波乱のお泊まり


 源三さんの誘いを受けて宇佐美家の本家に一晩泊まることになってしまった。隣を見ると、宇佐美も口をあんぐりと開けて呆然としている。宇佐美がこんなに動揺しているのは珍しい。


「おい、宇佐美!」


 小声で宇佐美に呼びかける。すると、ハッとして正気に戻る。


 俺と宇佐美がそんなやりとりをしている間にもーー


「久慈はおらんか!」


 源三さんの一声で久慈さんが姿を表す。


「はい、ここに」


 先程までけほども気配を感じられなかったのに忽然と現れた!? この人はNINJAかな!? もしくは幻の6人目シックスマンか!?


「お嬢様、周王様、こちらへ」


 俺の動揺もよそに久慈さんは移動を促してくる。素直に久慈さんの案内に従う。




ーーーーーーーーーー




 久慈さんに促されるままに歩いていると、俺たちは和室へと案内される。


「こちらがお2人・・・にお泊まりになっていただくお部屋になっております」


 久慈さんに案内された部屋は畳張りのとても広い和室であった。部屋の中にはあちこちに見るからに高価そうな調度品が飾られている。掛け軸に壺、はてにはテレビでしか見ないような鎧武者まで飾られている。


「ッ!」


 宇佐美の家とはまた違った雰囲気に圧倒される。しかし、部屋に圧倒されたのはもちろんだが、それよりも気になる言葉があった。


「あの〜、2人っていうのは……」


「旦那様より、お嬢様と周王様には同じ部屋にお泊りいただくように仰せつかっております」


「「えぇっ!?」」


 げっ……源三さ〜ん!? いつの間にそんな事、命じたんですか!? いや、っていうか準備が良すぎでしょう。もしかしなくても……事前に用意していたんじゃ……。


「あの……さすがに年頃の男女が同室で一夜を越すというのは……」


「お2人は恋人同士と伺っておりますので、問題ないと愚考しますが?」


「「絶対に問題があると思うんですけど(だけど)!」」


「御意見は旦那様にお願いいたします。久慈は旦那様のご意向に沿っているだけですので」


「「うっ!」」


 さすがにあの人には文句を言えない……。宇佐美も顔を苦々しく歪ませながらも口を噤んでいる。


「では御二方、御用がありましたら、いつでもお呼び出し下さいませ」


 続く言葉が無いことを確認すると、久慈さんはまるで最初からそこに誰も居なかったように姿を消す。


 ……まるで霧みたいな人だな。そこに居るのは分かっているのに、いくら手を伸ばしても掴めないみたいな。彼女がその気になったら、いつでも人を暗殺できそうだな……。


 あの、まったく違和感なく気配を消す技術はさぞ、暗殺業界では引っ張りだこだろう。そんな業界があるかは知らないが……。


「「…………」」


 久慈さんもいなくなり、俺と宇佐美の間に沈黙が流れる。それもそうだろう。なんせ一晩、同じ部屋で過ごすことが突如、決まってしまったのだ。かくゆう俺も、さっきから何と声を掛けていいのか分からない。


 おかしい……。いつもなら2人きりになっても、ここまで微妙な空気にはならない。これも慣れない環境が生み出すものなのだろうか。しかし、このままで居ても埒が開かない。


 ここは思い切って俺から踏み出すべきだろう。


「とっ、とりあえずお茶でも入れようか?」


 おいっ、俺ッ! もうちょい気の利いた事を言えないのか!? もっと他に気の利いた言葉があっただろ!?


 俺は自分の吐いた言葉に猛烈に後悔する。


「うっ、うん。それじゃあ、お願いします……」


 頭を抱えていた俺に、先ほどの言葉に対して宇佐美が返事をする。


「あっ、ああ……。用意するよ」


 もはや、部屋の中の空気は収拾がつかないが、雑念を払うように俺はお茶の準備をするのだった。




ーーーーーーーーーー




《宇佐美杏視点》


 待って、待って、待って! ハル君と同じ部屋で一晩、一緒に過ごすなんてッ! こんなの……こんなの……間違いがあってもおかしくないよ! どうしよう!? 今日の下着、可愛いやつじゃないッ!


 くっ! こうなる事が事前に分かってれば、とっておきの勝負下着を着けてきたのに!


 ハル君を見ると、平静を装ってはいるが目が泳いでいる。動揺しているのが私だけじゃないと分かって、少しだけ気が楽になる。ハル君の頬は心なしか、朱色に染まっている。


 もしかして、ハル君も私と同じように男女のアレコレが起きる事を想像してる? いや、勝手な推察はいけないかな? でも……そうだとしたら嬉しいな。


「ほら、宇佐美。お茶入れたぞ」


 ハル君は湯呑みに入れてくれたお茶を私に渡す。


「ありがとう、ハル君」


 お礼を言って、私は湯呑みを受け取る。ハル君の入れてくれたお茶はホッとするような味だった。


 正直、味だけならメイドや執事たちが入れるお茶の方が美味しいと思う。でも、ハル君のお茶は舌にではなく、心に訴えかけてくるようだった。


(隠し味は私への愛情……なんてね! でも、そうだったらいいなぁ)


 それにしてもーー


 なんかお祖父様……いつもと違う? いくら恋人同士だと説明したからと言って、いきなり年頃の男女を一つの部屋にするかしら。


 私の記憶だと、執事ですら私と2人きりにさせないようにしてたと思うんだけど……。ここ数年で考えが変わった? 確かに、早く結婚相手を探すようにせっつかれていたけど……。


 ううんッ! 考えても仕方ないや! 今日のところは、お祖父様はハル君の事を意外と気に入ってくれてるって考えとこっ!


 それから私とハル君は、久慈が食事の時間を告げに来るまで、おしゃべりを楽しんだ。



※更新を再開しました。by作者

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