付き人になるため


「……よろしく頼むよ、宇佐美」


「はいっ! お願いします!」


 宇佐美は嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねる。しばらく跳ねていた宇佐美だったが、俺の視線に気づくと、恥ずかしそうにしながら止める。その場に変な空気が流れる。


「とっ、とりあえず、俺は何をすればいいんだ?」


 俺は変な空気を変えるべく、宇佐美に質問する。


「そっ、そうですね……。ハル君が付き人として学校に来てもらうのは……1週間後にしましょう。その間は、榊に教育をお願いします。榊!」


「はっ!」


 宇佐美の声に、榊と呼ばれている老齢の執事さんが宇佐美の近くに跪く。


「あなたには今日から1週間、付き人としての心得をハル君に教えることを命じます!」


「期間が短いため、少し厳しくなりますが……よろしいでしょうか?」


「構いません! だって、信じていますから……」


 宇佐美はそう言って俺に微笑みかける。


 宇佐美のためにも、答えなくちゃな……。俺は宇佐美の期待に応えるべく、これからあるであろう教育に向けて覚悟を決めた。


「……かしこまりました」


「?」


 今、榊さん俺の方睨んでた? 俺、あの人になんかしたっけ?


「周王様、ではこちらへ……」


 俺は榊さんの様子に一抹の不安を覚えながら、榊さんの後についていく。




ーーーーーーーーーー




 榊さんの後をしばらくついて歩くと、やがて【使用人室】と書かれた部屋に通される。しかし、部屋に通されたはいいものの、榊さんは部屋に入ってから一言も発しない。ただ、後ろから見る榊さんの背中だけが小刻みに震えていた。


「あっ、あのー。榊さん?」


「……なよ……きが…………」


「?」


「調子に乗るなよ、クソガキが!!!」


「え?」


 榊さんの突然の豹変に、俺は間抜けな声を出す。


「少しばかりお嬢様に気に入られたからって、調子に乗るなよ! お前のようなクソガキがお嬢様の側に仕えるなど100年早いわぁ!!! お嬢様は私が小さい頃から面倒を見てきたんじゃ……。それを……お前みたいなポッと出の野郎が出しゃばりやがってぇッ!」


 えっ、えーーー!!! この人、こんな人だったの〜! 寡黙で渋い執事さんだと思ってたんだが……。人は見かけによらないとは正にこのことである。


 榊さんはそれから1時間ほど、俺に対する罵詈雑言と宇佐美がどれだけ素晴らしいかを語り、やっと静かになる。


「ハァ……ハァ……。しかし、お嬢様の命令とあらば、この榊清十郎さかきせいじゅうろう、従わぬわけにはいかぬ。」


 榊さんは息も絶え絶えになりながら、やっと俺に教えることを承諾した。


「だがなっ、小僧! お主が少しでも弱音を吐けば、即刻、お嬢様に報告してこの家から出ていってもらうからな! 分かったかッ!」


「はっ、はい!」


 榊さんの勢いに負け、俺は思わず返事をする。


 ある程度のことは覚悟をしてたつもりだったけど……。さすがにこの展開は予想してなかった。でも、俺に期待してくれてる宇佐美のためにも頑張るぞッ!


 それから俺は一週間、食事とお風呂と寝る時間以外は榊さんからの付き人の心得を嫌になるほど学ばされるのだった。しかし、不思議と俺はこの一週間、充実感にも似たものを感じとっていた。


 そうだった。誰かのために努力をするということは、決して苦痛ではないのだ。かつて、冥と付き合いはじめの頃、俺は冥のワガママを面倒だと感じながらも、好きな人に尽くし、喜んでもらいたいと思っていたのだ。


 いつから、俺はこの感情を忘れていたんだろう。


 俺は久しぶりに感じた感情に懐かしみを覚えながら、この感情を取り戻してくれた宇佐美に、心の中で感謝するのだった。




ーーーーーーーーーー




《榊清十郎視点》


「いい加減、周王様を認めて差し上げたらどうですか?」


 そう言って私に対して苦言を呈しているのは、私の同僚、二条纏にじょうまといである。彼女は、イギリスにある名門メイドスクールを3年間で修了するところを、たった1年で卒業したメイド界のスーパーエリートである。


 今では、日本でも有数の名家、宇佐美家に雇われ、メイドとしては異例の24歳でメイド長まで上り詰めている。その完璧な仕事ぶりに、立場上では上司である私も彼女には強く出れない。


「ふっ、ふん! この程度ではまだまだ、お嬢様の付き人としては相応しくないわ!」


 お嬢様から周王春樹とかいうクソガキの教育を一週間任された私は、クソガキが絶対に音を上げるだろう課題をこの一週間で仕向けた。


 しかし、私の思惑とは裏腹に、あの小僧は私の課した課題を文句一つ言わずに終わせてしまった。今までは、これだけ課題を出せば誰一人例外なく、音を上げた。私は思い通りにならない現状に歯を食い縛る。


「……グギギィ!」


「ハァ……あんまり無理難題言ってると、お嬢様に報告しますよ」


「なっ! そっ、それだけはッ!」


「だったら、ちゃんと公平に評価してくださいね」


 メイド長は言いたいことを言うと、私の元から去る。


「……公平に評価、……公平に評価、……公平に評価……!」


 私はメイド長の忠告通り、公平に評価しようと努力し、クソガキを思い浮かべる。


 しかし、すぐにお嬢様があいつにだけ向ける笑顔を思い出し、はらわたが煮えくりかえる。


「グガァァァ! 認めてたまるものかッ! あんなクソガキ!」


 発狂したような彼の声は、広大な城にもかかわらず、城中に響き渡ったという。




ーーーーーーーーーー




《二条纏視点》


「……まったく、執事長にも困ったものです」


 私は、一週間前から城に来た少年、周王春樹に対して強く当たる執事長、榊のことを考え、心の中でため息をこぼす。


「しかし、彼以外にも周王様がお嬢様の寵愛を受けていることに不満をもっている使用人がいることも事実です」


 使用人達からのお嬢様の評価は高い。使用人相手でも分け隔てなく優しく接し、一部の名家にいるような傲慢な態度の主人を知っている者たちからは、お嬢様のことを天使と呼ぶ者さえいる。


 使用人達の中には、もはや崇拝に近い気持ちを抱いている者も少なくない。


「だからといって、彼に悪意を持つものを放っておくわけにはいきません。おそらく、彼に悪意を持つものがいるとわかれば、お嬢様は間違いなくーー」


 ーーその使用人を解雇する、という言葉を呑み込み、現状を変えるべく、二条纏は動き出す。


「それに、彼は私達の主人になるかもしれない人ですからね」


 二条纏は誰にも聞こえないような小さな声で一人呟く。

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