第7話 吉田帝国は最高です。(フラグ)

 吉田帝国は最高です。

 と、でも言うつもりじゃねぇだろうな、このロンゲのにいちゃん。


「国民ナンバー113!」

「はい!」


 と、俺が棒立ちになっている隣で、にいちゃんに呼ばれた音夢がピシッと背筋を伸ばす。

 一方で、ロンゲのにいちゃんは両腕を後ろに回して、何か教官っぽいポーズ。


「吉田帝国、挨拶!」


 いきなり、にいちゃんが腹の底から声を張り上げた。

 応援団の団長とかがやってるヤツを想像すると、わかりやすいかもしれない。


「吉田帝国は最イケです!」


 続いて、音夢がそんなことを叫び出す。

 最高ですじゃないんかーい、と、傍で聞かされている俺は、内心に呟いた。


「オイ、そこの貴様!」


 ロンゲのにいちゃんが、俺をジロリとねめつけてくる。


「え? 俺?」

「そうだ。どうした。何故繰り返さん! 吉田帝国をナメてるのか!?」


 にいちゃんが、ものすごい剣幕で詰め寄ってくる。

 顏もいかついし、ガタイもいいので、普通のヤツならとんでもない圧を感じるだろう。

 が、いかんせん身長10m越えのサイクロプス程じゃないので、ビビりはしない。


「すみません! すみません! この人、まだ帝国に来たばっかりで!」


 隣の音夢がペコペコと頭を下げたあとで、俺の腕を引っ張って顔を近づけてきた。


「いい、橘君? 今はとにかく、何も言わずに私のマネをして。お願いだから」

「えぇ、今のやるのぉ~……?」


 小声でヒソヒソと俺に耳打ちしてくる音夢。

 ちょっと待って、今のクソダサいの、俺もやんなきゃいけないのかよ……。


「いいから、おねがいだから!」

「あ~、わ~ったよ、やればいいんだろうが……」


 俺達が小声でやり取りをしている間にも、にいちゃんをこっちを睨んできていた。

 その視線に、俺は違和感を覚える。


 デカデカと『吉田』と書かれたTシャツを着ている、ロンゲのにいちゃん。

 その手には多少凹んだ鉄パイプを持ち、その外見はどこから見ても立派にチンピラだ。


 しかし、瞳と顔つき、それに全身に纏う雰囲気がチンピラのそれではない。

 真っすぐにこっちを睨むその視線から感じるのは、使命感。もしくは、妙な誇り高さ。


 この感覚は、むしろ俺にとっては慣れ親しんだものだ。

 アルスノウェでは、毎日のように感じていた。

 味方の国の兵士や騎士が、魔王軍との戦いで見せていた、祖国を守らんとする気概。


 これは、忠誠心だ。

 このにいちゃんはどこかの誰かに、己の命を捧げるレベルで忠誠を誓っている。


 だが、忠誠心? こんな面白い見た目のヤツが?

 と、俺の中にあった違和感は、あっという間に疑問に変わった。


「橘君、いい? 私に続いて、ちゃんとやってね?」

「わかったよ。俺だっていきなりこんなところで敵を作るつもりはねぇっての」


 音夢に念を押され、俺は渋い顔をしつつうなずく。

 ロンゲのにいちゃんが再び応援団長のポーズをとって、叫び出した。


「吉田帝国、挨拶!」


 続いて、音夢が叫ぶ。


「吉田帝国は最イケです!」


 次に、俺も言う。


「よしだてーこくはさいいけです」

「声に感謝の念が足りていない! やり直し!」


 にいちゃんが鉄パイプで床を叩いて威嚇してくる。感謝の念って何なんだよ。


「橘君……」

「ごめんて。わかったから、そんな咎めるような目で見てくんな!」


 ああ、もう、めんどくせぇな!


「吉田帝国は最逝けです!」


 俺は若干ニュアンスを変えて今度こそ大声で言った。

 すると、俺の小細工に気づきもせず、にいちゃんは腕を組んで満足そうにうなずいた。


「そうだ。それでいい。貴様ら『名ばかりの吉田』は吉田帝国がなければ生き延びることもできない下民だ。俺達に生かされている事実を噛み締め、常に感謝を忘れるな!」


 あァ? 何だこの野郎?


「はい、わかりました! ありがとうございます! いつも感謝しています!」


 俺がカチンときた瞬間、音夢が俺とロンゲの間に割って入ってきた。


「うむ、よろしい。では国民ナンバー113。この新たなる『名ばかりの吉田』の世話は貴様に任せる。ナンバーの振り分けは追って通達する。物資は預かる。下がってよし!」

「はい! ありがとうございます、吉田帝国は最イケです!」


 怒りのやり場を潰された俺の前で、音夢は深々と頭を下げる。

 そして、カップ麺が入った段ボールをロンゲに渡して、また俺の腕を掴んでくる。


「それでは、失礼します! お疲れ様です! ほら、行くわよ!」

「そんな引っ張んなって、行くから!」


 音夢と俺が中に入ると、すぐに後ろからガラガラとシャッターが下りる音がする。

 やっと、意味わかんねぇやり取りから解放されたか。と、俺が思ったそのとき、


「おい、待て!」


 俺達の背中に向けて、ロンゲがまた何か言ってきた。

 音夢がビクリと身を震わせて、足を止めてロンゲの方を恐る恐る振り返る。


「あの、何でしょうか……?」

「貴様ではない、国民ナンバー113。そっちの新たな『名ばかりの吉田』だ」


 俺かよ。

 っつーか、さっきから吉田吉田うるせぇなぁ、この野郎。


「あの、俺、橘利己っつー名前があるんすけど?」

「ちょっと、橘君……!」


 髪を掻きながら言う俺に、音夢が顔を青くする。

 何だよ、その反応は。

 こういうときに俺がどういうアクションするかは、よく知ってるだろうに。


「……フン」


 しかし、ロンゲは俺の反論に怒りを見せることもなく、鼻で笑うだけ。

 この余裕に、あからさまな見下しの目つき。これもやはり、チンピラっぽくはない。


 ただのチンピラなら、そもそもこんな余裕は見せてこない。

 俺が言い返した時点で殴りかかるかして、格の違いを見せてこようとするだろう。

 それをしてこないってことは、やはりこいつの中身はチンピラとは別物、か。


「吉田帝国に来た以上、貴様の名前に意味なんてないんだよ。新参で、まだ帝国に何も貢献していない貴様は『名ばかりの吉田』。そして、ここで回収班の管理統制を任されている俺は『Tシャツの吉田』だ。貴様とは身分が違うんだ。口の利き方に気をつけろ!」

「…………『Tシャツの吉田』」


 何か、さらにどうでもいいネーミングが出てきたぞ。

 だがその割に、このロンゲ、自分が『Tシャツの吉田』であることを自慢している。

 さっきからこいつが見せている『誇り』は、この辺りに起因してそうだな。


「すいませんっした」

「わかったのならばいい。それと、貴様は24時間以内に『贄』を供出するように」


 ひとまず頭を下げると、今度は『贄』なるワードが出てきた。

 ヤベェな、そろそろ俺の常識フィルターがぶっ壊れちまいそうだぞ。


 吉田帝国、『名ばかりの吉田』、『Tシャツの吉田』、『贄』。

 ネーミングセンスの右往左往が激しすぎる。

 せめてネタか厨二かのどちらかに振り切れてるならまだわかるが、混在させんな。


「行け。そして帝国に精々貢献するがいい」


 そして、俺達はようやくロンゲの『Tシャツの吉田』から解放された。

 通路を進むと、音夢が安堵したように長々と息を吐く。


「……寿命が縮んだわ」

「何が寿命だよ、小宮音夢ともあろう者が、あんな野郎にヘコヘコしやがって」


 歩きながら、俺は唇を尖らせる。

 俺が知る音夢は、理不尽に偉ぶる相手を前にして、簡単に頭を下げる女ではない。

 だが、


「勘弁してよ、橘君。もう私達、高校生じゃないのよ。それに」

「それに?」


「私達がこうして生きていられるのも、吉田帝国のおかげなんだからね?」

「……へいへい」


 私達、ね。

 俺はつっけんどんに返しつつ、周りに視線を走らせた。


 天館ジョイフルストリートと名付けられた地下繁華街。

 あのロンゲのいたところに行くまでは、全ての店にシャッターが下りていた。

 しかし、今はそれはなく、店と思しき場所は開いていて、しかもそこに人がいた。


 洋服店らしき看板が掲げられている狭い空間に、三人ほどが身を寄せ合っている。

 ブロックを椅子代わりにして座る三人は、全員が肩を落とし、うなだれていた。


 他も、似たような感じだ。

 さっきまでの無機質な空気から一転、何とも重く湿った雰囲気に満ちている。

 相変わらず明滅している照明が、息苦しい場の空気を強調している。


「こいつらは」

「全員、私と同じ『名ばかりの吉田』よ」


「……何なんだよ、その『名ばかりの吉田』ってのは」

「それは――」


 と、音夢が答え終わる前に足を止めて「ここよ」と告げてくる。


「着いたわ。ここが、今の私の家よ」


 見上げると、そこには『占い館』と書かれた看板があった。

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