第12話 この姿を、俺は『戟滅戦仕様』と呼んでいる。(隙自語)

 この姿を、俺は『戟滅戦仕様カーネイジ』と呼んでいる。

 魔王城に単騎で突撃した際の、俺の最終装備である。

 全身の装備を白で染め上げたのは、そうすれば返り血の朱がより目立つからだ。


「『滅びの勇者』タチバナ・トシキ――、これより『俺の正義』を執行する」

「は、は、はぁぁぁぁぁぁぁ~~~~……?」


 初代皇帝『偉大なる吉田』が、俺の姿に気圧されて後ずさる。

 それを、純白のフルフェイスで覆った俺は、酷く無感情に眺めていた。


 何というか、この姿になるとスイッチが入る。

 喜怒哀楽は大きく抑制され、俺は存在として『理想的な暴力装置』に近くなる。


 思考表面に浮かぶのは勝利条件と、それを満たす方法。

 人間らしい情緒はあまりなく、冷徹に、そして無機質に、目的の達成を目指し続ける。

 例えば今の場面ならば――、


「お――」


 初代皇帝が何かを言おうとする。

 しかし、それより先に俺は聖剣を閃かせた。


 無造作に、ただ腕を振るようにして、一度。

 その軌跡に生じた圧倒的な剣圧が、衝撃波となって近くの壁面を直撃する。

 爆砕の音が派手に響き、壁面が丸々一角分、消し飛んだ。


「お……、お? お……!?」


 皇帝は、吹き飛ばされた壁を見て、次に俺を見た。

 その目はまん丸で、顔中を濡らす汗が、ボタボタと滴っている。


「今ので、出力は1%未満だ」


 俺は抑揚のない声で告げて、皇帝と、近くにいる吉田帝国の貴族共を見やる。

 全員が、初代皇帝と同じく汗まみれで、俺に視線を注いで固まっていた。


示威行為デモンストレーションは終わった。これより『滅びの勇者』は、吉田帝国初代皇帝『偉大なる吉田』に対し宣戦布告と最後通告を行なう」

「せ、せんせんふこくぅ~!?」


 飛び上がらんばかりに驚く、初代皇帝。


「吉田帝国上層部は、直ちに無条件降伏し、初代皇帝『偉大なる吉田』の身柄をこちらに明け渡せ。さもなくば、上層部全員を戟滅対象として認定する」

「僕のみ、身柄って何だよ? 僕を、こ、ここ、殺す気なのかよ!」


 皇帝がすっとんきょうな声をあげて騒ぐが、騒いでいるのはこいつだけだ。

 他の連中、吉田グッズを身に着けた帝国貴族連中は、困惑の表情を浮かべている。


「宣戦布告は完了した。今現在、状況はすでに戦時下にある。『滅びの勇者』である俺と、貴国との戦争だ。俺の勝利条件は、貴国の最高責任者である初代皇帝の死だ」

「な、な、何で……!?」


「おまえがゾンビの側に立ったからだ」

「はぁ~~~~?」


「ゾンビは殺す。ゾンビを操るヤツも殺す。だからおまえを殺す。以上だ」

「バッ、バカかよ! おまえ、何言ってんだよ! おかしいよ!」


 初代皇帝がわめき散らして後ずさる。

 帝国貴族共は、まだ動かない。俺の示威行為に恐怖して動けないだけか。


 やはり、どんなに偉ぶったところで荒事には慣れていない現代日本人。

 目の前で行なわれる暴力に対して免疫がなさすぎる。平和ボケが抜けていない。


「動かないのならば、そこで震えていろ」


 俺は彼らにそう告げて、初代皇帝に近づいていった。


「お、おまえら! 動けよ、ぼ、僕を助けろよ! オイ!」


 皇帝が、帝国貴族共に向かって怒声を響かせる。


「いいのか、僕が、し、死んだら! 死んだら、ゾンビを治せなくなるんだぞォ!」

「…………ああ、そうだ」


 と、俯いていた帝国貴族の一人が、皇帝の言葉に顔をあげる。


「そうだ、そうだった!」

「ああ、そうだった。陛下を守らなければ!」


 一人が言い出すと、それは次々に伝播していった。


「あの人は救世主なんだ、この世界の、救い主なんだ!」

「そうだ。俺の母ちゃんを、治してもらうんだ。そのときまで陛下を守らなきゃ!」


 ――なるほどな。


 帝国貴族共が皇帝に忠誠を尽くす理由。それが理解できた。

 証となる品を持たせて特権階級に就かせる。だけではなかったということか。


 爵位制に似せた身分制度に加えて、自身の神格化という宗教的要素も加えている。

 ゾンビを治せるという奇跡を喧伝することで、権威を確立したか。


 これは、なかなか上手いやり方だ。

 他者の希望をなることで、自らの安全の確保に成功している。


 事実、俺が見せた威嚇に屈し、恐怖に縛られていた帝国貴族達が息を吹き返した。

 吉田グッズを身に着けた連中は、初代皇帝を守るようにして、俺の前に立つ。


 皆、その顔には決死の表情を浮かべている。

 それは、この日本で見ることになるとは思わなかった、覚悟を決めた戦士の顔だ。


 吉田帝国初代皇帝『偉大なる吉田』。

 自分の配下にこの顔をさせるとは、君主としては多少見どころがありそうだ。

 しかし、その忠誠と覚悟も、割と簡単に突き崩せそうではあるが。


「わかった、治してみろ」


 俺は、帝国貴族越しに俺に勝ち誇った笑みを向ける初代皇帝に言う。


「へ?」

「今からゾンビをここに連れてきてやる。治してみろ」


「バッ、バカ言うな! ゾンビの蘇生は、帝国の最高機密の秘儀で簡単には――」

「俺の前でゾンビを蘇生して見せたら、おまえを生かしてやる」


 絶対に断れない条件を、突きつけてやった。


「…………ッ」


 初代皇帝は言葉を止めて、のどの奥を引きつらせる。

 その表情を見て、俺は確信した。こいつが言うゾンビの蘇生は、真っ赤な嘘だ。


「言っておくが」


 俺は、その場から高速で移動して初代皇帝の背後に回る。


「逃げようとしても無駄だぞ。おまえはここから逃げられない」

「えっ、あれ! な、何で後ろに? いつの間に!?」


 初代皇帝も、帝国貴族達も、俺の動きにまるでついてこれていない。

 俺は再び高速で動いて、元の位置に戻った。


「見ての通りだ。おまえらがどれだけ急いでも、俺はそれより速く動ける。おまえらが決死の覚悟で俺を阻もうとしても、俺はおまえらをその覚悟ごと消し飛ばせる」

「う、うぎっ、ば、ば、バケモノ……!」

「その上で、俺は言っている。ゾンビを治してみろ。できれば、生かしてやる」


 おののく初代皇帝に、俺からの再度の提示。

 皇帝を守るように立つ帝国貴族達もこぞって皇帝の方を振り向き、期待を寄せる。


「陛下!」

「見せてやりましょう、陛下!」

「あの生意気なコスプレ野郎に、陛下の奇跡を見せつけてやってください!」


 帝国貴族のうち、誰も俺の出した条件を拒もうとはしない。

 その反応だけでもわかることがある。

 皇帝は、今まで一度もゾンビを治したことはない。人前で、それをしていない。


「帝国最高の秘儀が、ついに!」

「やった、陛下の奇跡をこの目で見られるんだ! 生きててよかった!」

「う、うるさい! うるさいよ、おまえら!」


 感涙する者までいる中、初代皇帝は汗をダラダラ流しながら声を荒げている。


「どうした? ゾンビは俺が連れてきてやる。治してみろ」

「うるせぇぞ厨二のコスプレ野郎め! ウチの皇帝の偉大さを、今教えてやる!」

「ああああああああ、あああああああああああああああああああ……」


 俺が言うと、ロンゲの中原が俺を指さして罵り、初代皇帝が高速振動していた。


「さぁ、陛下! 『偉大なる吉田』陛下!」

「うおおおおおおお、だまらっしゃ~~~~~~い!」

「へなっぷ!?」


 瞳をキラキラさせて振り向いた中原を、錯乱した初代皇帝が殴り飛ばす。


「そ、そ、蘇生は……、今日は日が悪いんだ! 日と、運勢と、ほ、方角とが!」

「なら、死ね」

「ひぃっ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!!?」


 言い訳を受け付けるつもりはない。

 俺は全身から殺気を溢れさせ、初代皇帝に近づこうとする。

 帝国貴族達が、俺の前に立って身を挺して皇帝を守ろうとするが――、


「無駄だって言ったよな?」


 次の瞬間には、俺は皇帝の隣に立って、その首筋に聖剣の刃を押し当てていた。


「さぁ、皇帝。二つに一つだ。ゾンビを治すか、死か。好きな方を選べ」

「う、う、うう、うううううううううううう~~~~!」


 あごをあげて、顔を上に反らして、初代皇帝が激しくうめく。


「陛下!」

「おまえ、コスプレ野郎、いい加減に――」


 帝国貴族達が、慌てて俺を囲んで皇帝を助けようとする。だが、



「う、嘘だってば! 僕に、ゾンビを治す力なんて、ないんだってばァ――――!」



 初代皇帝『偉大なる吉田』は、自分を助けようとする配下の前でそれを叫んだ。


「治せるワケないだろ、ゾンビなんて! バ、バカじゃねぇのか! バカ!」

「へ、陛下……?」


「バカだよ、みんな、バカだ! そんな作り話を簡単に信じやがって!」

「そんな、皇帝陛下!?」

「うるさい、バカ共め。僕を助けられない役立たずの、バカの、バカ以下の、バカ以下以下の、バカ以下以下以下共め! ゾンビの蘇生なんて誰ができるか! バカ!」


 俺はできるけどな。

 対象がごくごく限られるから、この場で言うつもりはないが。


「そんな……」


 と、ロンゲの中原を始め、それまで覚悟を固めていた貴族達が次々に膝を折る。

 戦意も何もあったモンじゃない。皇帝の裏切りに、完全に自失している。


「……くそ!」


 やがて、一人が吉田グッズを外してその場に叩きつけた。

 それを皮切りにして、Tシャツを脱ぎ捨てる者や腕章を外す者が続出する。


「おい、な、何やってんだ! 助けろよ、僕を助けろ! 僕は、皇帝だぞ!」


 皇帝が手を伸ばし、この期に及んで命令口調で助けを求める。

 しかし、ロンゲの中原や他の元貴族は、揃ってそんな皇帝に侮蔑の目を向ける。


「うるせぇ、詐欺師が。何が皇帝だ、俺達を騙しやがって!」

「帝国ごっこなんて、やってられるか。おまえはそこで勝手に殺されろ!」


 各々「死ね!」だの「クソ豚が!」だの、捨て台詞を残し、彼らは去っていく。

 帝国貴族として残る者は、誰一人としていなかった。


「何でだ……」


 初代皇帝『偉大なる吉田』を残して、吉田帝国は事実上滅亡したのだった。

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