緊張の夕食会


「周王君、うちのシェフの料理はお口にあったかな?」


「たっ、大変美味しいです!」


「ふむ。なら良かった。シェフが君だけの為にはりきって作ったものだ。シェフもさぞ喜ぶだろう」


 緊張しながら答えると、源三さんは少しだけ口角を上げる。


 現在、俺は宇佐美の実の祖父、宇佐美源三さんと俺、そして宇佐美の3人で夕食を頂いている。いつもは食事中、優雅ですらある宇佐美の手捌きも今日は洗練さを欠いている。


 そして、間違いなく宇佐美と俺を巻き込んでこの空気を作り出しているのは、宇佐美家当主、宇佐美源三さんである。その表情こそ笑みを作っているものの、源三さんが周囲に与えるプレッシャーは尋常ではない。


 これが日本有数の大企業を率いる人が持つオーラなのかもしれない。まさか、俺が生きている間にそんな物を知る機会があるのはびっくりだが。誰がどう見ても俺がこの場に相応しくない事は明白である。


 それなのに何の因果か、ひと目見るだけでも難しいと言われる人物と食事をしている。夢だとしてもおかし過ぎる。


「ところで、周防君。杏とはどこまで・・・・関係が進んでいるのかね?」


 ーーブフォッ!


 源三さんの問いかけに俺は飲んでいた味噌汁を吐き出しそうになる。


 急になんてことを聞くんだこの人は!? 宇佐美も箸を持ったまま固まってるじゃないか!


「えーっと……」


 俺が慎重に口を開いた瞬間ーー源三さんの眼が鋭くなる。


 すっ……すごい眼光だッ! これは……返答を間違えば殺される! 冗談抜きで、この人が命じれば、俺を何の痕跡も残すことなく消すことが出来るだろう。それだけの権力を目の前の人物は持っている。


「ちょっとお祖父様!? なんて事をお聞きになるんですか!?」


 正気に戻った宇佐美が食ってかかる。


「別におかしな事を聞いているわけでは無いだろう? お前の祖父として、何より宇佐美家の当主として聞いておかなければならないことだ」


「……ッ!」


 勢いよく食ってかかった宇佐美だったが、源三さんのひと睨みで口を閉ざしてしまう。


「……それで、杏とはどこまでいっているのかね?」


 再び、鋭い視線が刺さってくる。


「きっ、杏さんとは何度か手を繋がせてもらった他、膝枕をしてもらった事があります! ですが、それだけです!」


「ほうほう。では、うちの杏はまだ生娘であると……。君はそう主張するわけだね?」


 源三さんが目を細める。途端にーーズンッ!と源三さんからのプレッシャーが強くなる。源三さんは話を続ける。


「しかし、だ。年頃の男女が一つ屋根の下で暮らしていてキスもしていないとは、到底信じられないのだがね」


「たっ、確かに杏さんとは同じ屋根の下で生活をしていますし、彼女が魅力的な女性である事は疑いようがありません」


 源三さんと真正面から視線をぶつける。


「しかし、天地神明に誓って不純な交友は行っていません!」


 言い切ると、俺と源三さんは互いに目を合わせる。正直、源三さんの眼光に負けてしまいそうだ。でも、ここで目を逸らしたら宇佐美と一緒にいる権利さえ失ってしまう。そういう謎の予感がある!


「…………」


「…………」


「フッフッフッ……」


「…………」


「ハーハッハッハッハ!」


「?」


 急に笑い出した。これはどうなんだ!? うまくいったのか?


「ハッハッハッハ! いやぁ、すまなかったね周王君。君が緊張していたようだったから、少しからかってしまった」


 じょ、冗談だった? にしてはちょっと眼光が鋭すぎると思うんですけど!? 強面の人の冗談とか、まったく冗談に見えない……。


「ハハハハハ……」


 もはや、乾いた笑いしか出ない。


 源三さん……。 冗談言うなら、もう少し分かりやすくしてください(本気)! 軽く恐怖を感じちゃいましたよ!


「私の為にいらぬ気遣いをさせてしまってすみません。お気遣い感謝します」


 正直、肩の力は全然抜けていないが、俺の為に苦心してもらったようなので軽く会釈し、感謝を告げる。


「ハッハッハ。さぁ、食事を続けようじゃないか?」


「はっ、はい!」


 その後、若干弛緩した空気の中で3人で食事を続けた。ちなみに、食事は和食中心のメニューで大変美味しかった。




ーーーーーーーーーー




「さっきはごめんね! お祖父様がハル君に変なことを聞いちゃって……」


「いや、気にしてないよ。お祖父さんも冗談だって言ってたしね」


 宇佐美が夕食の時のことを気にして謝罪してくれた。


「うぅ……。ハル君が気にしてないなら良いんだけど……」


 宇佐美が気にかけるような事じゃないと思うんだが……。まぁ、でもこの気配り屋なところが宇佐美の良いところかな?


「ホントに気にしてないからさ。な? 元気出せって?」


「うぅ……。なんか今日1日でたくさんハル君を困らせてる気がするよ〜……」


 ダメだ。完全にネガティブモードに入っちゃってる。なんとか話を逸らさなくちゃ。


「そっ、そういえば宇佐美は昔、この本家で生活してたりしてたのか?」


「えっ、私? そうだなぁ……」


 よしっ! 話を逸らすことに成功したぞッ!


「まだ私が物心もついてない頃に暮らしてたらしいんだけど、私の記憶にある限りではここで生活してたって記憶はないんだぁ」


「へ〜、そうなのか」


 てっきり、俺が知らない頃の宇佐美はここで生活してたのかと思ってたんだが……そうじゃないんだなぁ。


「うん! だから私もハル君と一緒で、ここにはそんなに慣れてるわけじゃないんだぁ」


 確かに、俺が宇佐美と出会ったのが5歳くらいの時だから、離れ離れになってからも本家で生活していなかったとしたら宇佐美が本家で生活していたのは少なくとも4歳より前……。辻褄は合ってるかな。


 そういえば、宇佐美の両親はどうしたんだろう? 小さい頃に少しだが会った事もあった。なのに、宇佐美と再会してから会うどころか、話に出てくることすら無い。


 親子仲は悪くなかったと思う……。いや寧ろ、かなり良かったと記憶している。俺が知らない間に喧嘩でもしたのか?


 俺が思考の渦に飲まれていると、襖をノックする音が聞こえてくる。


「お嬢様に周王様、湯浴みの準備が整いました」


 襖の外から湯浴み、つまりお風呂の準備が出来たことを告げる声が部屋の中に届く。


「「わかりました(わ)」」


 俺は一旦、思考を中止し、湯浴みに行くことにするのだった。




ーーーーーーーーーー




「ふぅーーー。気持ちいいな」


 使用人の案内に従ってお風呂に来た俺は現在、(温泉地かな?)という感想が出るほど大きな露天風呂に浸かっている。


「宇佐美の家のお風呂も良いけど、こういうザ・和風といった感じの風呂もいいなぁ」


 宇佐美の家が洋なら、ここは純和風だな。やっぱり日本人としてはこっちも捨てがたい……!


「失礼するよ」


「はいはい、どうぞおかまいな……く…………」


「ふぅーーー」


 露天風呂の水面が揺れ、追ってチャポンという音が明瞭に辺りに響く。


「なっ……」


 なんで宇佐美源三さん、あなたが入って来てるんですかーーー!!!

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