久しぶりの登校


 王島英梨香による誘拐事件の傷も癒え、俺は久しぶりに学校に登校することになった。本当は1週間ぐらい前から大丈夫だったのだが、大事を取って宇佐美がさらに1週間、休ませたのである。


 過保護すぎるとも思ったが、宇佐美の心遣いが嬉しく、丁重に受け入れさせてもらった。おかげで、体はすこぶる元気である。


 ただし、しばらく体を動かしていなかったので、今週中には二条さんとの手合わせなどを復活させたい。このままでは、体が鈍ってしまう。


 そんな事を考えながら、俺は制服に身を包み、登校するための準備を進める。


 1ヶ月近くも着ていないと、流石に違和感を感じるなぁ。いや、もしかして体を動かして無さすぎて、少し太っちゃったか? そうではないと願いたい。


 治療期間中に、体に余分な脂肪が付いてないかを心配に思いながらも、カバンを持って俺は部屋を出る。


 玄関に向かっていると、そこには既に宇佐美が待っていた。その姿は遠目から見てもワクワクしているように見える。体がワクワクして動くたびに、艶のある髪が揺れ、とても可愛らしい。


 遠くから近づく俺を確認すると、宇佐美は手を振ってくる。表情もパッと明るくなり、見ているこっちも明るくなりそうである。


 早歩きで宇佐美に近づいていく。制服姿の宇佐美は久しぶりなので、少しだけ新鮮さを感じる。


「ハル君、久しぶりの一緒の登校だね!」


「ああ、やっと登校できるようになって俺も嬉しいよ」


「それじゃあ、遅刻しちゃいけないし、早く行こ!」


「ああ」


 元気よく宇佐美は玄関のすぐ外で待っているリムジンに向かう。宇佐美の背中を追って、俺もリムジンの方へ向かうのだった。




ーーーーーーーーーー




 学校に着き、久しぶりの教室に入ると、一斉に俺に向けて視線が集まる。そんな視線に昔のことを思い出す。


 やっぱ、久しぶりに登校すると視線が集まるなぁ。昔、病気になって手術した時も、久しぶりに登校すると注目されたもんなぁ。


 周囲からの視線に耐えながら席に着くと、俺に近づく者がいることに気付く。近づいてきた人物、それは俺と宇佐美を誘拐し、宇佐美の転覆を企てた人物、王島英梨香であった。


 思わず、俺は体を強張らせて警戒する。王島英梨香を睨むと、ビクッと彼女は体を震わせて後ずさる。急速に彼女の顔色が悪くなる。


 どうやら怯えているようだが、演技かもしれないので、警戒は解かない。少し前まで敵対していたのだ。学校だからといって安心することはできない。


 王島英梨香の一挙手一投足を警戒していると、彼女は恐る恐る喋り始める。


「こっ、この前の事で話したいことがあるので、昼休みに3階の空き教室まで来てもらいたいですわ!」


「ハァ……?」


「そっ、それじゃあ頼みましたわよ〜!」


 そう言うと、王島英梨香は逃げるように去っていく。その姿に俺は訝しげな視線を向ける。


 王島英梨香は、たまに俺の方に振り返っては、視線が合い、勢いよく視線を逸らす。この一連の行動を何度も繰り返す。


 何を考えてるんだ……? また何か企んでるんじゃないだろうな。昼休み……行くべきか、行くべきでないか……。


 王島英梨香のお願い?に乗るべきか悩みながら、俺はカバンから次の授業の教科書を取り出すのだった。




ーーーーーーーーーー




 昼休み。3階の空き教室に行くか、行くまいか迷っていたが結局俺は、行くことにした。信用はできないが、流石に学校で派手な行動は起こせないだろうと考えた結果である。


 一応、宇佐美に王島英梨香に会うことを伝えたが、意外にも宇佐美は俺を引き留めるようなことは無かった。


 あんな事があったから、もう少し警戒していると思っていたけど、案外そんなこと無いんだな……。宇佐美、結構大物なのかもしれない。


 まぁ将来、大企業の社長になることが決定しているらしいので、間違いなく大物になるのだが。上に立つという資質を生まれ持っているのかもしれない。


 空き教室に着くと、そこには1人で王島英梨香が待っていた。複数人で待ち伏せている可能性も考えていたので、少し警戒していたのだが、どうやらそんな心配はいらないらしい。


 王島英梨香は空き教室に俺が来たことに気がつくと、またビクッと体を震わせるが、今度はすぐに口を開く。


「よっ、よく来てくれましたわ!?」


「まぁ、呼ばれたからな……」


 さっきからずっと怯えているようで、俺は完全に気が削がれていた。もっとトゲトゲしい感じを想像していたので拍子抜けしたとも言える。


「こっ、今回来てもらったのは他でもありません! あなたと宇佐美さんを誘拐した事を謝りに来たんですの!」


「……」


「何ですか、その顔は!? まったく信用していませんわね!」


「そりゃそうだろ……」


 あんな目に遭って、すぐに信用できるヤツがいたらそいつは聖人かアホかのどっちかだろう。


「とっ、とにかく謝らせてもらいますわ!」


「……」


 信用はしてないが、謝罪を聞くぐらいはいいか……。聞いても損することはないだろう。


「この前は私の醜い嫉妬であなたや宇佐美さんに迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありませんでしたわ。お詫びとして、何かあればどんな用でも言って欲しいんですの」


「……許したわけじゃない。アンタが本当に反省しているかどうかは今後を見て判断させてもらう。……それでもいいか?」


「結構ですわ!」


 謝罪を終えると、王島英梨香は大きく息を吐き、壁にもたれ掛かる。もたれ掛かった彼女は、疲れた表情をしている。


「わっ、私は疲れましたの……。私の事は放っといて、宇佐美さんのところに行くと良いですわ……」


「そうさせてもらうよ」


 王島英梨香の言葉に従い、俺は屋上で待っているだろう宇佐美の元へ向かう。


 王島英梨香が謝ってくるとは想定外だったが、安心はできない。宇佐美のためにも彼女への警戒はしばらく解けないな……。


 そんな事を思いながら、早足で宇佐美の待つ屋上へと俺は向かうのだった。

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