お昼ごはん
ホームルームが終わり、教室の空気が弛緩する。A組のクラスメート達は、わずかにできた休息時間にグループを作り、雑談を始める。俺の周りには、別段クラスメートが集まってくるなんてこともなく、A組の人間は遠目に見てくるだけである。幸い、俺の席が一番後ろの席ということもあり、最悪の目立ち方はしていない。
俺は、クラスの中で唯一知っている人間、宇佐美杏にクラスの事について尋ねる。
「なぁ、宇佐美?」
「なぁに、ハル君?」
「A組ってどんなクラスなんだ?」
「んっ? 別に普通のクラスじゃない?」
「いやっ、そういう事じゃなくて……。クラスのカースト的なことを聞きたかったんだが……」
「ああッ! そういうことね!」
納得したと言わんばかりに宇佐美は手をポンッと打つ。
「えーっと……あっちの窓際で取り巻きに囲まれてる男子が千本院グループの次男、
宇佐美が指を差した先にいたのは、髪をオールバックでまとめ、髪にところどころ銀色のメッシュが入っている男である。その表情は、はたから見ても自信に満ち溢れていることが分かる。
「でっ、次にあそこの端っこの席で寝てる子は、
「お、おう」
宇佐美さん、なんで喧嘩売る前提なんですかね〜。そんな相手と常に戦うことを意識してる戦闘狂でしたっけ?
俺は宇佐美の知らなかった一面を覗きこみ、少し引くのだった。そんな俺の様子もお構いなしに宇佐美は紹介を続ける。
「最後に、クラスの真ん中で取り巻きの中心にいる子、あの子が
宇佐美はそう言って、クラスメートの主要人物の自己紹介を終える。
宇佐美……なんでもかんでも勝てる勝てないで判断するのは良くないぞ。ていうか、逆にいえば、王島財閥以外なら勝てちゃうんですね、宇佐美さん。
ちょうど宇佐美が紹介を終えた頃に、1限目の担当教師が教室に入室する。教師の登場を皮切りに少しずつ、A組の人間がそれぞれの席に座り、1限のチャイムと共に転校後、はじめての授業が始まる。
ーーーーーーーーーー
キンコンカンコーン。
4限の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、一時間の昼休みが始まる。
東凰学園の授業はさすが名門校といえる内容だった。しっかり勉強しなければ、俺など簡単に留年してしまうだろう。しかし、東凰学園は授業内容だけでなく、勉強する科目もちょっとおかしかった。
一週間の時間割を確認すると、その中にはなんと帝王学が含まれており、自分が別世界に来てしまったの再度、実感させられた。
「ハル君、お昼一緒に食べよ?」
宇佐美は何段も積み重なった重箱を机に出し、俺と一緒に食事をとろうと誘ってくる。
「宇佐美……俺、付き人なんだぜ。付き人が主人と仲睦まじく食べてるのはおかしいよ。付き人心得にも【主人とは一定の距離感を保つべし】って言うのがあるし」
「むぅぅぅ……」
宇佐美は可愛らしくほっぺを膨らませ、拗ねる。子供かッ!
「それじゃあ、ハル君に命令です! 今から私とお昼ご飯を食べること!」
宇佐美は、俺に人差し指を差し、勢いよく言い放つ。
「いっ、いやだからーー」
「付き人心得の一つ、【主人の命令は絶対遵守】! 忘れてないよね? ハル君……!」
「ハハッ……。宇佐美には降参だよ」
俺は両手をあげ、降参のポーズをする。
「じゃ、行こ。ハル君」
嬉しそうに俺の手を取る宇佐美に俺はドキッしながらも、それを悟られないよう必死に取り繕いながら宇佐美が先導するままに歩く。
ーーーーーーーーーー
宇佐美に先導されるままに歩いていくと、やがて、この校舎の屋上に繋がっているだろう扉の前に着く。扉には南京錠がついており、わかりやすく鍵がかけられている。宇佐美はイタズラっ子のようにニヤッと笑い、懐から鍵を取り出す。
「こんなこともあろうかと、拝借してたんだぁ、マスターキー!」
こんなこともあろうかとはなんだろうか。普通の学生が学校でマスターキーがいる状況など限られすぎである。いずれにしても、ロクなことに使わないであろう事は容易に想像できる。
俺は幼馴染の想像以上の行動力に驚き半分、呆れ半分で苦笑する。宇佐美は手に持っていたマスターキーを扉の鍵に差し込み、ガチャッという音を立て、扉を開ける。
屋上に出ると、まさかの先客がいた。宇佐美から教えてもらった和泉川さんである。和泉川さんは屋上に大の字で寝転び、感情の読み取れない顔でボーっとしている。
鍵がかかってたのにどうやって来たんだ? 和泉川さんも屋上の鍵を持っていたのだろうか?
目の前の状況に戸惑い、1分ほど、和泉川さんの様子を見ていると、突然、和泉川さんが体を起こす。体を起こした和泉川さんは、首だけをグリッと勢いよく俺たちの方に向ける。
「あなた達、誰?」
何を考えているのか分からない顔で、和泉川さんは問う。感情の感じられない瞳でジッと見つめられる様は、半分ホラーである。
「えっと……俺たちはーー」
「ここは私のお昼寝するところ。……用がないなら出てって」
俺が説明しようとすると、和泉川さんは俺の言葉を途中で遮り、拒絶の意志を示す。
「仕方ない、宇佐美。一旦ここはーー」
和泉川さんの様子に、俺は宇佐美に立ち去ろうと声をかけようとするが、
「和泉川さん。ここに入ってる食べ物、全部食べていいから屋上を譲ってくれない?」
宇佐美の声に俺の声は遮られる。和泉川さんは宇佐美が交換条件に指差した重箱を見て、口から涎を落とす。
「中身、なに?」
「今日の献立は伊勢海老の姿焼きに、名古屋コーチンの唐揚げ、季節野菜の天ぷらに最高級の鯛を使った鯛めしなど、その他にもたくさん入っていますわ」
献立を聞いた和泉川さんの口からは絶え間なく涎が流れる。
「わかった。交渉成立♪」
和泉川さんは勢いよく重箱を取ると、スキップしながら屋上から立ち去ろうとする。俺は、完全に立ち去る前に和泉川さんに気になっていたことを質問する。
「ちなみに、屋上へはどうやって来たの?」
「……パイプを伝って」
「……」
「……」
「あっ、聞きたかったことはそれだけです。ありがとうございました」
俺は和泉川さんに頭を下げる。俺が頭を下げたことを確認した後、和泉川さんはウキウキとしながら屋上から立ち去るのだった。
おいっ、東凰学園! 全然セキュリティ、ガバガバじゃねーか!
宇佐美は楽しそうに、どこに隠していたのか、小さめの弁当箱を一つ取り出す。
「さぁ、ハル君! 重箱は無くなっちゃったけど、まだ小さい弁当箱が残ってたから一緒に食べよ!」
「えっ、いや、さすがに悪いよ。」
「そんなことないよ! 実はこのお弁当、私が作ったんだ……。ハル君の為に一生懸命作ったんだ……。食べて……くれる?」
宇佐美は首をコテンと可愛く傾け、俺に問いかける。
ダメなわけないだろ!
宇佐美の可愛さに俺は手を顔に当て、天を仰ぐ。
おかしいぞ! 宇佐美が会うたびに可愛くなる。小さい頃に見た、ヤンチャな幼馴染の姿は今は見る影もない。目の前には、黒髪ロングの美少女になったかつての幼馴染がいるという現実だけがある。
俺は今なお、鳴り止まない胸の鼓動を悟らせまいとしながら、宇佐美と接する。
「それじゃあ……。あーん、ハル君」
宇佐美が箸でつまんで差し出す卵焼きを、俺は開き直って俺は食べる。
そこから先は、宇佐美があーんと言えば、俺は口を開け、食べる。ただただ、それを繰り返し、時間が過ぎ去るのを俺は待つのだった。
ーーーーーーーーーー
やっとの思いで一日を終え、学校から帰宅した俺は、もはや日常と化したいつもの食事とお風呂を終え、ベッドに飛び込む。
今日一日は疲れた。はじめての環境に飛び込んだのだ。当たり前といえば当たり前かも知れない。だが、体は疲れ切っていたが、心は不思議と高揚していた。
疲れ切った体が運んでくる微睡みに従い、俺の意識は薄れていく。
今日は……楽しかったな。……そうだ。俺は今日楽しいと思っていたんだ。
微睡みの中で自分の素直な気持ちを確認し、俺は満足感を感じながら俺の意識は完全に途切れる。
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