第17話 そうだ、この際こいつらにも手伝ってもらおう!(ひらめき)
そうだ、こいつらにも手伝ってもらおう!
俺は、思いついてしまったのだ。
そんなにゾンビが怖いなら、ゾンビ殺せるくらい強くなればいいだけじゃろ。
――ってなッッ!!!!
「いいかー、おまえら。冒険者やってりゃゾンビなんか怖くなくなるんだよ!」
ソラス屋上。
なぁ~んもない殺風景なそこに、俺と、音夢と玲夢と、河田親子含むその他大勢。
集団を作っているその他大勢を前にして、腕組みした俺が丁寧に説明する。
「だから異世界で一年間、冒険者やってこい。俺からの教え、以上!」
「これ以上なく、雑過ぎない?」
音夢はそう言うが、本当にやるべきことはこれしかないのだ。
だって、俺はアルスノウェで冒険者から始めたし、これ以外のやり方は知らんし。
「じゃ、ルリエラ。やってくれ」
『承りましたわー!』
小鳥エラがパタパタと空を飛ぶ。すると、その直下にまばゆい光が生じた。
ヴン、と震えるような音が響いて、床に青白い光の魔法陣が組み上がっていった。
「わぁ、きれ~い!」
玲夢が騒ぐが、これ見てそんなこと言えるこいつは、器が大きいのかもしれない。
音夢他、大体の人間は初めて見る魔法の産物に、仰天しているようだった。
『こちら、転移の魔法陣となっておりますわー! この上に乗った人はわたくしの管轄する世界アルスノウェのどこかに転移いたしますわよー!』
「ど、どこか……?」
「つまり、全員、違う場所に転移する。ってことだよ、英道さん」
疑問符を浮かべる英道に、俺がそう付け加える。
「繰り返すが、あんたらは『ついで』だ。俺の目的は音夢と玲夢に『冒険者としての生き方を教える』であって、それ以外はする気はない。だから、『冒険者としての生き方』を学べる機会は用意してやるが、そこまでだ。後は自力でやってくれ」
「そんな……」
英道が狼狽する。他の連中も、大体同様の反応だ。
しかし、こっちはこれでも随分とサービスしてやったつもりだ。
「この魔法陣に乗れば『その人間にとって最適の場所』に転移できる。最適ってのは色々な意味があるが、いきなり荒野に放り出されることはないと思う。多分な」
『そこは、わたくしを信用してほしいものですわね~』
わぁってるよ、信用はしてるさ。信頼は、してるかどうかわからんけど。
「ちなみに、この魔法陣は一時間で消える。消えたら当然、転移はできなくなる」
それを踏まえて、俺はこいつらに『冒険者をやれ』と言った。
やりたくないならそれまでだ。こっちは転移してくれなんて言うつもりもない。
「音夢、玲夢、先に行ってろ。俺もすぐ行く」
「え、でも……」
「やだやだ、センパイと別れちゃったらやだ~!」
駄々をこねるな。
「俺らは同じ場所に飛ぶはずだから。行っててくれ」
「……わかったわ」
うなずき、音夢が一息に魔法陣に足を踏み入れた。
その姿が一瞬にして光と化して消え去る。その他大勢がどよめきが起きた。
「わ、わ、楽しそ~う! えい!」
続けて、玲夢も飛び込んだ。
にしてもおまえ、楽しそうて。あの妹、もしかしてメンタル相当タフか?
「パ、パパ……」
「行くぞ、秀和。大丈夫だ、パパが守ってやるからな」
音夢と玲夢が飛び込むのを見て、次に動いたのは河田親子だった。
英道が、俺の方を見てくる。
「ありがとうございます、勇者様。僕達に道を示してくれて」
ここで『ありがとう』かよ。
感謝されるとは思わなかった。俺は半ば『死ね』って言ったようなモンだぞ。
「強いからといって、僕は年下のあなたに甘えてしまうところでした。そんな情けない姿を、僕は息子に見せたくはない。見せるなら、父としての背中を見せたい。そのための機会を与えてくださったことは、本当に感謝しています。行ってきます」
「あ、いや……」
俺が返事をする前に、英道は秀和の頭を撫でて、共に魔法陣に入っていった。
そして、それをきっかけに、その他大勢が次々と魔法陣へと進み始める。
「ここで、ゾンビに怯えて暮らすくらいなら……!」
「ああ、やるぞ。俺は、やるぞ!」
「このまま、ゾンビに食われて死ぬなんて、イヤ。だったら!」
どいつもこいつも、それなりに奮起しているように見える。
さすがに、ここを逃せばもう後がないということを理解した、ということか。
だが、
「ヘッ、何が異世界だ。バカバカしい! キモいんだよ、オタ野郎が!」
中には、そう言って魔法陣に向かってツバを吐くヤツもいる。
俺から金で食料を買おうとして、魔法で眠らされたチャラいにいちゃんだ。
周りには、数人のツレもいる。
いずれもいかにもパリピな感じだが、玲夢ほど根っからってワケでもなさそうだ。
にいちゃんはともかく、ツレ連中はどこか不安げな顔つきをしている。
「なぁ、俺達も行った方がいいんじゃねぇか……?」
「そうだよ。こっちにいたってさぁ……」
しかし、にいちゃんがそれを一喝する。
「何言ってやがる! ただのコスプレだ、バカクセェんだよ異世界とかよ!」
そしてにいちゃんは「行こうぜ」と行って、屋上から去っていこうとする。
ツレ達は、にいちゃんと魔法陣を幾度か見比べて、にいちゃんを追いかけてった。
「あ~ぁ」
『行ってしまいましたわね』
場には、俺とルリエラだけが残る。
「ま、選択肢は与えた。その上での判断なら、こっちがすることは何もねぇよ」
『ですわね。では、わたくし達も参りましょうか』
「んだな」
小鳥エラを肩に載せて、俺も魔法陣に入っていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一瞬にして、景色は変わる。
そこは、ゲームやラノベでよくあるファンタジーそのままの街並み。
――ではない。
遠くから見てもわかるほど大きく崩れた王城。
壁に穴が空き、屋根のない廃墟同然の民家。道端に座り込む、くたびれた街人。
昼間であるのに空は薄暗い。
雲にも見える、霧にも見える、そんな灰色の靄が陽光を遮っているのだ。
大通りには店こそ出ているものの、そこに活気はない。
聞こえるのは子供の泣く声と、疲れ果てた人々のため息ばかり。
どこに行っても、空気は重々しいままだ。
ここはアルスノウェ最大国家アルス・ノーヴァの王都ノーヴァス。
最も人がいるこの街ですら、こうして復興もままならない状況にあるのだった。
そこに、俺は音夢と玲夢を連れて、戻ってきた。
「ここが、異世界……?」
転移した瞬間に、音夢の声が聞こえた。
姉妹が転移した直後に俺も着くよう、ルリエラに調整してもらった。
「あ、センパ~イ、お疲れさまで~っす!」
俺を見つけた玲夢が、ヒョコヒョコ寄ってくる。
転移した先はノーヴァスに三つある入り口の一つで、そこには多くの人がいた。
「オイ、あれ、トシキ様じゃないか?」
「え? ……ああ、そうだ。間違いない、勇者のタチバナ・トシキだ!」
早速見つかってしまった。
まぁ、この街じゃ俺を知ってるヤツなんてどこにだっているよな。
人類側の対魔王軍大同盟の本拠地に使われてた場所だからな。
「うわ~! 『滅びの勇者』だ! 滅ぼされるぞ~!」
「あんた、早く! 子供を連れて逃げるのよ!」
「タチバナだー! タチバナ・トシキが出たぞー! 女子供は避難しろー!」
だがその反応は待て。
「橘君、あなた……」
「センパイ、何、したんです?」
ええい、音夢も玲夢も俺からちょっと離れるのやめて、結構傷つく!
『話が進みませんので、とりあえず冒険者ギルドに向かってもらえませんか?』
と、ここでルリエラからの念話。
この世界では、神であるルリエラは降臨の秘蹟を使わない限り小鳥にもなれない。
管轄外の世界では力が出せず、管轄する世界では縛りがキツい。
神様ってのも色々と大変だ、と、他人事ながら思うな。いや、他神事か?
「よし、行くか。こっちだ」
俺は音夢と玲夢を連れて、慣れ親しんだ街の中を歩いていく。
大通りの一角から一つ入った先。
そこに、多少崩れてはいるが、他よりも立派で大きな建物が見えてくる。
「あそこが、冒険者ギルド本部。おまえらが一年間世話になるところだ」
「ここが……」
「ほぇ~、立派だね~。メイジとかタイショーとかの建物みたい」
建物を見上げる二人に「行くぞ」と促し、中へと入っていく。
入ると、まず依頼の斡旋と受注を行なうカウンターが見え、奥に併設された酒場。
「うぉっ、トシキだ!」
「タチバナ・トシキが出たぞー! 総員厳戒態勢ー!」
おい、冒険者共。
ここでも俺は、そんな反応かい。
「橘君……」
痛い痛い、音夢からの視線が俺の背中に突き刺さって痛い!
「――鎮まれ、バカ共が」
俺の登場に色んな意味で沸き立つギルド内だったが、そこに冷たい鋼のような声。
それだけで、ギルドの騒ぎは一気に沈静化する。
「すまないな、トシキ。こいつらも、これでも歓迎しているんだ」
「ああ、そりゃあわかってるけどよ」
酒場の一角よりそう言ってくるその女に、俺は軽く苦笑いする。
そこに座っていたのは、顔に傷がある、褐色の肌をした赤い髪の女戦士だった。
炎のような髪、炎のような瞳、右目の上から左頬の下まで鋭く走る、斜めの傷。
露出度の高い装備――、いわゆるビキニアーマーを着て、腕を組んでいる。
その体躯は、一見しただけでは長身ながらも細いようにも見える。
しかし、よくよく見れば極限まで鍛え上げられたしなやかさに気づくだろう。
愛用の大剣を近くに立てかけ、女戦士はまっすぐこっちを見ていた。
その瞳に宿る力強さは相変わらずで、何とも懐かしい気分になってしまう。
「ルリエラ様から話は聞いている。そいつらか、トシキ」
「ああ、一年間、よろしく頼むわ」
俺が女戦士と軽く話すと、後ろから玲夢がおずおず尋ねてくる。
「あの~、トシキセンパイ? あちらの強キャラ感ビシバシな露出狂の方は?」
「露出狂て、おまえ……。まぁいいや」
言われた本人、何にも動じてないっぽいので、俺は紹介を進めることにした。
「あいつは、殿堂入り冒険者のマリッサ・ルーネ。この世界での、俺の師匠だ」
「「師匠!?」」
姉妹の驚く声は、それはそれは、綺麗にハモりましたとさ。
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