第18話 俺は、手伝わんからね。(真顔)

 俺は、手伝わんからね。

 マリッサと話をするにあたって、まず俺はそれを音夢と玲夢に告げた。

 冒険者ギルド内に併設されている酒場の席でのことだ。


「え~! 何でですか、センパァイ!」


 当然のごとく、玲夢が不満に頬を膨らませる。

 音夢も何も言わないが、その目は意外そうに少しだけ見開かれた。


「強すぎるんだよ、こいつは」


 俺が説明する前に、マリッサが言ってくれる。


「この世界を救った立役者。魔王を屠った『滅びの勇者』。タチバナ・トシキは、この世界でも特に逸脱した、世界最強の存在だ。武も魔も、この男に並ぶ者はいやしないさ。殿堂入りの冒険者である私をも、ほんの一年ちょっとで追い抜いたくらいだ」

「殿堂入りってのは『英雄』と同義だと思っていいぜ」


 俺がそこを補足すると、小宮姉妹はマリッサを見て「おぉ」と小さく驚く。

 マリッサの口元に、軽く笑みが浮かんだ。


「新鮮な反応だね。そこの勇者なんかは、殿堂入りって聞いても『さよけ』で終わらせたからね。その関係者がこんなに素直っていうのも、私からすれば意外だ」

「うるさいが?」


 当時の俺は冒険者ってSSSランクが最高って思ってたんだよ。

 はいはい、どうせ異世界ファンタジーの読みすぎですよ、コンチキショーがよ。


「それにしても、やっぱセンパイって激ツヨだったんですね! さっすがー!」

「強くなきゃ世界は救えやしないさ」


 騒ぐ玲夢に、何故かマリッサが自慢げに笑う。何の自慢だよ、それは。


「だが、今回はその強さがおまえ達二人を鍛える上で邪魔となる。それを自分でも重々理解しているからこそ手伝わないんだろ、なぁ、愛弟子?」


 俺は視線を逸らす。


「橘君ですからね。私達が危ない目に遭ったら、絶対助けてくれますよね」

「そういうことだよ。さすがにトシキをわかっているじゃないか、ええと……」


「音夢です。小宮音夢です」

「妹の玲夢でーっす。よろしく、オシショー様!」

「ネムとレムか。わかった。そうだな。こいつは身内には徹底的に甘いからな」


 言って、マリッサは手を伸ばして俺の髪を乱暴に撫でてきた。

 ぬぁ~! やめいやめいやめい!?


「まぁ、そういうワケで、俺は手伝えない。俺だと、おまえらを助けちまうから」

「アタシはそれでもいいんだけど~! センパイのカッコいいところ、見た~い!」


「ダ~メ。俺がいないときに自分でどうにかできる力を身につけろ」

「ブ~!」


 玲夢が唇を尖らせるが、さすがにこれは譲れない。

 何せ生き死にに直結する問題だ。俺は万能ではあっても全能ではないのだ。


「トシキが身内にそこまで言うほどか。故郷が荒廃したというのは本当らしいな」

「言わんでくれよ、マリッサ。思い出しちまわぁ……」


 あ~、ゾンビ。ゾンビ。ゾンビ。全部ゾンビのせい。ゾンビ殺す、ゾンビ滅ぼす。


「お姉、センパイ、顔は笑ってるのにものすごいコワいよ!」

「大丈夫よ、玲夢。あれは狙った獲物を脳内で叩きのめしてるときの笑みだから」

「ハッハッハッハ! さすがはトシキの嫁だ、本当によくわかっている!」


 おい!?


「「……嫁?」」


 俺と音夢と玲夢の視線を受けて、マリッサが笑うのを止める。


「ん? 何だ、違ったのか? 故郷に嫁がいるから、おまえはこの世界で数多の貴婦人から求愛を受けながら、一つも応えてこなかったのではないのか?」


 ギャアアアアアアアアアアアアァアァァァァァァァ――――ッッッッ!!?


「え~! 何々、オシショー様、センパイってモテモテだったんですかぁ!」


 玲夢が瞳をキラッキラさせながらマリッサの隣に行った。

 やめろよやめろ。その話だけはするな、やめろやめて。やめてください!


「モテモテどころじゃないさ。おそらくは、アルスノウェ史上最も多くの王族や貴族、聖女達から求婚された、他に類を見ない唯一無二の男だぞ、こいつは」


 マリッサ、マリッサァァァァァァァァァァァァ――――ッ!!!!


「かくいう私もその求婚している王女の一人でな。まぁ、立場的には西方の部族の族長の娘だから正確には王女ではないが、似たようなものだ!」


 そこでアッハッハと豪快に笑うマリッサ。

 話を聞いている玲夢は突然のコイバナに「キャーキャー!」騒ぎ出している。


「しかし、トシキとネムの反応を見る限り、夫婦というワケでもなさそうだな」

「……ええ、まぁ」


 音夢が、若干頬を赤くしつつ、押し殺した声でうなずく。

 こっちはこっちで、全身を焼く羞恥心に体が火照ってさっきから汗ダラダラよ。


「マリッサ。音夢には他にちゃんと彼氏いるから……」


 俺は息も絶え絶えに自分の師匠に告げた。

 ミツ、助けて、ミツ……。こういうときこそ舌が回るおまえの出番だろ、ミツ。


「それってぇ、もしかしてミツセンパイのことですか~?」


 と、玲夢が首をかしげる。


「そーだよ。他に誰がいるって……」

「ミツセンパイだったら、二週間前にお姉と別れてますよー?」


 …………は?


「玲夢!」

「え、これ言ったらダメだった? ご、ごめん、お姉!」


 俯いていた音夢が弾かれたように顔を上げて、妹を叱る。

 玲夢は慌てて手を合わせて、姉に謝った。

 そして、そんな姉妹のやり取りを前にして、俺はすぐには反応できなかった。


 音夢とミツが、別れた?

 しかも、二週間前に? 二週間前って、黒い雨が降った日、だよな?


「おい、音夢、どういう――」

「この話はここまでだ。そろそろ二人の適性検査を始めよう」


 俺は音夢を詰問しようとするが、マリッサがそれを遮ってきた。


「おい、マリッサ」

「トシキ、筋をたがえるなよ。今すべきことは何か、わかっているだろう?」

「……おう」


 文句を言おうとしたら、諭されてしまった。

 確かに、今の主題は音夢と玲夢に冒険者としての生き方を教えること。

 ミツに関する話は気になるが、それは後回しにするべきだ。


「日本に戻ったら話してもらうからな、音夢」

「うん、わかってる……」


 俺が言うと、音夢は少し苦しげに目を伏せながら、うなずくのだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 さて、冒険者の適性検査だ。

 冒険者を志望する者が必ず受ける検査で、これでジョブ適性を判断する。


「わぁ、きれ~い!」


 卓の上に置かれた水晶級を見て、玲夢がはしゃぐ。

 検査といってもやることは簡単で、この水晶の上に手を置くだけだ。


 この水晶は『魂見の水晶』といって、手を置いたものの魂の色を輝きで示す。

 ジョブ適性は、この色と輝きの強さによって判断される。

 色合いが強いほど、輝きが強いほど、その色に応じたジョブ適性が高いとされる。


「人が多い……」


 周りを見て、俺はボヤいた。

 冒険者だけじゃなく、関係ない一般市民の皆さんまで、見物に来ている。


 見物人が多すぎて、検査はギルドではなく酒場で行なうことになった。

 賑わう数十人が作る輪の中心にいるのは、無論、音夢と玲夢だ。


「おまえの適性検査を思い出すな、トシキ」


 俺の隣に立つマリッサが、腕を組んで笑っている。


「神に招かれたおまえは最初から『勇者』の肩書を持っていた。だから本来は検査など必要なかったが、念のため受けてみて、何の適性が最も高かったんだっけ?」

「おまえ、それを俺に言わす? 思い出したくない歴史の一つなんだけど……」


 俺が返すと、マリッサはククと笑った。

 そのときに水晶が示した輝きは――、真っ黒。ジョブ適性は『破壊神』だった。

 しかも輝きが強すぎて、水晶が割れる始末。ちょっとひどくね?


「思えばあれが『滅びの勇者』の伝説の始まりだったな」

「だから、うるさいが?」


 と、会話をしているうちに、まずは音夢が水晶に手を置いた。


「こ、こう?」


 初めて触るものだからか、ちょっとおっかなびっくりな手つきだ。

 だが、その指先が触れた途端に、早速『魂見の水晶』の中に輝きが生じる。


「……色は、薄い蒼。いや、水色か」


 マリッサがあごに手を当て、色を判断する。

 水色は癒しの色。ヒーラーとしての適性を示す色だな。何とも音夢らしい。


「あとは、輝きがどこまで強くなるか――」


 バキンッ。


「あ」


 水晶が割れた。

 驚く音夢の前で、左右にパカッと分かたれて。


「…………」


 音夢が、救いを求めるように無言のままでこっちを見てくる。


「…………」


 だが俺は、口をあんぐり開けて、それに無言を返すことしかできなかった。


「「スゲェェェェェ、さすがは『滅びの勇者』のお仲間だァァァァァァァァ!」」


 ギルドが、一気に熱狂に包まれた。

 水晶を砕く適性の持ち主など、それこそ十年に一人いるかどうかだからだ。


「あ、あ、あの、ごめんなさい、ごめんなさい!」


 それに対して、汗ダラダラで頭を下げまくる音夢。


「驚いたな。ヒーラーとしての資質はとびっきりか。これは鍛え甲斐がありそうだ」


 呟くマリッサの頬を、一筋の汗が伝い落ちる。素質だけでこいつを唸らせたか。


「よ~し、じゃあ次、アタシもいっきま~す!」


 続けて、玲夢が新しく用意された『魂見の水晶』に手を置く。

 さてさて、音夢はヒーラーの水色だったが、玲夢は何色の輝きが――、げっ。


「わ、きれーなピンク~!」


 現れた鮮やかな桃色の輝きに玲夢は嬉しそうに笑う。

 だが、それを見た周りは、ザワザワし始める。しかも――、


 バキンッ。


「あ」


 水晶が割れた。

 固まる玲夢の前で、音夢のときと同じようにパカッと左右に。


「え、え、え? ア、アタシのせい? これ、アタシのせいじゃないよね!?」


 周りが黙り込む中、玲夢は一人慌てふためく。


「……どうなっているんだ、おまえの連れは」


 マリッサの、めたくそ硬い調子の声が、やけに耳に残った。

 玲夢が示した桃色の輝き。それは魅力を象徴する色。適性はサモナーやテイマー。


 また同時に、人を誑かし国を傾ける絶世の魔性を示す色でもある。

 桃色の輝きは、別名『傾国の輝き』とも呼ばれる、危険な色なのだった。

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