交渉2
「貴様の願い……断らせてもらう!」
「なっ……!」
2週間後の勝負、千本院君に頼んで負けてもらうという俺たちの作戦は千本院君の返答により終わりを告げた。しかし、なぜ断るのか。理由を知りたい。
「どうしてでしょうか? この勝負、アナタにとっては突然、対戦相手に決められただけのはずです。勝利したところで得られるものは少ない。理由をお聞かせ願いたい」
俺は内心の動揺を悟られないように努めて、千本院君に尋ねる。すると、フンッと鼻で笑った後、千本院帝が語り出す。
「理由か……。いいだろう、聞かせてやる」
「…………」
「一つ目、俺はお前の様な平民が大嫌いだ。不平不満を漏らすばかりで俺たち、上の人間の足を引っ張ることしか考えていない」
「それはちーー」
咄嗟の俺の否定も千本院帝の声に掻き消される。
「二つ目、例え勝手に仕組まれた事とはいえ、平民に負けたとあれば末代までの恥になる。我が千本院家に負け犬の居場所はない」
「…………」
俺には理解できないが、名家ゆえのルールという事だろうか。
「三つ目、俺は宇佐美家が嫌いだ。いや、俺だけでなく九大家のほとんどは、宇佐美家に対して良い感情は持っていない。そんな宇佐美家の次期当主が俺が勝負に勝つと困るというじゃないか。ならば、勝負しないという選択肢はないであろう?」
「…………」
宇佐美家への嫌悪……。俺が知らない権力者たちの事情という事か。さっきの様子を見れば、宇佐美と千本院家を含む九大家に何かしらの確執ある事は俺でも分かる。
「以上がお前の要求を受け入れられない理由だ」
「…………」
「クックックッ……。すっかり静かになってしまったな」
千本院帝が俺たちに協力できない理由を聞いて、俺は何も言えなかった。千本院帝に根付いた強烈な選民意識、平民への嫌悪感には俺と千本院帝、名家の一族と平民の隔絶した価値観の違いを感じた。
「おい、黙りこくってないで何とか言ってみろ、平民」
「……!」
そうだ。黙っている場合ではない。2週間後の勝負は宇佐美の人生を左右する出来事だ。これ位でへこたれている場合じゃない……のだが。
正直、俺は何を言えばいいのか分からなかった。それだけ、千本院帝と周王春樹は対極に位置する存在だと悟った。
しかし、言葉の出ない俺に変わるように宇佐美が口を出す。
「……2週間後の勝負、負けてもらえるなら宇佐美として千本院家に500億円の支援を約束させていただきます」
「ほう……!」
宇佐美の言葉に千本院君の目が興味深いとばかりに細くなる。
500億!? 結婚を回避する為だけにそんな莫大な金額を宇佐美は用意したのか!? いつの間にそんな金額を用意したんだ。
俺には分からないが、宇佐美の表情から見て取るに宇佐美としても破格の条件を出したはずだ。これには千本院君も一考するのではないか?
「500億……たった一度の勝負にこれほどの金額をドブに捨てるというのか? ……だがな、宇佐美杏」
しかし、俺のそんな甘い考えを否定するようにーー
「答えはノーだ」
千本院帝は宇佐美の条件を突っぱねる。どうしてだ!? 宇佐美の手段は強引だが、俺なんかより合理的に千本院帝にとってのメリットを示していた。
「なぜですか? 500億という金額はアナタがわざと勝負に負けるという不利益を補填して余りある金額だと思いますが?」
宇佐美の疑問はもっともだ。庶民の俺でも、500億という数字が少なくない事ぐらいは分かる。
「……確かに500億という金額は俺にとっても魅力的な数字だ。理性的に考えるなら、貴様の条件を飲む方がよほど賢い」
「…………」
「だが……俺の感情が許さんのだ! 宇佐美家と平民ごときが出した条件に俺が頷く! それだけは断じてあり得ない!」
合理性の欠片もない。しかし、それだけに千本院帝の意思が固いのだと思い知る。彼は最初から俺たちの意見を聞く気など、条件を飲む気などなかった。感情的になった人間を説得するのがどれだけ難しいか。
彼がもう少し理性的なら交渉の余地はあったかも知れない。千本院帝という人間を読み切れなかった……。
「分かったら、さっさと此処から去るがいい! 2週間後の勝負が楽しみだ! ハッハッハッハッハッ!」
この交渉は……完全に決裂だ。
「宇佐美……ここから出よう」
「……ッ! ……そうだね、ハル君」
俺と宇佐美は出口に向かって歩く。背中からは千本院帝の哄笑がいつまでも聞こえるのだった。
ーーーーーーーーーー
場所は戻って校舎屋上。俺と宇佐美は屋上のへりに座り、項垂れる。
……完全に見誤った。千本院帝という人間の闇を俺は想定していなかった。事前に調べるべきだった。前もって、千本院帝の人間性を知っていれば、もう少し対策が取れたはずだ。少なくとも、関係を険悪化させなくて済んだかもしれない……。
「……ごめん、ハル君。まさか、千本院帝の庶民への嫌悪がアソコまで酷いとは思わなかった。庶民に対して厳しい事は知っていたんだけど……」
「……! 謝らなくていい宇佐美。俺の考えが甘かったんだ」
「そんなっ! 完全に私の作戦ミスだよ! まさか、500億の支援を断るだなんて……」
こんな事になっても、宇佐美は俺を責めたりはしなかった。寧ろ、自分が至らなかった事を反省している。
宇佐美に反省させてばかりではいけないな。交渉は決裂したんだ。切り替えて何か別の手を考えるべきだろう。
「あまり気に病むなよ宇佐美。また、何か別の手を考えよう」
「……そうだね。うん、分かったよハル君! 2人で一緒に策を考えよう! おー!」
「おー!」
即座に切り替えた宇佐美は腕を突き上げて、気合十分に声を出す。俺も合わせて腕を突き上げる。
しかし……別の手といっても何かあるのだろうか?
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