転落1


《綾川冥視点》


「クソがッ! クソがッ! クソガァァァ!!!」


 綾川冥は今日受けた屈辱を思い出し、自分の部屋にあった巨大なぬいぐるみを無闇矢鱈に殴りつける。しばらく殴り続け、満足したのか、彼女は息を切らしながら、今日会った女、宇佐美と自分の元カレ、周王春樹に対して、怨嗟の声を漏らす。


「あの女ァッ! 絶対に許さないんだからッ! それにアイツ……私の奴隷だったくせに私に逆らいやがってぇ!」


 自室で怨嗟の声を上げる彼女は、もはや外用の取り繕った仮面を脱ぎ去り、彼女の醜い内面を表していた。


「ハァ……こうなったら明日はマサキ君に癒やしてもらわなくちゃ!」


 黒服に囲まれ、恥も外聞もなく命乞いをしていた彼女だったが、あれだけの出来事を経ても、彼女はまったく反省していなかった。今でさえ、自分に屈辱を味合わせた男と女をどうやって嬲ってやろうかと楽しそうに思案している。


「裸の写真を撮って、ネットに流す……いや、その辺にいるホームレスとヤらせるっていうのもいいわね! 私に手を出したらどうなるか、思い知らせてやるんだから!」


 彼女は春樹達が辿るだろうドス黒い未来に向けて、楽しく思案をしながら床に就く。彼女の言葉を聞いている者がいるとも知らずに……。




ーーーーーーーーーー




 ジリリリリリリリリ、ガチャン。


「あーよく寝た」


 月曜日。世の高校生達が学校へ行く曜日である。目覚まし時計の鳴る音で目を覚ました彼女は、うるさく鳴る目覚ましを止め、腕を天井に突き上げ、グーッと体を伸ばす。そして、昨日思い描いた春樹達の破滅の未来を夢想し、天を仰ぐ。


「アイツらがこれから破滅していくかと思うと、楽しくってしょうがないわ! でも、まずは早く、学校に行かなくっちゃ。可愛くて美人でしかも優等生っていう私のキャラが壊れちゃう!」


 目を覚ました彼女は、すぐに顔を洗い、歯磨きを済ませる。そして、顔に薄くメイクを施し、高校の制服に身を包む。


「いってきまーす」


 玄関に出た彼女は、すばやく靴を履くと、帰ってくるはずもない挨拶をし、家を出る。


 家を出ると、さすがの美貌というべきか、彼女がすれ違う人間は見惚れるようにポーッとその場に突っ立っている。その様子に彼女は気づかないフリをしつつ、学校へと歩を進める。


 あ〜、やっぱり外はいいわ。私がすれ違う人間は有無を言わさず、私に見惚れる。これで、おとといの屈辱が少しずつ晴れていくわ〜。


 周囲の反応に彼女は気分を良くしながら歩いていく。しかし、内心では喜んでいるというのに、まったくおくびにも出さないのだから、彼女の精神力は凄いと言えるだろう。だからこそ、今まで自分の内面を一切悟らせずに生きてこられたのかもしれない。


「フフン♪ フフンフフン♪」


 気分を良くした彼女は鼻歌を歌いながら登校し、やがて学校の校門前まで来る。そのまま、真っ直ぐ正面玄関へ向かっていた彼女だったが、いつにも増して視線を感じることに気づく。


 しかも、今までの見惚れるような視線と違い、どこか胡乱げな視線である。さらに、正面玄関の方では、生徒がごった返している様子も確認できる。


 ……なんかいつもと様子が違うわね。何かあったのかしら?


 彼女が呑気に考えながら歩いていると、1人の女子生徒が彼女に近づいてくる。アイツは……確か、最近取り巻きに入れてあげた……葛西麗子だったかしら?


 彼女は取り巻きの女子が近づいてくるのを確認すると、外用の営業スマイルを浮かべ、近づいてくる女子に挨拶をする。


「葛西ちゃん、おはよう!」


「ああ……うん、冥ちゃんおはよう……じゃないよッ! 冥ちゃん大変なのっ! 目が隠されてるからハッキリは分かんないんだけど……冥ちゃんみたいな人がヤクザみたいな人と一緒にいる写真とか、怪しい男の人に白い粉が入ったビニール袋を渡す写真が学校中に貼られてるの!」


「えっ……」


 突然の取り巻き女子の言葉にしばしの間、ポカーンとしていた彼女だったが、すぐにハッと我に帰る。


「そっ、それどこに貼ってるの!?」


「正面玄関の掲示板に貼ってあるよ!」


 取り巻き女子の言葉を聞くと、彼女はすぐに目の前の正面玄関に向かって走り出す。


 正面玄関に近づくと、彼女に気がついた生徒たちが皆一様に彼女から距離を取る。彼女はそうしてできた空間を通り、掲示板の前まで来る。


 するとそこには……『特大スクープ! あの優等生の裏の顔が遂に明らかに! 裏ではこんなことをしてたなんて……』という吹き出しと共に、彼女や彼女の友達が今までやってきた悪行の写真が、掲示板いっぱいに貼られていた。


 なっ、なによコレェ!? ハッ! さてはアイツらの仕業ね! これ以上なにもしないなんて言っておいて、結局やってるじゃない! 騙してくれたわね〜〜〜!


 そうして、彼女は自分が心の中で描いていたドス黒い思考を棚上げにし、春樹達に対して怨嗟の思いを募らせる。彼女が春樹達への恨みを膨らませている間に、取り巻きの女子が掲示板に立つ彼女のそばに近づく。


「冥ちゃん……これ、ホントに冥ちゃんじゃないよね?」


 取り巻きになってまだ日が浅く、彼女の本性を知らない取り巻きの女子は、不安そうに彼女へと問う。


「あっ、当たり前じゃん。こんな写真、加工かなんかだよ!」


「そっ、そうだよね! あ〜、安心した。冥ちゃんがこんな事するわけないもんね!」


 実際には、彼女は掲示板に貼られている写真の通りのことを普段やっているのだが、何も知らない取り巻きの女子は彼女の言葉を素直に信じる。


「それじゃ、貼られている写真、全部剥がしちゃお? 私も協力するし!」


「うっ、うん。そうだね」


 彼女は曖昧に取り巻きの女子に返事をすると、貼られている写真を剥がしていく。しかし、写真は接着剤で強固にくっついており、なかなか剥がれない。結局、彼女達が学校中の写真を剥がし終わる頃には、12時が過ぎ、学校は昼休みの時間に突入していた。




ーーーーーーーーーー




 写真をすべて剥がし終わり、彼女がお弁当を食べようと教室へ戻ると、教室からは普段の好意的な視線ではなく、彼女に対しての悪意の視線が向けられる。はじめて味わう視線に、彼女は一瞬面食らうが、すぐに立て直し、自分の席に向かう。


 そして、彼女は自分の席に座り、カバンからお弁当を取り出すのだが、普段は自分がお弁当を食べ始めると自然と人が寄ってくるのに今はまったく寄ってこない。寄ってくるのは、未だに彼女の写真の内容が無実だと思っている取り巻きの女子1人だけである。


 彼女は心の中で酷い屈辱を味わいながら、表向きは明るく表情を作り、取り巻きの女子と一緒にお弁当を食べるのだった。

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