ギルドをゼロからブッ建てます 編

第14話 これが、陽キャか……!(アハ体験)

 ソラス四階。

 かつては衣服店が多数集まっていたその階に、俺達は移っていた。

 逃げた元『名ばかりの吉田』百余名も、今は『贄』だった連中と合流していた。


「パパ!」

「秀和、よかった……!」


 初代皇帝にボコされていた親父さんも、無事息子と一緒になれたようだ。

 周りを見渡せば、そこかしこで同じような光景を見ることができた。


 そして俺はといえば、身を震わせて激しく戦慄していた。

 軽い調子であいさつをしてくる、目の前の女に。


「どもどもー! 小宮こみや玲夢れむでーっす。うちのおねぇがお世話になってまーす!」


 音夢の妹の玲夢だ。

 三歳下ということで、今、十六か十七くらい。女子高生ド真ん中である。


 っていうか、見た目、お姉さんと違いすぎてンだが、この娘。

 いや、顔立ちとかはよく見れば音夢によく似てるんだけど、格好とか服装がね?


 やや短めの髪を明るい茶色に染め、顏には薄いながらも化粧をしている。

 髪はショートボブ。髪先辺りがチョンとはねているのが特徴的だ。

 唇にはリップを塗ってあってつやがあり、これがなかなかに見る者の目を引く。


 服装は、薄ピンクのジャケットの下に黒いシャツと短めのスカート。

 肩から提げている鞄は、そこに何を入れられるんだってくらいに小さい。


 で、初めて見たときにこれが一番驚いたんだけど。

 背が、姉の音夢より高い。目算ではあるが、多分10センチくらいは。


「お姉、がんばったんだってねー! えらいえらい!」

「やめなさいって!」


 妹が姉を撫でている。姉は、顔を真っ赤にしてその手を払った。

 そんな姉妹のやり取りを眺めて、俺はこう思わずにはいられなかった。


 これが、陽キャか……!

 と。

 何でそう思ったかっていうとさ?


「え~、だって一人で外出てたんしょ~? そこでトシキセンパイに助けられたって、ヤバイよね~。どー考えてもうんめーじゃん、うんめー。いいなー!」


 そう言いつつ、玲夢はチラリとこっちを見て一気に間合いを詰めてくる。


「ねぇねぇ、トシキセンパイはぁ、お姉のことどう思ってるんです? 外にいるお姉を見つけて、つい助けちゃったとか? 考えるより先に体が動いて~、とか?」

「お、おぉ……」


 こんな感じで、この子スゲェグイグイ来るんだよ!

 俺、こういうタイプとはあんまり接したことなくて、あたふたしてしまうわ!


「ねぇねぇ、センパイったら~?」


 玲夢が、ニコニコしながらさらに俺に近づいてくる。

 わざわざ頭を低くしてこっちに上目遣いをする辺り、完全にわかってやってる。


 だが、笑顔が溌溂としていて人懐っこく、なれなれしい感がないのがすごい。

 陽キャな小悪魔、というのが玲夢への第一印象だ。こいつはあざと手ごわいぜ。


「やめなさい、玲夢! 初対面なのに、失礼でしょ!」

「え~、いいじゃ~ん。お姉だって、いっつもセンパイのこと話してたクセに~!」

「玲夢ッ!!!!」


 真面目堅物の姉が叱ろうとするが、陽キャ小悪魔な妹はそれをスルリとかわす。

 何というか、日常のやり取りが容易に想像できる姉妹だわぁ。


「でもさ~、すごかったよね~。イセカイ。初めてでビックリしちゃった~」


 神域アルテュノンのことを言ってるんだろうが、マジでノリが軽いな、この子。

 音夢の方は、何とも難しい顔をしてるってのになぁ。


「トシキセンパイってイセカイでユーシャ様やってたんでしょ? ヤバイよねー!」

「……ええ、そうね」


 妹のノリに対して、そこで一気に表情を重く沈ませるのやめろや、姉。

 これからアルスノウェでのことを話す俺まで、気分が重くなってくるだろうが。


 音夢のリアクションがある程度予想できるだけに、マジで気が重い。

 助けて、ミツ!

 俺と音夢とが揃ってるのに、何でおまえはこの場にいないの!?


「あの……」


 ここにいないダチに思いを馳せていたところ、ふと声をかけられた。

 俺は振り向く。そこに、俺が助けた親父さん他、数十人が揃って俺を見ていた。

 そして、その数十人が一斉に頭を下げて、言ってきた。


「「「これからよろしくお願いします、勇者様!」」」

「…………あ?」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 橘利己が『天館ソラス』で頭を下げられているのと同時刻、別所。

 そこは、ソラスと百貨店と同じく『天館の三角』を形成する三大高層建築の一つ。


 ――『天館市庁舎』。


 天館市の行政の中核であり、数多の公的サービスを取り扱っていた建物だ。

 もちろん、サービスについては過去の話。

 黒い雨が降り、ゾンビが跋扈する世の中となって以降、行政機能は失われている。


 二週間前までは多くの市民が訪れていたこの庁舎も、今は閑散としている。

 職員の姿はなく、入り口が開けっ放しの一階には多数のゾンビが入りこんでいた。


 一階部分はゾンビに踏み荒らされ、二階から上は誰もおらず静寂が支配している。

 だが、そこからはるか上層、最上階近くに、何者かの姿があった。


「……そうか」


 照明はついておらず、窓から入る陽光だけを光源とした薄暗くて広い部屋。

 そこで、報告を聞き終えたスーツ姿のその男は、小さく首肯した。


「なかなか、意外な結果になったようだね」


 立派な部屋だった。

 明るい赤茶色の絨毯が敷き詰められ、木張りの壁が見た目に高級感を与えている。

 部屋の中には、執務机に応対用のテーブルとソファ。さらに会議用の長机。


 ガラス張りの棚には幾つものトロフィーや盾が並んでいる。

 壁の高い場所には、絵画や『世界平和』と書かれた額縁が飾られていた。


 ここは、天館市庁舎の市長室だ。

 壁の一角が丸ごと窓になっていて、駅周辺の景色を一望することができた。


「黒い雨から二週間、僕が吉田君に助言をしてから十日。……早かったなぁ。帝国が瓦解するまで、最低でも三か月はかかるかと思っていたんだけどね」


 窓から景色を眺めながら、男は小さく息をついた。


「何が原因か、わかるかい? こんな早期での帝国の滅亡は、都市実験としては大失敗だが、その失敗の要因には興味がある。吉田君が度を超えて横暴すぎたのかな?」

「いえ、横暴なのは横暴ですが、それが直接の原因ではないようです」


 男に報告を寄越した女秘書が、軽くかぶりを振った。


「では何があったのかな? 吉田帝国は、その内容こそお粗末でも、吉田君のアイディアに僕が助言を加えて、最低限ながらも共同体として成立していたはずだけど」

「それを、暴力でブチ壊した男がいるようです」


 女秘書が言うと、背を向けていた男は「へぇ」と小さく声を漏らした。


「ゾンビを操る能力の持ち主に、暴力で対抗を? すごい度胸だね」


 振り返った男の顔には、薄い笑みが浮かんでいた。

 それが、純粋な興味からのものであることを、女秘書はよく知っている。


「それで、どうなったのかな? 普通の人間じゃ『タスキの吉田』をけしかけられて、噛まれて終わりだろうに。帝国が滅亡したってことは、それを凌いだんだろ?」

「申し訳ございません。現時点では不明です」


 女秘書の報告に、男は心底残念そうに「そうかぁ」と眉根を寄せた。


「まぁ、仕方がないね。所詮、盗聴器なんかじゃ掴める情報にも限界がある」

「そうですね。ですが、録音できた音声の中に、面白いものがありました」

「ほぉ?」


 片眉を上げる男に、女秘書は取り出したスマートフォンを見せた。

 画面を操作して、音声記録を再生する。市長室にノイズ混じりの音声が響いた。


『ザッ、ザザ……は、……る正義の味方じゃな……。俺は『俺の正義』の味方……』


 聞こえたのは、それだけだった。

 しかし、ただそれだけで十分だった。男の瞳が、歓喜によって見開かれる。


「――なるほど、そうか」


 のどの奥から絞り出したかのような、かすれた声。

 笑みを抑えきれないままに出したから、そんな声になってしまった。


「そうか、そうか、そうか、そうか。帝国を潰したのは、彼か」

「どうやら、そうらしいですね」

「きっと帝国の中に身内がいたんだな。それなら仕方がない。帝国は滅ぶさ」


 それまで、何も帯びていなかった男の気配に、にわかに熱が生じる。

 それを感じとりながら、女秘書が彼に促す。


「どうなさいますか、市長」

「そうだね。今すぐ会いに行きたいところだけど、まずは準備を優先しよう」


「では、市政府軍の編成を急がせます」

「そうだね。そうしてくれ。兵の数が足りなければ、嶽村君にお願いしよう」

「わかりました。それでは失礼いたします」


 一礼し、女秘書が市長室を出ていく。

 そして一人残されたスーツの男は、笑みが浮かんだままの口許を手で押さえた。


「そうか、こんなにも早く機会が巡ってくるとはね……」


 男の表情は、まるで夢見るようであった。

 あるいは、強く強く、恋焦がれるようでもあった。


「少しだけ待っていてくれ、すぐに会いに行くよ。トシキ」


 天館市庁舎を占拠している集団――、天館市政府。

 その頂点に立つ、天館市長の名は、三ツ谷浩介といった。

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