帰宅


「今回は大変お世話になりました」


「ふむ。また来るといい」


 宇佐美家本家で一夜を明かし、次の日の朝、俺は宇佐美源三さんへお礼を伝える。源三さんの後ろには俺たちを見送る為だけに何十人もの使用人さん達が控えている。


 俺よりも年上の大人達が俺を見送る為だけにこの場に集ったのかと思うと、少し申し訳なくなる。宇佐美の家でも見送りはあったが、こればっかりは庶民の俺には慣れなかった。


 控える使用人の中には久慈さんも含まれており、俺と目が合うと軽く会釈してくれた。合わせて俺も軽い会釈で返す。


「お祖父様、一晩、大変にお世話になりました」


 俺に続いて、隣にいた宇佐美もペコリと頭を下げる。源三さんは宇佐美のお礼に鷹揚に頷く。


「お嬢様、周王様、こちらで御座います」


 ちょうど別れの挨拶が終わった所で、声がかかる。その声の主は本家の前まで迎えに来ていた二条さんである。


 二条さんは俺たちを本家の前で待たせている車の方へと促す。俺と宇佐美はそれに従い、車の方へと足を運ぶ。


 ほんの1日足らず本家で過ごしただけなのに、とても宇佐美の家が恋しくなった。常にポーカーフェイスな二条さんの姿にも妙に懐かしさを覚える。


 どことなく不思議な感覚である。しかし、そんな感覚も俺自身が宇佐美の家を自分の家だと認識してきた証明だと思うと、とても嬉しいと感じる。


「帰ろ、ハル君? 私たち・・・の家に」


 俺より先に迎えの車に乗り込んだ宇佐美が俺に手を差し出す。


(後ろで宇佐美のお祖父さんが見てるんだが……。宇佐美……分かってやってるな?)


 宇佐美の手を取るか、一瞬迷った俺だったがーー


(まぁ、これ位は源三さんも許してくれるかな?)


 ーーそう思って、無理やり自分を納得させる。


「ああ、帰ろう。俺たち・・・の家に」


 そう言って、俺は差し出された宇佐美の手を取るのだった。後ろは怖くて、少し確認したくないな……。




ーーーーーーーーーー




「到着いたしました。足元にお気をつけてお降りください」


 車を降車すると、昨日となんら変わらない宇佐美の家が目に飛び込んでくる。最近は宇佐美の家で過ごしている事を当たり前の日常と感じて暮らしていた。


 でも宇佐美家本家に行った事によって、この日常が当たり前の事ではないことを再認識させてもらった。俺がここで暮らしているのなんてただの偶然でしかない。


 偶々たまたま、子供の頃、宇佐美と友達になって……偶々、俺が死のうとしていた時に宇佐美と会った……。今の自分の日常はそんな偶々によって作られたものだ。


 今の俺の日常など宇佐美が一言、「周王春樹をこの家から追い出して」と言っただけで終わってしまう代物だ。例え、宇佐美の気が変わる事が無いとしても、漫然と日々を過ごすのは違うと思う。


(気を引き締めよう……!)


 近頃の俺は現状に満足していたように思う。この日常だって、いつ崩れるのか分からないのだ。今の日常は俺の力など介在することなく続いている、何ら保証のない日常だ。


 だから、今度は自分自身の力で俺の日常を作り上げる。宇佐美の隣に立てる男になるという目標のためにも……。


「う〜〜〜〜ん」


 隣を見ると、車から降りた宇佐美が体を伸ばしている。その姿はまるで猫を連想させ、自然と笑みが溢れる。


 思えば、俺はいつも宇佐美の好意を受け取るだけで、自分から宇佐美に好意を伝える事は無かった。それも改めるべきだろう。


(今日からは、俺から積極的にいこう!)


 新たに決断した俺は、早速行動に移す事にした。


 体の伸びが終わった宇佐美の手を握り締める。


「宇佐美、一緒に家に入ろうか?」


 突然、手を握られた宇佐美は「ふにゃー!」と可愛らしい声を出して、俺の方を見る。宇佐美の顔は耳まで赤くなっている。珍しく動揺しているようだ。


 急速に高くなっていく体温を握った宇佐美の手から感じる。


「うっ、うん……。一緒に入ります……」


 か細い声で言った宇佐美の言葉を聞いた俺は、いつもよりぎこちなく、思い通りに動かない体を認識しながら、家の中まで宇佐美をエスコートするのだった。




ーーーーーーーーーー




《宇佐美源三視点》


「何? 縁談を断った家から苦情が来ている?」


 久慈から報告を受けた私は、その報告を怪訝そうに聞き返す。


「はい。ほとんどの家はお嬢様に既に婚約者がいる事を伝えると引き下がりましたが、ある家だけが食い下がってきました」


 宇佐美家にそんな強気に出られる家がいたとはな……。確かに、通常の家なら縁談の日程まで決まっていたのに突如、話を断ったら苦情が来るのは珍しくない。


 だが、宇佐美家ほどの大家に苦情を言ってのけるとは……。その家は途轍もない度胸があるのか、もしくはただの馬鹿か。


「どこの家だ?」


千本院せんぼんいんです」


「あそこか……」


 王島財閥に次いで、日本経済を支えてきた名家である。宇佐美家とも少なくない交流を持っており、過去には共に大規模事業に関わった事もあり、宇佐美家でも千本院家には強く出られない。


「先方はなんと言っているんだ?」


「はい。お嬢様の婚約者に会わせろ、と申しております」


「周王君に?」


「何でも本当に宇佐美家に相応しい婚約者かどうか確かめるとか。宇佐美家と親交も深い千本院家が将来、宇佐美家を支える人間を見極めるのは当然の権利である、と主張しております」


「ハァーーー!」


 思わず大きくため息を吐いてしまう。何が見極めるか。千本院が今まで政略結婚を使って他家を呑み込み、大きくなってきたことを私が知らないとでも思っているのか?


「十分な菓子折り・・・・を持たせて、引き取ってもらえ」


「ハッ!」


 私が命じると、久慈はすぐさま菓子折りの準備へと向かう。これで話が収まると良いのだが……。


「まったく……こうも次から次へと頭を悩ませる問題が出てくるとは」


(まだ隠居するわけにはいかんな……)

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