勝負の内容
「俺は……絶対に千本院帝に勝つ!」
千本院帝に勝利することを固く誓い、拳を力強く握りしめる。爪が手の平の肉を破り、血が滲み出る。後を追うように痛みが走る。それでも、俺は握りしめるのを辞めない。
この痛みは……宇佐美に対する誓いの証だ。
これから二度と、宇佐美の言葉を否定したりなんかしない。
二度と、その笑顔を曇らせたりなんかしない。
二度と、裏切ったりなんかしない。
二度と、宇佐美を泣かせたりなんかしない。
だから、今、この拳の痛みは絶対に忘れない。この痛みに誓って、俺は自分の中の絶対的な決意を握りしめる。
「フフッ……。ハル君、元気になったね」
ゴシゴシと袖で涙を拭いた宇佐美がポツリと呟く。続けて、にへらと笑みを作る。
今回の件で宇佐美を助けるつもりが助けられてしまった。これ以上、宇佐美から与えられてばかりだと、俺から宇佐美に返しきれなくなる。
きっとそれでも、宇佐美は俺の側から離れたりしない。でも、片方から一方的に与え続けるだけの関係なんていつか破綻が起きる。
だから、この関係ももう終わりにしなければいけない。
古い関係から、新しい関係へ。新たに関係を結び直すのだ。
「宇佐美……ありがとう」
万感の思いを込めて、宇佐美に感謝を伝える。
こんなありがとうはこれっきりだ。
……今度は、宇佐美の方から俺にありがとうと言ってもらえるようになってみせる。
……この笑顔を守ってみせるさ。
「「…………」」
宇佐美と見つめ合う。部屋全体には温かい空気が流れている。
いつまでも……いつまでも浸っていたくなる温かい空気。
ーーコンコンッ。
「「…………!」」
しかし、突如、介入してきたノックの音によって現実に引き戻される。俺と宇佐美、二人がハッとなって姿勢を正す。
「どっ、どうぞ……。入っていいわ」
宇佐美が慌てて部屋への入室を許可する。
「二人きりのところをお邪魔して申し訳ございません。しかし、宇佐美源三様から至急お伝えするようにと仰せつかりましたので」
「じゃ、邪魔なんかしていないわ。そっ、それでお祖父様から頂いた伝言とは何ですか?」
赤面した宇佐美が、務めて冷静に二条さんに伝言の内容を伝えるよう指示する。しかし、耳まで赤くなっている為、凛とした態度とどこかアンバランスで少し可笑しい。
「はい。周王春樹様と千本院帝様の勝負の詳細が決まったとの事です。こちらがその資料になります」
どこにしまっていたのか、二条さんはサッと数枚の紙を取り出す。まるで、何も無かったところから紙が現れたようだった。二条さん、まるで忍者みたいな人である。あるいはマジシャンか……。
二条さんから差し出された紙を受け取った宇佐美が、素早く資料に目を通していく。目が右へ左へ忙しなく動き、驚くほどのスピードで資料を読んでいく。……物凄い速読だ。
「……勉強と運動に関しては予想通り、シンプルな実力テストと体力測定によって行うみたいだね。それでカリスマ性の勝負の方は…………ッ!」
宇佐美は資料をめくると、どんな内容だったのか、驚愕にその表情を一変させる。しばらく資料と睨めっこをしながら、ワナワナと震えていたが、やがて落ち着いて話を始める。
「……カリスマ性の勝負は、【騎馬戦】で決めるみたい」
「……騎馬戦?」
なぜ騎馬戦? もしかして名家の人間だけが使う何かの暗喩なのか? 頭の中でグルグルと考えが回る。
こうしてても仕方ない。聞いてみよう。
「なぁ、宇佐美。騎馬戦っていうのはアレか? あの4人ぐらいで一つの騎馬を組んで、お互いの帽子やらハチマキを取り合うっていうアレか?」
「うん、そうだよ」
……お金持ちもやるんだな、騎馬戦。正直、カリスマ性勝負というからには、何かもっとスゴい事をやるんじゃないかと思っていたんだが……。
まさかまさかの勝負は騎馬戦で決まるという。若干、拍子抜けした感はあるが……。
勉強と運動の勝負より、よっぽど勝算がありそうだ。騎馬戦は個人の力よりチームワークが大事だからな。一人の天才がいたとしても、勝負への影響は大きくないだろう。
しかし、だとすると、さっきの宇佐美の反応が気になる。この勝負は俺たちに有利とまではいかないが、不利とも言えないはずだ。だがしかし、今なお宇佐美の表情は晴れない。
「宇佐美……何か気になる事でもあるのか?」
「……うん、あるよ。まず、今回の騎馬戦は乱戦型。4人1組のチームを合計10チーム作って争い合うバトルロワイヤル」
乱戦形式。別に珍しい勝負の仕方ではないだろう。実際、俺自身も乱戦形式を経験した事がある。だから、経験値的な心配は必要ないと思う。
「でも、この勝負に一つ、問題があるの……」
宇佐美の言う問題点、俺は真剣に耳を傾ける。宇佐美は資料の一部分を指差す。追って、俺も指された箇所に視線を移す。
そこに書かれていたのは……
「勝負への参加資格を所持しているのは、【東凰学園の生徒】だけに限る」
宇佐美は重々しく、非常に重々しく呟く。
「この一文が問題なの……」
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