お誘い


 昨日、お金持ちだけが通う名門、東凰学園に転校を果たした俺だったが、昨日から夜が明けて、今日の日付は土曜日。つまり、休日であった。


 窓から差す陽光で目を覚ました俺は、大きく欠伸をしながら体を起こす。部屋に立てかけられた豪華な装飾をした時計を見ると、時計の針は8時15分を差している。最初こそ戸惑っていた生活も1週間も続けたことにより、今では少しだけ慣れた。


「ハル君、一緒に出かけましょう!」


 今日、何しようかなぁと俺が考えていると、勢いよく部屋のドアを開ける者がいた。俺の小学校時代の幼馴染であり、現在の俺の主人でもある宇佐美杏である。宇佐美はワクワクと体を震わせながら、俺の返答を待っている。


「ノックぐらいしようぜ、宇佐美」


 俺が苦笑しながら指摘すると、宇佐美は顔をポッと赤くする。指摘され、自分がはしたないことをしてしまった事を理解したようである。


「そっ、そんな話はともかくッ! 今日2人で一緒にお出かけしませんか?」


 宇佐美は恥ずかしさで赤面した顔を誤魔化しつつ、提案してくる。俺の答えは決まっている。


「いいよ、俺もちょうど自分の服が欲しかったんだ。何時に出かけよっか?」


 俺の返答に、宇佐美はパッと顔を明るくする。顔を明るくした宇佐美を見て、俺も嬉しくなる。


「そっ、それじゃあ……12時に新浜しんはま駅の駅前に待ち合わせでどうですか?」


「んっ? 車で一緒に行くんじゃないのか?」


「そっ、それは……!」


 どうしてわざわざ別々に? と俺は疑問に思う。少しの間、口籠もっていた宇佐美は、深呼吸を一回してから意を決したように口を開く。


「だっ、だって……待ち合わせたほうが……恋人っぽくないですか?」


「……!」


 上目遣いに言う宇佐美に俺はクラリとする。


 そっ、そうか〜。これはデートのお誘いだったのか。確かに、年頃の男女が2人で出かけるなんて普通はデートと思われるか。


 宇佐美とデートをするということを意識し、先程までリラックスしていた体が途端に緊張する。胸に動悸が走り、体温が上がる。


「そっ、そうだな!? それじゃあ12時に駅前に集合ってことでッ! それじゃあ、宇佐美。俺にも準備があるから、一旦出てもらってもいいか?」


 俺は声を上擦らせながら、宇佐美に部屋から出て行ってもらおうと促す。これ以上、宇佐美といるとドキドキで胸がおかしくなってしまう。


「はい! ハル君、楽しみにしてますね!」


 宇佐美が退室したことを確認し、俺は大きく息を吐く。


「ハァ……」


 宇佐美の家に居候し始めたが、毎日がドキドキの連続である。まぁ、そのほとんどの原因が宇佐美を発端とするとのなのだが。しかし、決してそれがイヤではないと俺自身は感じている。今の俺は、冥と付き合っていた頃にはなかった充実感を感じていた。


 俺は胸にともった何か温かいものを抱きながら、宇佐美とのデートに向けて準備をするのだった。




ーーーーーーーーーー




《宇佐美杏視点》


 宇佐美杏は自分の部屋に戻ると、ベッドの上で足をバタバタさせる。その頬は少しばかり紅潮している。


「〜〜〜〜〜! ヤッター、ハル君とデートだぁ!」


 小さい頃から夢見ていたことがもうすぐ実現するとわかり、私は自然と顔がニヤける。8年間、夢見ていたのだ。もはや、私の心臓は人生初体験の高鳴りをしていた。


「ハッ! こうしちゃいられない。デート用の服を選ばなくちゃ!」


 移動時間を考えても11時半には家を出なければいけないだろう。今は8時30分。待ち合わせまでは2時間しかない。はじめてのデート、遅刻するわけにはいかない。


 私はデートの服を選ぶため、ベッドから立ち上がると、部屋の箪笥を漁るのだった。


 1時間後……。


 宇佐美杏の自室のベッドには、大量の洋服が積まれていた。彼女は箪笥から取り出した洋服を体に合わせると、うーんと首を傾げ、ベッドの上に服を放る。これらの動きを1時間絶えず、繰り返していた。


 その様子は誰から見ても、これ一生選べないんじゃないか?と感想が出るもので、あと一時間の間に選べるとは到底思えない。いまだにデート用の服を選べない彼女が悩んでいると、一人のメイドが部屋に入ってくる。宇佐美杏が雇っているメイド、二条纏である。


「お嬢様……いつまで服を選んでるんですか。このままじゃ、デートの時間に間に合いませんよ」


 二条がため息を吐きながら部屋に入ると、私に苦言を呈する。私は二条の指摘にギクッとするが、すぐになんとか反論する。


「そっ、そんなこと言ったってしょうがないじゃない! 男の子とのデートなんて初めてなんだから!」


 私の言葉に二条はハァ……と今日、二度目のため息を吐く。


「そもそも、お嬢様は周王様とどこへ出かけられるのですか? 出かける場所によって、自ずと身につける服も変わるでしょう」


「……!」


 二条の指摘に私はギクッとする。さすが、メイド界のエリートである。二条の指摘に私はぐうの音も出なかった。


「ハル君は……買い物に行きたいって言ってました」


「それなら、出かける場所は大型デパートでしょうか? それならカジュアルさも残しつつ、可愛さをアピールできるファッションが良いですね……」


 その後、私は二条が選ぶ服を合わせては脱ぐという作業を何度も続ける。そんなことを続けていると、ふと、私は疑問に思ったことを二条に質問する。


「そういえば二条、なんで部屋に入る前から私が服を選んでるって分かったの?」


「気配でわかりました」


「……」


 私は雇っているメイドの予想外の能力に恐れ戦くのだった。

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