ミツを絶対ブン殴ります 編
第24話 爽やかな朝。そして、決戦の朝。(ミツ視点)
爽やかな朝。そして、決戦の朝。
「結局、どれくらい用意できたのかな?」
天館市庁舎の地下駐車場に向かいながら、三ツ谷浩介は秘書に問う。
「四千体、といったところでしょうか」
「四千人、ではなく、四千体、か」
すぐ後ろについている女秘書の言い方に、彼は小さく笑う。
「すると、僕達の数え方もやっぱり『体』、なのかな?」
「それが妥当では? お互い、もう『人』で数えていい身ではないでしょう?」
「言うね、美崎さん。君は優秀な秘書だけど、まさか諧謔まで嗜んでたなんてね」
「ユーモアを理解する心くらいはあるつもりです」
浩介の秘書を務める
「そうか。じゃあ、僕の目的についても理解してもらえるみたいだね」
「理解はしていますよ。納得もしています。感想は『バカな人』ですけれど」
淡々としながらも鋭さを備えた夕子の舌鋒に、浩介は軽く噴き出した。
「アハハ、厳しいね。まぁ、他の職員からも概ね同じようなことを言われてるけど」
「他の皆さんは、今はどちらに?」
「さぁ、何してるんだろうね? 僕は彼らの上司だけど、今の市政府は極力、職員の自主性を尊重するようにしているから。ソラスに行かなきゃあとはご自由に、と」
「なるほど。まぁ、そうでしょうね。彼らを縛る法は、別に何もありませんし」
殺風景なコンクリート剥き出しの通路を、二人は硬い足音を鳴らしながら歩く。
「美崎さんは、さ」
「何でしょうか」
「どう? 人間やめて、何か変わったことある?」
「またおかしな質問を……」
「あれ、そうかな?」
「『昏血の者』となってから、変わっていないことの方が少ないでしょうに」
「まぁね。そうなんだけどね」
浩介は軽く苦笑する。夕子は、小さくため息をついた。
「それでも強いて言うのでしたら、以前よりは仕事を楽しんでること、でしょうか」
「へぇ、そうなんだ。それはいいことだね」
「何せ、お仕えしている方が非常に珍妙な人間性をしていらっしゃいますので」
「あれ、それ僕のこと? 酷いな、市長なのに珍獣扱いなんて」
「少しは、ご自身の日頃の言動を振り返られてみては?」
ピシャリと言い切る夕子に、浩介は「おかしいなぁ」と髪を掻く。
そして、二人はほとんど光のないその場所で、共に足を止めた。
浩介が鼻先を動かせば、そこにはちょっとした刺激臭が感じられた。
「美崎さん、明かりつけてー」
「少しお待ちを」
夕子の返答からしばしの間を置いて、真っ暗だった地下駐車場に明かりが灯る。
すると、闇の底に沈んでいた四千の人影が、一斉に照らし出される。
「わぁ、満杯だね」
「さすがに、この数ともなれば当然かと」
それなりの広さを持つはずの地下駐車場には、ゾンビがひしめいていた。
老若男女問わず、おびただしい数のゾンビが、集まり、押し込められている。
中には、腕がもげているもの、内臓が零れているものなどもいる。
「状態の良し悪しは問わず、とにかく集めましたが」
「それでいい。質まで突き詰めたら、時間がいくらあっても足りないしね。それに」
浩介は、視界に映るゾンビ達が手にしているものを見て、満足げにうなずく。
「ゾンビが弱くても、得物で補えばいいだけの話さ」
全てのゾンビが、手に何らかの武器を携えていた。
それは角材であったり、鉄パイプであったり、中には銃器を持つゾンビまでいた。
「いやぁ、同じ県内に暴力団の本部があってよかったね」
「自衛隊か在日米軍の基地でもあれば、もっと戦力の増強はできたのですけどね」
「ないものねだりはしないが得さ。今日が終われば、また改めて考えよう」
今日が終われば。
その言葉に、夕子は小さく反応を示す。
「いつ、出動を?」
「もちろん、今からだよ」
夕子が「やっぱり」とでも言わんばかりに息を吐く。
それを感じとりながら、浩介は『天館ソラス』がある方を見た。
「別に、こっちは待つとは言ってないからね。先手を打ったって、別にいいだろ?」
四千体の武装ゾンビを前にして、浩介は笑う。愉しそうに笑う。
「さぁ、始めよう、トシキ。僕の野望を、阻めるものなら阻んでみてよ」
「本当に、ガキですね」
「あ、美崎さん、それはひどいよ」
秘書に図星を突かれて、若き天館市長は軽く顔をしかめるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ソラスの屋上から見る空は、とにかく晴れ渡っていた。
雲は少なく、空は青く、昇りつつある朝日が人のいない天館駅を照らしている。
「えー」
屋上に集まった八十人を前に、何かを言おうとしているのは俺ではない。
ギルド職員の制服に身を包んだ、河田英道だった。
左右に同じくギルド制服を着た数人を従えて、英道は俺達と向き合っている。
「皆さん、おはようございます」
まずは、英道が軽くあいさつをする。
向き合うその他大勢の幾人かが、それにまばらに挨拶を返した。
「すでに、皆さんも御存じのことかと思いますが、本日より、ここ『天館ソラス』を本部として冒険者ギルド天館支部を開業することとなりました。ギルド長を拝命させていただくこととなりました、河田英道と申します。よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げる英道に、俺も音夢も、他の連中も軽く拍手を贈る。
「ギルドについては、もはや語るまでもないことだと思います。ですので、早速ではありますが天館支部の初依頼についてご説明をお願いしたいと思います」
お願いしたい。という言い方。
そして、英道の目が、俺へと向けられる。
「では、依頼人の橘利己さん、お願いします」
そう言われ、周りの目が俺に集中する。
今さらそんなものには緊張も覚えず、俺は歩いて、英道の隣に立った。
「あ~、ども、橘っす」
向き合う七十余名に、まずは名乗る。
その上で、今回の依頼について単刀直入に述べた。
「今回の依頼内容は、ゾンビ退治だ。天館市庁舎にゾンビを集めてるヤツがいる。そいつが集めたゾンビの数は、およそ四千ほどだ」
「四千……!?」
俺の言葉に、全体がザワつく。
それが落ち着くのを待って、英道が軽く補足を加えた。
「今回は、討伐対象の数が数なので、ここにいる全員を1パーティーとして扱う『
「報酬は、一人当たりで換算する。ゾンビの討伐数に応じて、それぞれで別個に生活物資の支給って形で報酬を払わせてもらうつもりだ」
さらにそこに俺が説明を加えて、そして、
「でだ」
俺は、本題に入る。
「前にも言ったことだが、俺は、基本的にはおまえらのことなんてどうでもいい」
またしても、七十余名がザワつく。
だが、それに構わず俺は言葉を続けた。
「俺は、身内でもないおまえらを助けるつもりは一切ない。それは今も変わっちゃいない。アルスノウェへの道を教えたのだって、成り行き上の『ついで』に過ぎない」
ざわめきは続いている。
音夢も、俺に対して咎めるような目を向けているが、俺はそれを完全に無視する。
「それでも」
ここまでは、前置きに過ぎない。
「今、俺の目にこうして揃っているおまえ達に、俺はある種の敬意を抱いている」
「敬意……?」
「あの、『滅びの勇者』が、俺達に?」
あ~、こいつらの間でもすっかり『滅びの勇者』の名が広まっちまってる。
だからこそ、俺の言葉は先週よりもさらに重く響くのだろうが。
「おまえらは身内じゃない。だが、アルスノウェでの一年を生き抜いたおまえらに、テレビの向こうで全力を尽くすスポーツ選手を見たときのように、闘技場で死闘を勝ち抜いた剣闘士を見たときのように、俺は自分勝手に敬意を抱いた。だから――」
息を一度吸って、吐いて、そして言う。
「おまえらに、おまえらが手に入れた暴力を思う存分使える機会を与えてやる」
「言い方……」
音夢が片手で頭を抱えているが、はい、無視無視。
「なぁ、おまえら。アルスノウェでの一年間、キツかったろ?」
「キツかった……」
「ああ、本当に厳しい場所だったなぁ……」
俺が呼びかけると、それに応じる声がちらほらと。
そして、ほとんどの連中が、異世界での日々を思い出してか苦い顔をしている。
「だが、アルスノウェにはそれでも、国があった。法があった。社会があった」
「それは、確かにそうだ……!」
俺の言葉に、何人かがハッとしたように顔をあげる。
「そしてこっちじゃ、その全てがもうない。あるのはゾンビと、滅びた世界だけだ」
「……ゾンビ」
「ああ、そうだった。こっちは、もう――」
目に映る何人かが、グッと拳を握っている。
アルスノウェでの一年で薄れかけてたこっちの記憶が、徐々に蘇ってるんだろう。
「ぶっちゃけさ、ムカつかねぇか?」
「ああ、ムカつくよ!」
「そうだ。考えてみれば、何でこんな理不尽に巻き込まれなきゃいけないんだ!」
種火は、瞬く間に燃え広がった。
七十余名の冒険者達の間で、明確に怒気が膨れ上がっていくのを感じる。
「そうだ、怒れ」
俺は、それをさらに煽る。
「俺達から平和な日常を奪った理不尽に対して、真正面から怒れ。キレろ」
俺の目的はゾンビを殺すこと。
前の七十余人全員も、俺の目的に巻き込んでやる。全員、同志にしてやる。
「もう、この世界に社会はなく、国はなく、法もない。だったら、おまえらの中にある怒りを縛る鎖は、何一つありゃしねぇんだ。そして、おまえらには力がある!」
大きく腕を振って、俺は声を大きくして訴える。さぁ、俺の怒りに共感しろ。
「怒りを燃やせ。力に任せろ。暴力に訴えろ。おまえらはそれをしていいし、それをできるだけの力も手に入れた。そして、それをするべき相手も、すぐそこにいる!」
俺は全力で叫び、天館市庁舎の方向を指さした。
「ゾンビなんぞ、一体残らずブチ破ってブチ壊せッッ!!」
「「「ウオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ――――ッ!!!!」」」
喝采が――、いや、ゾンビに対する恨みの怒号が、ソラス屋上に響き渡る。
「それでは、ただいまをもって『天館駅ゾンビ一掃作戦』を開始します!」
英道の宣言によって、日本初の大規模戦闘依頼が始まった。
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