第35話 結局、ミツの目的は――、(真相告白)

 結局、ミツの目的は――、


「死にたかっただけか、おまえ」

「……バレたか」


 瓦礫に寝そべるミツが弱々しく笑って、直後に呻きを漏らす。

 今のミツは九死一生。

 筋肉も骨も内臓も、全てほぼ破壊し尽くされてかろうじて生きているだけだ。


 人であれば、意識を保てているはずがない。

 それでもこうして、ミツは俺と会話している。できてしまっている。

 つまりそれは、ミツが人じゃないということの証だった。


「おまえさぁ……」


 俺は無造作にミツに近づいて、寝そべるその身の傍らで膝を折る。


「何割くらい嘘なワケ?」

「そうだなぁ……」


 と、ミツはもう抵抗する気もないようで、薄ら笑みを浮かべたまま考える。

 その顔からは、さっきまの強烈な毒気が抜けていた。髪も乱れて、ただのミツだ。


「君のことが好きなのは、本当だよ」

「まぁ、そりゃわかる」


 あれだけ派手に名前連呼されたら、いやでも伝わってくるだろ。

 まぁ、つまりミツはそういう人間なんだろう。それはわかったんだよ。だけどな、


「じゃあ、その指輪は何よ、って話になるでしょ?」

「……ああ、ね?」


 いや、ね? じゃないが?


「音夢には、酷いことを言っちゃったなぁ……」

「言っちまったねぇ、好きでもない女、ってねぇ~」


 まずそれが嘘。大嘘。

 ミツにとってそれが心にもないことなのは、今のこいつの顔を見ればわかる。


「ミツ君、顔が歪んでるよぉ~? 後悔するなら言わなきゃよかったのにね?」

「やめてくれ、トシキ。こんなボロボロの僕をいじめて楽しいのかい?」


 まぁ、割と?

 嘘でも何でも、言ったことに対して報いは受けろ。だから俺にいじめられろ。


「ミツよぉ、好きだったんだろ、音夢のこと」

「友人として、だけどね。恋慕じゃないよ、親愛さ」


「つまり、好きなんじゃん」

「まぁ、好きだけど。君と家族の次くらいには」


 それは、好きの中でもかなり上位の好き、だと思うんですけどねぇ。


「指輪については、音夢が来てからゆっくり聞くわ」

「怖いんだ。助けてくれないか。今ちょっと、身動きが取れなくて……」

「だが断る」


 俺は無表情にそう言ってやった。

 そもそもこうなったのは自業自得なので、ミツには存分に恐怖していただきたい。


「……で、高校時代は暗黒期でしたか? ん?」

「バカ言うなよ、トシキ。黄金時代に決まってただろ。最高の三年だったさ」


「でも、同時に暗黒期でもあったんだろ?」

「…………」


 ミツは、答えなかった。

 答えないであろうことを、俺もわかっていた。


「自分がそういう人間だって、俺に知られるのが怖かったか?」

「うん、まぁね。僕と同じような人が周りにいなかったから、どうしてもね」


 語るミツの声は力ないもので、今こうして語ることにも抵抗があるようだった。

 ホンット~~~~に、バカなヤツだと思う。心底。ホント、心底。


「あのな」


 俺は言う。


「高校のときに告白されても、俺はハイとは言えんかったぞ」

「知ってるよ」


「でもな、だからっておまえをヘンとも思わんかったからな。言っとくが」

「……それも、知ってるさ」


「でも、怖かったんだろ」

「当たり前だろ。わかってても、やっぱり不安はあったよ」


 やれやれですよ、こいつは。

 こういうとき感じるわ。やっぱ『人と違う』なんてのは自慢になんねぇよなぁ。


「でもさぁ、だからってさぁ、音夢に告白するか、おまえ?」

「だって、音夢に君を取られたくなかったから……」


 このクソ野郎。

 高校のときにそれ言われたら血で血を洗う展開も辞さなかったぞ、俺は。


「でも、トシキだって悪いんだよ?」

「あ、何がよ……?」


「君さ、三人でツルむようになって、かなり早くに音夢を好きになってたでしょ?」

「…………。…………。…………ナンノハナシッスカネ」


 ああ、自分でもわかる! 動揺し過ぎてわざとらしいくらいカタコト!?


「高校一年の春から一年半も待ってあげたのに、君ってヤツは……」

「何で、そこで上から目線なんですかねぇ?」


 九死一生のボロ雑巾め……!


「それに、理由だってあったさ。僕が音夢に告白した、ちゃんとした理由」

「何だよ?」


「もしかしたら音夢なら、好きになれるかもしれない。そう思ったんだ」

「あれ、おまえってアレ? 両刀ってヤツ?」

「わからないんだ。何せ、人を好きになったのはトシキが初めてだから……」


 そっか。高校の段階じゃ、自分がどうなのかもわかってなかったのか。


「だから音夢なら、もしかしたら、って……」

「なるほどな――」


 うなずきかけたところで、少し離れた場所から俺達を呼ぶ声がする。


「橘君! 三ツ谷君!」


 振り返ると、音夢がルリエラに案内されて、こっちに向かって走ってきていた。


「さぁ~、来ちゃいましたよ。お時間です」

「助けてくれ。頼むよ、トシキ」

「いやどす」


 真顔で懇願してくるミツに、俺は真顔でそう返した。

 そして、やって来た音夢に対し、俺は指輪のこと含め、ぶっちゃけたのだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 音夢が、動けないままのミツを見下ろして言った。


「あ、三ツ谷君死にたいんだ。っていうのは、最初からわかってたわ」


 即バレしてた件。


「だってどう見ても自暴自棄だったし。市長室で言ってたことのうち、本当のことって橘君が好きなことと、あとちょっとだけで、大半嘘よね。わかるわよ」

「ああああああああああああああああ~~~~……」


 ミツが、目に涙を浮かべて苦悶の声を垂れ流す。ざまぁ。超ざまぁ。


「でも……」


 音夢はその場で屈んで、ミツが首にかけている指輪を手にする。


「指輪なんて、用意してくれてたのね……」


 手の上の二つの指輪を、音夢はジッと凝視していた。

 眉を下げたその横顔には、何とも言いようのない感情が垣間見えた気がした。


「三年以上も付き合ったんだ。これくらいは、って思ったんだ」

「キスしたこともないのに?」


「ごめん……」

「謝らないでよ。謝られたら、もう、文句も言えなくなるじゃない」

「ごめんよ、音夢」


 声を震わす音夢に、ミツは重ねて謝った。

 それを見て、俺は悟った。ああ、音夢には正直に話すつもりだったんだな、と。


「今となっては、その指輪は僕の未練の証なんだ。さっさと捨てなきゃいけないのに、捨てられなかったよ。いつまで経っても、何度捨てようとしても……」

「待て待て、ミツ。人間やめたからって、捨てる必要あるのかよ」


 俺が口を挟むと、ミツの表情が微妙に変わった。

 その顔から見て取れるのは、嫌悪。それも相当に強い嫌悪感が、そこに表れた。


「今の僕は、未練なんて持つ資格もない。こうして君達と友人として言葉を交わすこと自体、あってはならないことなんだよ、トシキ。僕は、そう思っている」


 急に、ミツが纏う空気が変わった気がした。

 嫌悪どころじゃなかった。こいつは何だ。どうして、自分を憎んでるんだ。


「ああ、本当に。本当に、僕は浅ましいヤツだよ。さっさと自殺すればよかった」

「何でそんなことを言うのよ、三ツ谷君……」


 吐き捨てるミツを、音夢は悲しげな目で見る。

 その視線に耐えられないのか、ミツは音夢から何とか顔を背けた。


「なぁ、ミツ。おまえはどうして、死にたがったんだ?」

「…………」


 音夢に代わって俺が尋ねると、返ってきたのは沈黙。

 だがそれは黙秘ではなく逡巡だと俺にはわかった。だからミツが答えるのを待つ。


「トシキは――」

「ああ、何だよ?」


「市長室に来たときに僕以外に『昏血の者』がいるだろ、って言ってたよね?」

「ああ、言ったな。先週来たときに、もっといるように思ったんでな」


 先週来たときに感じた反応は、十人近く。

 俺は、ダンピールとかいう連中がそれだけいるのかと思った。違ったようだが。


「いたんだよ」

「いた?」


「そうさ。いたんだ。『昏血の者』じゃなくて、人間が。数人」

「俺は感じたのは、そいつらの反応。ってことか……」


 いや、だが待て。

 仮にそうだとすると、その連中はどこに行ったんだ。

 さっき、美崎夕子に転移させられた時点では、市庁舎にはミツしかいなかったぞ。


「ここで問題だよ、トシキ」


 ミツが笑みを深める。

 だがそこに見えるのは自虐。自嘲。どうにも拭えない、やけくその気配。


「――『昏血の者』は、何を食べて生きていると思う?」


 そしてかすれ声で紡がれたのは、そんな問いだった。


「……まさか」


 その質問の意図を察し、俺は目を見開いた。

 隣で、音夢も驚きに顔を青くして、口元を手で覆っている。


「どうしようも、なかったんだ」


 ミツの瞳に、涙が浮かぶ。

 その言い訳めいた言い方は、きっと本当に、どうしようもなかったからだろう。


「僕が食べたのは、十歳に満たない女の子だったよ」

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