらう」
「……分かりました」
しばらく互いに目をじっと見続けていた俺と源三さんだったが、源三さんが軽く微笑んだのを切っ掛けに空気が弛緩する。
「ふぅ……。さて、周王君の気持ちも聞けた事だ。2人とも、部屋を出て構わんよ」
源三さんの言葉に俺たちは素直に甘える。
「はい。それでは、失礼させていただきます。今日はありがとうございました」
俺と宇佐美は源三さんに一礼し、退室しようとする。しかし……
「そうだ。2人とも今日は泊まっていきなさい」
源三さんの言葉で思わず足が止まる。もちろん、断るわけにもいかず……
「わっ、分かりました」
源三さんの言葉に従うのだった。この瞬間の俺はもしかしたら、微妙な顔をしていたかもしれない。
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