第13話 戦いは、まだ終わっていない。(無慈悲)

 戦いは、まだ終わっていない。

 吉田帝国の貴族が全ていなくなり、初代皇帝が俺の前で土下座をしていようとも。


「戦争は終わった」


 それでも、俺は告げる。

 こうして敵国の元首が全面降伏を申し出ている以上、戦争の時間は終わりだ。


「この戦争は『滅びの勇者』である俺の勝利で終結した」

「じゃあ、もういいだろ! 僕を解放してくれよ。もう終わったんだろ!」


 土下座をして、頭を床に押し付けたまま、元皇帝は震えながら訴えてくる。


「戦争は終わった。だが、未だ要求は果たされていない」

「よ、要求……?」


 元皇帝がそろりと顔を上げて、こっちの様子を窺おうとする。

 俺はそれを無表情に見下ろして、短く告げた。


「おまえの命だ」


 瞬間、元皇帝の顔が驚愕に歪んだ。

 だが俺は最初から言っている。ゾンビは殺す。ゾンビを操るやつも殺す。と。


「うわぁ、ぁ、あああああああああああ!」


 恐怖に耐えきれなくなったか、元皇帝が逃げ出した。

 その背中に、俺は軽く指を示す。


空戟ストラック


 パンッ、と弾ける音がする。

 元皇帝の背中近くで小規模な空気の炸裂が発生し、鳴った音だ。


「ぐひぃっ! ……ぐげっ!」


 爆発の衝撃に背を圧されて、元皇帝は勢いあまって顏から床に突っ込んだ。

 激突の音は、生々しく濡れていた。


「ひぃっ、ひぃぃぃぃ、痛い! い、痛い! 痛いぃひぃぃぃぃぃ~……」


 顔を両手で押さえてのたうち回る元皇帝に、俺は一歩一歩近づいていく。


「逃亡は不可能だ。死にたくなければ、抗え」

「どうせ、抵抗してもしなくても、僕のことを殺すんだろ……!」


 元皇帝が下から俺を睨んでくる。鼻と口から、ボタボタ血を流しながら。

 その瞳には、いっぱしと呼ぶに値する殺意が滾っていた。実に俺を殺したそうだ。


「無論、殺す」


 だから俺は告げた。

 決して覆ることのない、これから起こる事実を、そのまま。


「ぐ、おまえ、自分が何したかわかってるのか……?」


 元皇帝が、血を飲み込みながら、そんなことを言いだした。


「確かに、僕は王様ごっこで遊んでたさ。……何の力もない連中を相手に、偉ぶって悦に浸ってたさ。差別だってしてたさ。バカを見下してたさ。――だけど!」


 呼吸を荒くし、立ち上がって俺をきつく見据えてくる。


「僕が作った帝国は、百名以上の人間を生かしておくシェルターとして、確かに機能してたんだ! 付け焼刃程度でも、社会性は維持できてた!」

「その通りではあるな。それは、認めよう」


 こいつが作り上げた、吉田帝国というシステム。

 貴族制度と宗教的権威を基盤とした階層構造の疑似社会は、上手く動いていた。


 それは、帝国の仕組みに無駄が少なかったからだ。

 単純にして簡潔なものではあったが、百人程度が実際に暮らしていけるシステム。

 目の前の元皇帝は、それを確かに組み上げていたのだ。


「だけど、おまえがそれを壊したッ!」


 元皇帝が、俺を糾弾する。


「おまえのせいで、帝国に護られていた百数十人が路頭に迷うことになるんだぞ! おまえのせいで! おまえのせいでだ、わかってるのか!?」

「もちろん、わかっている。そして、その上で言おう」


 俺は、フゥフゥと怒りに呼吸を激しくしている元皇帝に、静かに告げた。


「おまえを殺す」

「何でだよ、どうしてそうなるんだよ! 今、そういう話はしてないだろ!?」


「今も前も、俺はこの話しかしていない。おまえを殺す」

「それが、勇者の言うことかよ! 弱者を救う、正義の味方の言い草かよ!」


「勘違いをするな『偉大なる吉田』」

「……は?」

「俺は、大衆が求める正義の味方じゃない。――俺は『俺の正義』の味方だ」


 言って、俺は聖剣の切っ先を絶句する元皇帝に突きつける。


「最後の質問だ、『偉大なる吉田』」

「ぐ、ぅ……」

「おまえの『ゾンビを操る能力』は、どこで手に入れた?」


 他の帝国貴族が、ゾンビを治せるというこいつの嘘を信じた理由。

 それは、この元皇帝が実際に超常的な力を持っていたからに他ならない。


 ゾンビを操るという、余人には絶対に真似できない特殊能力。

 それがあったからこそ、ロンゲの中原達は元皇帝の嘘を信じ、奇跡に心酔した。


 アルスノウェであれば死霊術士ネクロマンサー辺りならば死体を操れる。

 だがここは日本だ。そして日本のゾンビは、魔法の力を有していない。


「答えろ。答えれば、おまえを生かすことを考えてもいい」

「ぐ、ぐ、ぐ……、ほ、本当か?」


 元皇帝は最後の望みにかけて俺に確認を求めるが、それには応じない。

 ただ無言を貫いて、俺は元皇帝の反応を待ち続ける。

 すると、元皇帝は汗だくの頬の肉を震わせて、短く答えた。


「く、黒い雨、だ」

「黒い雨。人をゾンビに変えたという、あれか」


「そうだ。僕は、あれを浴びたんだ。でもゾンビにならなかった。代わりに……」

「ゾンビを操る能力に目覚めた、か」

「そうだ。……さぁ、言ったぞ! 言ったから、僕を助け」


 俺は聖剣を振るった。

 鋭く尖った切っ先が元皇帝の首筋にほんの小さな傷をつける。


 クリティカルヒット――、『一撃必殺』効果、発生。


「    」


 元皇帝だった肉塊が、のどの奥からヒュウと息を漏らし、そのまま倒れた。


「生かすかどうか、考えたぞ。一秒を待たず却下だがな」


 転がった死体に感じるものは何もない。

 俺は戟滅戦仕様の武装を全て無限収納庫に収め、再び黒ジャージ姿に戻る。


「それにして、黒い雨、ね」


 人をゾンビに変え、人にゾンビを操る能力を与えた、全ての元凶。

 全てのゾンビを殺すと決めた以上、それについても調べないワケにはいかないか。


「やれやれだわ……」


 これから先のコトを思うと、ため息も出てくるわ。

 勇者なんて引退して、平和な日本で退屈な日々を満喫したかったのになー。


 まぁ、ゾンビは殺すけど。

 ゾンビを操るヤツも同じく殺すけど。


「橘君!」

「ん?」


 声がしたので振り向くと、音夢と小鳥エラがいた。


「よぉ、戻ってたのか」

『はい~、ついさっき戻りましたわ~』


 ルリエラが、音夢の肩から飛んで俺の肩にとまる。

 音夢は、何故か顔を青ざめさせていた。その目は俺ではない方に向いている。

 見ている先にあったのは、元皇帝の死体だった。


「あー」


 ヤッべ、音夢への言い訳を考えてなかった。


「橘君」

「お、おう」


「この人、殺したの?」

「あー……、おう。俺が殺した」


 音夢に対し、下手な言い訳は逆効果と判断して、俺は素直にそう白状した。

 直後、音夢はキッと目つきを鋭くして、俺に向かって右手で叩こうとしてくる。


「っと、何すんだよ」


 だが、さすがにそれをくらう俺でもなく、音夢のパンチを受け止める。

 いやしかし、パンチて。しかも右ストレートて。平手じゃない上に結構痛いし。


「何で、殺しちゃったのよ!」


 音夢は、泣いていた。

 黒縁眼鏡の奥で、大きな瞳が涙に濡れて揺れている。


「いくら酷いことをしてた人だからって、殺しちゃうことなかったでしょ……!」


 泣きながら、音夢は俺にそう叫ぶ。


「どうして、橘君が殺す必要があったのよ、何で? どうして橘君が!?」

「あ~……」


 どうしよう、音夢との認識のギャップがヤバイ。

 俺と音夢との間で、こんなにも認識に差があったなんて、とか言う気はないけど。


 音夢が泣いている理由はわかるんだ。

 こいつは、俺が知る限り全人類で最も情け深い女だ。

 だから、俺が人を殺した事実を、本人以上に重く受け止めてしまっている。


 一方で俺は、音夢の反応を見て改めて自分の感覚の荒みっぷりを痛感した。

 そうだよなぁ、日本だと、人殺しってのはこうなるくらいには重い事態だよなぁ。

 っていうのをまるで他人事みたいに思ってるんだから、かなりあかんね。


『でもこの場合~、遅かれ早かれ吉田帝国で死者は出てましたし~』


 と、ルリエラが俺にだけ念話を送ってくる。


『どっちにしろ死者が出るなら、皇帝一人で済んで御の字ですわよね~』

『まぁ、そうなんだが。そういうこっちゃねぇんだ、音夢にとっちゃ』

『っぽいですわね~。ネム様はお優しい人みたいですし』


『そういえばおまえ、アルテュノンに行ってたときに音夢に何か説明したか?』

『いいえ~、なぁ~んにも。だってそれは、トシキ様がやるべきことでしょ~?』


 それはそうなんだが、少しくらい気を利かせてもいいだろうに……。


「あ~、あのな、音夢」

「何よ!」


 観念して、俺は深く息をついた。そして正直に告白する。


「俺が人を殺したのは、今回が初めてじゃない」

「え……」


 音夢が目を見開く。そのまなざしに胸を抉られながら、さらに俺は語った。


「ついでに言えば、これまで殺した数も数えきれない」

「な、何でそんなことに……?」

「俺が召喚された異世界が、そういう場所だったから、としか言えないな」


 アルテュノンに行ったのだ。

 俺が異世界に召喚されたことについては、今さら疑わないだろう。多分。


 しかし、この音夢の視線がなかなか痛い。

 憐れむでもなく、責めるでもなく、ただ信じがたい想いに満ちた悲しげな目。


 目の前のダチと自分との間に、埋められない溝があるかのように錯覚する。

 これはさすがの俺でも、なかなかに堪える。防御無視固定ダメージ、って感じ。


 音夢は、しばし固まっていたが、眼鏡を外して涙を拭った。

 そして再び眼鏡をかけたその瞳には、強い意志の光が戻っていた。


「後ででいいから、話して。橘君がこれまで何をしてきたのか」

「いいのかよ。今じゃなくて」

「今は『贄』の人達を家族に返してあげるのが先。それからでいいわよ」


 う~ん、実に小宮音夢。

 自分は後回しにして、他人を優先する辺りが本当に変わっていない。

 と思っていたら、音夢が俺のジャージの肩辺りを掴んできた。


「……ちゃんと、聞くからね。逃げないでね」

「逃げねぇよ」


 俺は、目を逸らして何とかそう答えた。いつになっても、やりにくい女だ。


『何か怪しい雰囲気ですわ~、これは絶対コイバナに発展するヤツですわ~!』


 俺の肩で騒いでる小鳥エラについては、後で必ず握り潰そうと決心した。

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