閑話
閑話 これは、とある日に見た夢の話。(過去回想)
これは、とある日に見た夢の話。
高校二年の二学期終わり近く、俺は学校の屋上で一人寝そべっていた。
十二月を過ぎ、季節はもう冬。
屋上の上は寒い。風は冷たくて乾いていて、しかもビュンビュン吹いている。
寒い。尋常ではなく寒い。
だから俺は屋上で寝転がっていた。冬がデカイ顔をしていて、小癪だから。
ちょっと肌寒い程度で、この俺が室内に逃げるなどとでも思ったか。冬めッ!
「……君の考えていることは間違いなくバカの論法だよ?」
と、上から俺を覗き込んでくるヤツがいた。
いつの間に屋上に来たのだろう。って、俺は冬にケンカを売っている間か。
「何か用かよ、ミツ」
言って、俺は上体だけ起き上がらせる。
冬の木枯らしが吹き荒んでいるが、バカめ、育ち盛りの俺は基礎体温が高いのだ。
この程度の寒さならば、俺はそれこそ半ズボンにだってなれるぜ。
「その自慢は小学生レベルだよ、トシキ」
「うるせぇな、何しに来たか聞いてんだろうがよ」
告げられる指摘に、俺は唇を尖らせた。
やって来たのは線の細い男子生徒。
この学校で数少ないダチと言えなくもない、
「サボりに来た、って言ったら?」
「ッはぁ~、この学校始まって以来の天才君が、授業おサボリっすか~?」
「そういう君は、この学校始まって以来の問題児じゃないっけ?」
おお、言い返してくれるじゃねぇか。それでこそミツだぜ。
「で、本当は?」
俺が尋ねる。
「いや、本当にサボリ。授業つまんなくて」
ミツは肩をすくめてそう答えた。
「今やってるところ、もう先月には予習も終わってるし、復習も終わってるから」
「授業でやる前に復習まで終わってるのは、時間操作の異能か何かかなって思うな」
「違いないね」
俺とミツは笑い合う。
まぁ、こいつが終わっていると言うのなら、本当に終わっているのだろう。
この間の模試でも、軽く学年トップに立ったこいつだからなぁ。
「それで、トシキはどうして冬にケンカを売ってるの?」
「おう、屋上のドアが開いてなかったからだ」
正直に答えると、ミツが変な目で俺を見てきた。
「すまない。多分、君の言いたいことが三つくらい飛躍してるだろうから、理解しきれない。ちょっと、説明してもらっていいかな?」
「ハッ、天才でも理解できないことを言っちまうとはな。つまり俺は超天才か」
「知ってるかな、トシキ、世の中にはバカと天才は紙一重という言葉があるんだよ」
「クソッ、的確にこっちの急所を抉ってきやがる!」
俺とミツはまた笑い合う。
「とりあえず眠くなったから授業抜けるじゃん?」
「うん」
「屋上行くじゃん?」
「うん」
「屋上の入り口のカギかかってるじゃん?」
「うん」
「ムカついたからドロップキック三連発でドア開けるじゃん?」
「うん」
「それで俺は寝に来たから寝ようとしたら寒いから冬にケンカ売った」
「君は実にバカだな」
ミツの言葉は率直だった。
「そもそも眠いから授業を抜けるというのがわからないし、冬なの分かってるのにわざわざ屋上に行こうとするのもわからないし、カギかかってるのに入るのを諦めないのもわからないし、ドロップキックでカギを壊すのもわからない。どうしよう、考えれば考えるだけ、ツッコミドコロが増えていくよ、トシキ!」
「よかったな。俺のおかげでツッコミ役への道が開けたな。将来はM1優勝だ」
どうやら、俺の日ごろの行いが、ダチの将来への道を切り拓いてしまったらしい。
何てことだ、光栄だぜ。報酬はミツの人生収入の四割でお願いします。
「いや、僕は芸能はあんまり興味がないから」
「何だって、俺を養うっていう約束は、一体どうなったんだ!」
「野郎を養うなんて、一億積まれてもイヤだなぁ。御免被るよ。っていうか死ねよ」
それはそれは、爽やかな笑顔で言われたでござる。
そして、俺とミツはみたび笑い合う。
ミツと俺は、まるでタイプが違う人間だ。
ケンカッ早い俺と比べて、ミツは穏やかで思慮深く、だが陰湿で毒舌だ。
そんな俺達だが、タイプが違うせいなのか、やけにウマが合った。
ここにもう一人、小宮音夢が加わると、さらにバランスがよくなる。
何のバランスかは知らん。知らんが、バランスはよくなるのだ。お袋に言われた。
「そういえば、進学希望なんだって、トシキは」
「あ? ああ。音夢に聞いたのか? まぁ、そうだよ」
俺と音夢は同じクラスだ。
「ああ、音夢に聞いた。でも意外だ。てっきり就職を選ぶものかと思ってたから」
「そのつもりだったよ。大学行ってもやりたいことねーし。なら就職かなって」
「やっぱり。……でも、じゃあ何で大学に?」
「親父に言われたんだよ」
「何てだい?」
「『大学ってのは、やりたいことを探すための予備期間だ。だから、大学で見つかるかもしれんからまずは行っとけ。父さんは大学で母さんと出会ったぞ』、だとさ」
「ああ、なるほど。経験者はかく語りき、だね」
「こうして、実績と信頼の惚気を聞かされた俺は進学希望にルート変更でござる」
クスクス笑うミツと、肩をすくめる俺。
何気ない会話だが、それでも相手がミツだと何となくでも楽しく思える。
「なぁ、ところでトシキ」
「あ? 何だよ、ミツ」
「ちょっとした興味本位の質問なんだけど、いいかな?」
「ああ、構わねぇけど。何だよ、改まって」
首をかしげる俺に、ミツは表情を引き締めて聞いてきた。
そんな顔をされると、こっちまで居住まいを正してしまうじゃないか。
「簡単な質問だよ。死が差し迫った絶体絶命の状況で」
「おう、絶体絶命の状況で?」
「君には、自分以外にもう一人助けるだけの余裕があるとして」
「おう、余裕があるとして?」
「僕と音夢はどっちも今まさに死を目前にしている。君は、どっちを助ける?」
「おう、わかった。殴る」
俺は立ち上がって、ミツに殴りかかった。
「うわっ、と!?」
本気の右フックを、一歩退いてミツが避ける。この男、運動神経もいい。
「何するんだよ、トシキ!」
「え、いや、だから、俺の答え。おまえを殴る」
「つまり、音夢を選ぶってことかい?」
「いや。そんな質問をするおまえを殴る。選ぶ選ばないじゃない。殴る」
「答えないどころの騒ぎじゃない返答はやめろ!?」
ミツが俺に怒鳴るが、そんな質問をする方が悪い。
「むぅ、やっぱりトシキはトシキだ。まさか選ばない以上の蛮行に出るなんて……」
「おまえ、何言ってんの? 俺だよ?」
高校からの付き合いだが、それでも二年近くはツルんでるだろうに。
「ミツ、おまえそれ音夢にも聞いたろ?」
「何でわかった?」
「わかるわ。おまえだったら、俺より先に音夢に話すだろうってのは」
俺が言うと、ミツは「僕はそんなにわかりやすいのか?」を首をひねっていた。
そういうことじゃねぇんだが、まぁいいや。説明めんどくさい。
「ちなみに音夢の答えは?」
「無言。ただにっこり笑われて、直後にアッパーカットくらった」
実に予想通りの結果だった。
音夢は運動神経はあまりよくないが、こと俺達への攻撃だけは光の速さに達する。
「おまえよぉ~」
俺は、ミツに肩パンした。
「痛いな、何をするんだよ」
顔をしかめるトシキに、俺は眉間にしわを寄せて言ってやった。
「俺はいいけど、音夢にそういうことするのはやめとけよ。カノジョだろうが」
「あ~、やっぱりやめておいた方がよかったかな……」
半笑いになって、ミツの視線がかすかに泳ぐ。
音夢とミツは、裏で隠れて付き合っている。それを知っているのは俺だけだ。
「…………で、ヤッたの?」
思わず、小声になって下世話なことを聞いてしまう俺。
だがミツはきっぱりと首を横に振った。
「いや、婚前交渉はしないっていう約束で付き合ってるから」
「昭和かッ!?」
しかも、戦前の方の昭和かッッ!!?
このヤロウ、健全な男子学生のクセに、よく我慢できるな……。
もしや、不能!?
「おっと、トシキ。それ以上は失礼なコトを考えるなよ? ぬめるぞ?」
何が!? 一体俺の何がヌラヌラさせられちゃうの!!?
「でもね、聞いてくれよ。進展はあったんだ」
「ほぉ、それはどんな?」
「おととい、一緒に帰ったとき、手を繋ごうとして指一本だけ絡められたんだ!」
「亀の歩みがF1に見えるが如きノロさ……!?」
おまえら、付き合い始めて、もう半年近くは経ってるはずだよねぇ!!?
「――来年中には、手を繋ぐところまで行くのが目標だよ」
人生最大の決意みたいなツラして言ってることがヘタレすぎる件。
これは、手を繋ぐところまで行くのは再来年以降だな。と、俺は確信した。
「そういう君こそどうなんだ! 相変わらず灰色の青春のクセに!」
「うるせぇな、だからこその進学希望なんだよ。大きなお世話だ、このやらぁ!」
などと、結局俺達はその日の授業が終わるまで、屋上で戯れていたのだった。
それは俺が勇者としてアルスノウェに招かれる数年前の話。
とある日に夢見た、他愛のない思い出の一場面だ。
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