第15話 だから俺は『元』勇者なんだが?(憤怒)

 だから俺は『元』勇者なんだが?

 と、いきなり大勢に頭を下げられた俺は、そんな風に思うのだった。


「何なんだよ……」


 さすがに、突然すぎて意味がわからず、俺は顔をしかめる。

 音夢も同様に目をパチクリさせているが、玲夢は何かケラケラ笑っていた。


「すごーい! いっぱいお辞儀してるねー、オツトメゴクロウサマって感じ~?」


 どっかで昭和のヤクザ映画でも見てきたんかな、この子は。


「……で、どういうつもりよ?」


 軽く髪を掻きつつ、俺は一番近くにいたオッサンに話しかけた。

 皇帝にボコられ、俺が治したあの親子の父親の方だ。


「はい、これからは僕達は勇者様の言うことに従います!」

「はぁ? 何でまた?」


 笑って言うオッサンに、俺はますますワケがわからなくなる。


「だって、勇者様は僕達を助けてくれたんでしょ!」


 一切の疑いを持たない声で、息子の秀和がそんなことを言ってくる。

 その瞳にあるのは、テレビのヒーローを見るかのような、強い憧れを宿した光。


「……ああ、そういうことか」


 記憶の中に思い当たるものがあって、俺は何となくだが理解した。

 気づいてみれば、実に単純明快な話だった。

 その場にいる全員が、多かれ少なかれ、同じような目を俺に向けている。


「もしかしてだがよぉ」


 自分の髪をクシャリと掴んで、俺は秀和とオッサンに尋ねた。


「アルテュノンで、俺に関して何か聞いたか?」

「はい、天使様から、勇者様は本当に世界を救われたことがある、と!」


 オッサンの方が答える。

 俺は『やっぱりな』と思って、手を髪から放してそのまま頭を抱えた。


「ルリエラァ!」

『は~い、でもこれってぇ、トシキ様がわたくしにしたお願いが原因ですので~』


 現れた小鳥エラが、そう告げて責任の所在を俺に押し付けてくる。

 しかもそれは普通に正しいので、俺は何も返せずにますます頭を抱えるしかない。


 ルリエラが管理する異界神域アルテュノンには、しもべである天使がいる。

 そいつらの役割は様々だが、中には『勇者を讃える天使』なるものもいるのだ。


 俺が頼んで『贄』を神域に逃がしたとき、その天使から話を聞いたな、多分。

 そして『贄』からさらに、この場にいる連中に又聞きで伝わった、と。最悪だわ。


「これからは、勇者様が僕達を守ってくれるんですよね!」


 年甲斐もなく、ガキみたいに瞳を輝かせて、オッサンがそうのたまう。

 すると、他の連中も次々にそれに便乗して口を開き始めた。


「勇者様。どうか私達を守ってください!」

「お願いします! あんたの強さなら、ゾンビなんて敵じゃないんでしょ!」

「頼むよ、あなたは僕達のヒーローなんだ! あなただけが頼りなんだ!」


 場が一気に沸く。俺に対する声援、懇願、称賛と、うるせぇことうるせぇこと。

 でも、この反応、アルスノウェでもよく見たなぁ。

 魔王軍の被害を受けた人らが、それを助けた俺を見てこんな感じになってた。


 こうなる理由は、まぁ理解できる。

 ゾンビって脅威があって、吉田帝国の連中は横暴で、明日をも知れない日々。

 そこに、ゾンビをブッ殺す俺が現れて、帝国も根こそぎ潰した。


 そこに天使の話も加われば、そりゃこうもなる。

 こいつらからすれば、俺はまさにヒーローだ。実際に助けたワケだからな。


 期待だって膨らむよな。

 これからはずっと無敵の勇者様が自分達を守ってくれるんだ、って。

 わかるぜ。わかるよ。わかるけど、でも俺は言う。



「やなこった」



 ――ってな。


「え……」


 その一言で、ソラス四階を満たしていた喝采がピタリと止んだ。


「え、じゃねぇわ。何で俺が見ず知らずのおまえらを助けなきゃいけねぇんだよ」


 俺は至極当然のことを言う。

 こっちに期待を寄せるのは勝手だが、それに応じる筋合いはない。


「ち、ちょっと、待ってよ!」


 秀和が、慌てふためいて俺を見上げてくる。


「何で、そんなこと言うの! さっきは助けてくれたのに!」

「助けたな。俺の身内を助けるついでにな」


 あの時点で、俺の目的は帝国を潰すことと、音夢と玲夢を助けることだった。

 それ以外は全てついでに過ぎない。成り行き上、そうする必要があっただけだ。


「俺の目的は果たされたんでな。ここにいる理由がない。後は勝手にやってくれ」

「そんな、勇者様、なのに……」

「『元』勇者な。そこは勘違いすんじゃねぇぞ」


 秀和にゃ悪いが、そんなことはおまえらを助ける理由にはなんねぇんだわ。


「本当に、助けてくれないんですか……? あなたは、世界を救ったんでしょう?」


 今度は父親の方が、俺を見据えながら確かめようとしてくる。


「世界は救った。救わなきゃ日本に帰れなかったからな。帰ってきてこのザマだが」


 ああ、クソ、帰ってきたときのことを思い出してしまった。

 ゾンビ、やっぱマジ許せねぇ。今後も見つけ次第、全個体全殺し決定だわ。


「勇者は、弱い者を救う存在なんじゃないのか?」

「『元』勇者だっつったろ。前に勇者やってたからって、今もそうだと思うなよ」


 そもそも、俺よりだいぶ年上の大の大人が、弱者を自称してんじゃねぇよ。

 呆れはするが、さすがに息子の目の前で父親をディスる気にはなれない。


「ふざけるな!」


 と、人だかりのどこかから声が上がった。


「俺達を、このままゾンビがいるところに放り出すのか!」

「それなら、住むところも食べるものもあった吉田帝国の方がマシじゃないか!」


 住居についちゃ、このままここにでも住み続ければいいだろうに。

 幸い、どういうワケか『天館ソラス』にはまだ電気が通じているみたいだしな。

 食べ物については――、


「ちなみに音夢、吉田帝国じゃ、食事はどうしてた?」

「配給制。私も所属してた回収班が、外から食料を集めてきて、それを」


 なるほど、ね。やっぱ帝国のシステム作ったヤツは頭いいな。

 ゾンビの恐怖と食料の独占、精神と肉体の両面から下を支配してたワケだ。


「食料は、上に帝国の連中が集めたモンがあるだろ。それ食ってれば?」

「そんなもの、いつか無くなるに決まってるだろ!」


 俺が言っても、すぐにキレ気味の反論が返ってくる。


「じゃあ外から集めろよ。これまではそうしてたんだろ?」

「ひどい! それが勇者の言うことなの!?」


 今度は、若い女が泣きながらキレ出した。

 はぁ~~? 何言ってんだ、こいつら。別にできないことじゃないだろうが。


「ねぇねぇ、お姉。ちょっと聞きたいんだけどさ~」

「何、玲夢?」


「回収班ってぇ、どれくらいいたのぉ~?」

「それなりの数はいたけど……」


「じゃあ、じゃあ、実際に外に出て食べ物集めてきてた人は、どのくらい~?」

「…………」


 沈黙が、答えの全てだった。

 そういえば、と思い出す。俺が見つけたときも、音夢は一人だったな。


「ふぅ~~~~ん、そうなんだぁ~?」


 と、玲夢が笑って人だかりの方を見る。

 多数が、サッと目を逸らしたり顔を伏せたりした。やっぱ自覚はあるらしい。


 これではっきりした。

 こいつら、自分で働く気は皆無で、俺に寄生する気満々だわ。


 帝国に代わって自分達が安心して暮らせる環境を作り、それを守り続けろ、と。

 おおよそはそんなところだろうが、無論、まっぴらごめんだ。冗談じゃない。


「せ、責任を取れ!」


 そう思っていたところに、誰かが言う。


「そうだ、俺達から生活を奪った責任を取れ!」


 それが、別の誰かに伝播する。


「私達は別に、帝国のままでもよかったのに、それを壊して!」


 伝播する。


「ここにいれば、食いっぱぐれる可能性は低かったのに、よくもそれを!」


 伝播する。


「何が勇者だ、俺達を守ってくれないクセに、そんな御大層な肩書を名乗るな!」

「こっちには小さい子供だっているのに、どうしてくれるのよ!」


 次々に伝播する。

 期待を裏切った俺への失望は、すぐに怒りに変わり、糾弾の声となって表れる。


「聞いての通りですよ」


 百も二百も重なる俺への罵倒を背に、オッサンが秀和と共に俺を見てきた。


「ここにいる全員が、勇者様の力を必要としています。考え直してくれませんか」

「お願いします、勇者様! 僕達を助けてよ、ねぇ!」


 オッサンは必死だ。秀和も必死だ。

 この場から俺が去れば、一体どうなるか。そんなことは明々白々だからだ。


「勇者様は、世界を救うほどの力を持つ人だ。それだけの力をお持ちなら、同時にそれだけの責任も背負うべきだと思いませんか? アメリカのヒーローも言っているじゃありませんか、大いなる力には大いなる責任が――」

「責任なんぞ、伴わねぇよ」


 だがオッサンが言い切る前に、俺は言葉をかぶせた。


「ただのフィクションをさも絶対の真理みたいに語ってんじゃねぇ、アホか。大体、何で俺がおまえらの命の責任をとらなきゃいけねぇんだ。関係ねぇだろうが」


 こっちは、自分と身内だけで手一杯だってのに、こいつらと来たら。

 切羽詰まっても、まだ自分以外の何かに頼り切ろうっていう根性が気に食わん。


「強い何かによっかかって安全に生きたいだけのボケカスが、被害者気取りで泣き言言ってりゃ、俺が折れるとでも思ったか? やっすい目論見だな。ハイ、ご破算!」

「わぁ、トシキセンパイ、つよ~い……」


 玲夢の声がちょっとヒイてるように思えたが、多分気のせいだだろう。多分。


「いつまで平和ボケした日本人様のつもりだ、おまえらは。やってられるか」


 捨てられた子犬みたいな目で俺を見る連中から、クルリと背を向ける。


「行くぜ、音夢、玲夢。もうここに用はねぇ」


 言って、俺は歩き出そうとする。

 だが、その肩を音夢が掴んできた。……何で止めるですかね?


「待って、橘君」

「イヤです。待ちません。俺はこんな連中、助ける気は一切――」


「別に、私も助けてあげてなんて言わないわ。それこそ各々の自己責任よ」

「だったらよ~……」

「でも、せめて『生きていくための方法』くらいは教えてあげて」


 ……あー、そっかー、そう来るかー。クソめんどくせぇ!


「やっぱ、お姉はお姉なんだよね~」


 諦め口調でそう言って、玲夢も肩をすくめるのだった。

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