第16話 助けて、ミツ!(三分ぶり二回目)

 助けて、ミツ!

 さすがの俺もそう思わずにはいられない、音夢の提案。


「ここにいる人達に、この世界での生き方を教えてあげてほしいの」


 これだよ。

 このさー、言葉にするのは簡単だけど、やるとなったらクソめんどいヤツ!


「センパイ、諦めまショ? お姉、こうなったらテコでもウゴかなヤツですし~」

「知ってるッッ!!!!」


 ニコニコしながら言う玲夢に、俺は半ば悲鳴じみた返事をする。

 だが、それでもやりたくない俺は、一応の反論を試みる。


「だがよぉ、音夢。俺がこいつらにそれを教える理由がどこにある? 俺から一方的に施す、とかは絶対イヤだぞ。俺はこいつらの保護者じゃねぇ」

「だ、だったら食べ物があるよ!」


 秀和が、俺と音夢のやり取りに口を挟んでくる。


「そうです、吉田帝国が集めた食料の半分を勇者様に――」


 オッサンもそれに乗ってこようとするが、


「食料なら」


 俺は、無限収納庫アイテムボックスから、食料をこの場に転移する。


「ある」


 現れたのは、食い物の山。

 しかも保存食ではなく新鮮な野菜、小麦、米、肉、果実などなど。

 山の高さは、3mくらいにはなってそうかな。


「俺らが一生苦労しない程度の分ならあるから、いらねぇよ」

「そ、そんなに……!?」


 たじろぐオッサン。秀和もポカ~ンとなっている。

 ちなみに俺と音夢と玲夢が一生苦労しない程度、ってのは真っ赤な嘘

 多分、この場にいる全員が一生食べていける分くらいはあるんじゃねぇかな。


 何せアルスノウェじゃイベントのたびに大量に買い込んでたし。

 俺を支援してくれてた国からも、何かの折に送られてたし。

 でも、そうしないと死ぬ、ってくらいには常時切羽詰まってたんだよな、当時は。


「そんなに食い物があるなら、俺達に分けてくれたっていいだろ!」


 と、いかにもチャラそうな外見のにいちゃんが、前に出てきてそう怒鳴る。

 見た目、ロンゲの中原をナーフしたような、ヒョロい青年だ。


「帝国が集めた食い物なんて、この数で分けたらすぐなくなる。だったら!」

「で、その場合、俺にはどんな得があるんだい、おにいさん?」


 ため息を交えつつ、俺はにいちゃんにそう尋ねる。


「金だったら払うよ!」


 何を勘違いしたのか、にいちゃんは財布を取り出す。


「いらんわ。札なんぞ、それこそ今じゃトイレットペーパー以下だろうが」

「だったらどうしろっつぅんだよ!」


 逆ギレされた。


誘眠スリープ

「……グゥ」


 なので、眠らせた。

 クニャリと崩れ落ちるにいちゃんに、連れと思われる数人が駆け寄る。


「な、見ただろ、音夢」


 にいちゃんから目を離し、俺は再度音夢に向き直った。


「何で俺が、こんな連中に『生き方』を教えなきゃいけねぇんだ。何の得もないぜ」

「この人達に教えるのは、ついでよ」


「あ?」

「私と玲夢に『この世界での生き方』を教えて、橘君」


 ……くっ、こいつ、マジか。そこから切り込んでくるのかよ。


「玲夢を助ける『ついで』に、他の『贄』の人達も助けてくれたんだもの、それなら私達に生き方を教えてくれる『ついで』に、ここの人達に教えても、いいでしょ?」

「う、ぐぐ……!」

「だから諦めましょって、センパイ。お姉のリロンブソーはカンペキです」


 玲夢の言う通りであった。

 これがただの屁理屈なら俺も幾らでも切り返せるが、音夢のそれは完全な正論。

 実際、俺は一度『ついで』で『贄』を助けてしまっている。


「だが、これっきりだぞ、音夢。ここから先、『ついで』は免罪符にゃさせねぇぞ」

「わかってるわよ。……つけ込むみたいな形になって、ごめんなさい」


 音夢が、本当に申し訳なさそうな顔をして深々と頭を下げてくる。

 ここで音夢の反応が大喜びとかだったら、まだ俺も憎たらしく思えたんだが。


「わぁ~、センパイ、やりにくそうなカオしてる~。お姉、イイ子だもんね!」


 笑ってキャッキャしてる玲夢に対し、俺は憮然となるしかなかった。


「あの、つまり……?」


 おずおずと、オッサンが俺の顔色を窺ってくる。

 俺はそれを見て――、


「あ~、オッサン、お名前は?」

河田かわた英道ひでみちです」

「んじゃ英道さん、俺はあんたらを助けるつもりはない」


 改めて、俺は断言する。


「だが、俺は少しだけ『この世界での生き方』ってヤツを知ってる。いや、正確には『この世界と同じくらい情け容赦ない殺伐とした異世界での生き方』なんだが」

「それを、教えていただけるということでしょうか?」


 俺は「違う」と首を横に振る。


「場は用意してやる。音夢と玲夢にもそれを叩き込む必要があるからな。そこに、勝手についてきたければついて来りゃいい。で、学ぶなら自分で学べ」


 英道に言ったのち、俺は音夢と玲夢の方を振り返る。


「それでいいな、おまえらも」

「私は、それでいいわ。私からしたお願いだもの」

「え~、アタシも~? センパイが守ってくれないんですか~?」


 と、玲夢の方がちょいブーたれるが、


「最低限、自衛できる力は身につけておきなさい、玲夢」

「……むぅ、お姉も一緒だからね」


 どうやら玲夢は、音夢には頭が上がらないようだった。

 というワケで、概ね話は固まった。


「ルリエラ、おまえも協力しろ」

『あら、もしかしてアルスノウェを使う気ですの?』


 ずっと傍観していた肩の小鳥エラに、俺はここで水を向ける。


「それが一番手っ取り早いからな」

『トシキ様のお考えはわかりましたけれど、わたくしが協力する理由は?』


 まぁ、そう来るよな。現状、別にルリエラにメリットもないしな。

 だがこっちには自分勝手に交渉用として使える切り札があるのだ。くらえ!


「欲しくねぇか、こっちの世界の知識と技術」

『……興味は、ありますわね』


「だよなぁ。おまえは軍神であると同時に『発展』を司る神だしな。魔王軍のせいでアルスノウェは文明退行の危機だ。それを防げる確率は、少しでも上げたいよな」

『で、それを対価として、アルスノウェを使わせろ、と』


 やっぱりしょっちゅう俺の心を覗いてくるだけあって、話が早いな。助かるぜ。


 俺は魔王こそ倒したが、その時点でアルスノウェは荒らし尽くされていた。

 星を降らせた二国は例外として、大抵の国が魔王軍の襲撃で国力を衰えさせた。


 魔王軍によって、一体どれだけの人間が死に、どれだけの技術が失われたことか。

 復興できるだけの地力を保てていた国の方が少ないくらいだ。


 現代日本の技術は、そんなアルスノウェにとってはかなり価値が高いはずだ。

 俺は、それを報酬としてチラつかせて、ルリエラに取引を仕掛けたワケだ。


『う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん……』


 ルリエラが、俺の頭上を飛び回りながら悩み続ける。

 ちなみに、こいつの念話はさっきから場にいる全員に聞こえるようになっている。


「ちなみに英道さん、ご職業は?」

「僕ですか? 僕は外資系貿易会社の日本支部で管理職をやっておりました」


 やべぇじゃん、エリートリーマンじゃん。絶対高給取りじゃん。


「ですが、こんな世の中では、僕の知識や経験は何の役にも立たなくて……」


 いやいやいやいや、それ絶対役に立つよ。

 これから、ここじゃなくて殺伐異世界のアルスノウェで。


『よし、わかりましたわ! 期限は切らせていただきますが、了承ですわ!』

「OKOK、ありがたいぜルリエラ。持つべきものは隠しボスだな」


 俺はニッと笑って、肩にとまった小鳥の頭を軽く撫でてやった。


「で、期限はどれくらいに設定する?」

『一年が限度ですわね。それ以上は世界の狭間に歪みが生じる可能性が出るので』


「十分だな。こっちの日数に直して、一週間弱くらいか?」

『ええ、大体そんなところですわね』


 どんどん話を進ませていく俺とルリエラに、皆が戸惑う。

 それは数秒を待たずどよめきとして表れ、英道が代表して俺へと尋ねてきた。


「あの、勇者様。僕達は、これから何をすれば?」

「あー、そうだな。じゃあ端的に言いますわ」


 やることも固まったので、俺はその場にいる全員へと告げた。


「ここにいる、働けるヤツ全員、異世界で冒険者やってこい」


 どよめきは、たちまち驚愕の悲鳴へと変わったのだった。

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