再会


「ハル……くん?」


「お前……宇佐美うさみか?」


「うん、そうだよ。小学校で2年生まで一緒にいた宇佐美だよ」


 死のうとしていた俺の前に現れたのは、小さい頃に一緒に遊んだ幼馴染、宇佐美杏うさみきょうであった。


 宇佐美は5歳の時に俺の近所に引っ越して来た。はじめは大人しかった宇佐美も俺が何度も一緒に遊んでいると、次第に心を開き、小学校に入る頃にはお互いに親友と呼び合うほどの中になった。しかし、小学2年生の時に家庭の都合で離れ離れになり、それ以来会っていなかった。そんな小さい頃の親友が今、目の前に立っている。


 8年ぶりに会った宇佐美は小さい頃は短かった髪を腰まで伸ばし、風で時折ゆれる黒髪は綺麗な光沢を放ち、距離を離して見ても美しいことが分かる。子供の頃は少年のような面影もあった顔も見事に女性の顔立ちに成長し、まるで精巧な人形のように整っている。


 そんな久しぶりの幼馴染との再会にも、嬉しさよりも早くどこかへ行ってくれという感情が膨れ上がる。


「やっ、やぁ宇佐美。久しぶりだな……」


「うっ、うん。久しぶり……」


「「…………」」


 俺と宇佐美の間に沈黙が落ちる。車の走行音が不意に訪れた沈黙を埋めるように鳴り響く。


「ハル君……昔みたいにうさちゃんって呼んでも良いんだよ?」


「いっ、いやー久しぶりだからなぁ。慣れなくてな……」


「「…………」」


 再度、二人の間に沈黙が落ちる。


「そっ、それじゃあな宇佐美。俺ちょっと用事があるから……」


「うっ、うん……」


 俺は早く話を切り上げたくて、無理矢理会話を終わらせようとする。宇佐美が俺の横を通り過ぎる、かに思えた瞬間、宇佐美が俺の横で足を止め、俺の顔を覗き込む。


「ハル君、なんか元気ないね。何かあった?」


 宇佐美の言葉にドキッとする。俺は宇佐美に悟らせまいと必死で言い訳をする。


「あっ、ああ。急ぎの用事があってな。それで急いでいるんだよ」


「嘘だぁー。急いでる割にはその場からじっとして動かないし、やっぱりおかしいよハル君」


 宇佐美の核心を突いた発言に心がざわつく。


「おっ、お前には関係ないだろ! いいからもうほっといてくれよ!」


「ハル君……」


 もはや口からは俺の理性で考えている言葉は出てこず、ひとりでに口が動く。


「こんな久しぶりにいきなり会って、首突っ込まれて、迷惑なんだよ! どうせお前だって俺を裏切るに決まってる! 俺のことはもうほっといてくれよ……!」


「……!」


 ああ、言ってしまった……。こんな久しぶりに会った幼馴染に俺は何を言っているんだ。いやだ! いやだ! いやだ! もうこんな自分がいやだ! 早く消えてなくなりたい……。


 俺の言葉を受けた宇佐美は少し後ずさったあと、ゆっくりと俺の横を通り過ぎる。


 ああ、やっと終われる。宇佐美が行ったら歩道橋から飛び降りて、それで終わりだ。


 不意に、宇佐美のゆっくりと規則正しく鳴っていた足音が聞こえなくなり、背中に柔らかくも温かい温もりが訪れる。


 突然訪れた温もりに一瞬戸惑った俺だったが、すぐに自分が後ろから抱きしめられていることに気付く。


「私はーー裏切らないよ。たとえ、ハル君が日本中の人間に嫌われても、たとえ、ハル君が世界中の人間から敵と見なされても、私は最後までハル君を信じるよ」


 俺の目からは自然と涙が溢れていた。


「ハル君は私を救ってくれた人だから。私はハル君を信じる……」


 もはや、俺の目からはとめどなく涙が溢れていた。誰も信じてくれなかった。誰も俺の言い分など聞いてくれなかった。


 絶望、失望、後悔。今日絶え間なく揺れ動いた心の中で俺が願っていたのはただ一つ【信じられること】だった。ただ、一言、誰かに言って欲しかった。【信じている】と。


 そこからの事はあまり覚えていない。泣いていたような。笑っていたような。俺はひとしきり涙が枯れるまで泣いた後、宇佐美と一緒に家の近くにある空き地に来ていた。小さい頃、宇佐美と共に遊んだ【思い出の場所】。


 宇佐美と俺は空き地にあったベンチに2人で座る。宇佐美は俺が口を開くまで、ただただ横にピッタリとつき、いつまでも待ち続けてくれた。


「俺、どうすればいいんだろ……」


 夕日も沈みかけ、夜の帷が訪れる頃、俺の口からポロッと溢れる。


「ハル君……私の家に来ませんか?」


「えっ?」


 宇佐美の提案に間抜けな声を上げる俺だったが、宇佐美は笑顔を見せ、再度提案してくる。


「どこにも行く場所がないんなら、私の家に来ませんか? 私の家は誰も使っていない客間がたくさんあるので、ハル君一人くらい増えたってどうったことないですよ?」


「でっ、でも俺には自分の家があるし、母親も……」


「お母さんには私から説得しておくので……。それに私、実はお金持ちなんです。ハル君一人養うぐらいどうってことないですよ。ねっ! どうですか?」


 この時の俺は間違いなくおかしくなっていたんだと思う。でも、この時の俺は精神的に弱っていたのか。それとも彼女の押しの強さにやられたのか。あるいはその両方か。彼女の提案を受け入れるのだった。


「よろしくお願いします」

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