第43話 そして、夜がやってきた。(息を潜め)

 そして、夜がやってきた。

 車の中で、音夢と玲夢が隣り合って眠っている。


 車は朝まで真火で包んでいるので、ゾンビが来ても燃え尽きるだけである。

 というワケで、俺が真火を消さない限り、車は無敵状態である。


「こっちはOKだぜ、ルリエラ」


 外に出た俺は、バステ魔法で動けなくしたゾンビを足元に転がして告げる。

 すると、どこからともなく声が聞こえてくる。


『はい、それでは』


 そして足元に魔法陣が現れて、俺とゾンビは転移した。


「お待ちしていましたわ、トシキ様」

「おう」


 転移した先は、ルリエラの庭である異界神域アルテュノン。

 そこにあるルリエラの神殿の地下部分にある、あんまり広くない一室だ。


「ゾンビは持ってきていただけましたの?」

「ほれ」


 久しぶりに見る女神姿のルリエラに、俺は運んできたゾンビを掴み上げてみせる。


「はい、ありがとうございます。では――」


 ルリエラが指をパチンと鳴らすと、二人の間にデカい手術台が現れる。

 そして、その脇には手術で使うような器具が並べられた台。


「ウフフフフ、やっとこのときが来ましたわね」

「始めるか、ゾンビの解剖」


 雰囲気を出すために手術医のコスプレをしたルリエラと俺が、ゾンビを見下ろす。

 目的は今口に出した通り、ゾンビの解剖だ。


 俺達は、令和の日本を破壊したゾンビという存在について、知識がなさすぎる。

 それに関する知識を仕入れること。それが目的の半分。

 あと半分は、俺の目の前にいらっしゃる女神様の知的好奇心を満たすためだ。


「それでは始めますわ。……メス」

「自分で取れ」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 俺達が日本のゾンビについて知っていることは、あまりにも少ない。

 ある日降ってきたという『黒い雨』を浴びた人間が、ゾンビになったという。


 ミツが『昏き賜物ダークマター』と呼んでいたそれに適合する人間もいた。

 そういった連中は『昏血の者ダンピール』を自称していて、異能に目覚めていた。


 ファンタジーやってた俺が言うのもなんだが、完全に異能バトルモノの設定だろ。

 何だよ、適合した人間に異能を与える異物って。何年前のラノベだよ。


 と、いうワケで、そろそろこの辺の謎も探っておく必要がある。

 そんな俺の思惑とルリエラの知的欲求が合致して、今回のゾンビ解剖と相成った。


「う~ん、腐ってますわね~」


 切らずとも内臓見えてる腹に手を突っ込み、ルリエラがグチュグチュやってる。

 その光景を眺めつつ、俺は俺でゾンビの腕やら足やらを調べていた。


「筋肉もほぼ腐ってるか切れてるかしてるな。それでも動くんだよな、こいつら」


 アルスノウェのゾンビは、壊れた肉体を魔力で駆動させている。

 だが、日本のゾンビは魔力を持たない。ってことは動く原理も他にあるはずだ。


「どうだぁ、ルリエラ?」

「今のところ、異常は特には。どこから見てもただのくさったしたいですわね」

「う~ん……」


 こいつをゾンビに変えた『黒い雨』の残滓があるかと思ったが、的が外れたか?


「まだまだ、見るべきところはありますわ。全身、隈なく調査調査~♪」

「やだ、この女神、クッソ楽しそう……」


 そこから、さらに解剖は続く。

 解剖っても、完全にコスプレとモノマネでしかないので、いい加減なモンだが。

 しかしそれでもやってみると、浮かんでくる疑問もあった。


「……おかしいな」

「ええ、確かに。これはおかしいですわ」


 切開したゾンビの腕を見下ろし、俺達は揃って首をかしげていた。

 皮膚と肉を開き、骨が露出したその腕。俺とルリエラが注目したのは、骨だった。

 切開したのは肘の部分で、露わになった関節部分に、決定的な違和感があった。


「関節部分が減りすぎてる。何だこれ……」

「骨もおかしいですわ。よく見ると微細な亀裂がそこかしこに」


 解剖してるゾンビはおそらく死亡時の年齢は二十代半ばくらいの男性。

 だけど、関節の擦り減り具合が異常だ。老人かよってくらい、骨が削れてる。


 他にもルリエラが指摘した点なんかもおかしい部分だ。

 腕の骨に無数の小さいヒビが入ってる。骨が長時間圧迫され続けたかのようだ。


「……あとは、血か」


 もう一つの疑問点が、血液だった。

 当初、解剖をしてもほぼ血が流れなかったので、血は出尽くしたあとだと思った。

 だがその認識はどうやら違っていたらしい。


「これ、ですものね……」


 ルリエラがメスでゾンビの頭皮を軽く裂く。

 すると、濁った血がビュッと噴き出た。大量の血が皮膚の下に溜まっていた。


「血が出尽くしたんじゃなくて、首から上に血が集まってたんだ」


 だから、体の方を切開してもあんまり血が出なかった。

 死後、血が首から上に集まる。普通の死体にそんなことはありうるのだろうか。

 さすがに医学的な知識などないので、そこはわかりかねる。しかし、


「……ただの物理法則とは違う力が働いてる?」


 関節の異様な擦り減り具合と、骨の圧壊。そして首から上に集中している血液。

 そこから、何となく見えてくるものがあった。


「魔法とは違う何らかの力が、ゾンビの肉体を動かしている、と?」

「ああ。そう考えると、関節の減り具合と骨のヒビ、一応は説明がつくだろ」


 筋肉とは違う、おそらくは外側からかかる力。

 それが、ゾンビの骨を常時圧迫しながら、無理やり動かしていた。


「その力、とは?」

「さすがにわからねぇけどさ、でも――」


「でも、何ですの?」

「ゾンビなんてモンがあって、それ関連で魔法じゃない異能を使える連中もいる。だったら、魔法じゃない力がゾンビを動かしてても、全然不思議じゃないだろ」


 言いつつ、最後に俺はゾンビの頭部を開き、脳みそを拝むことにする。

 すると――、


「こいつは……!」

「なるほど。トシキ様の仮説、案外、的を射ているかもですわね」


 皮膚を剥ぎ、肉を切り、骨を開いて目の前に現れたゾンビの脳みそ。

 本来、灰色じみた色のそれは、だが、真っ黒に染まっていた。腐敗ではない。


 頭蓋骨に溜まった黒い血の中に、黒い光沢を放つ脳が、プカプカ浮かんでいる。

 血はヘドロのようにねばついており、重油を思わせる光沢を放っていた。


「……感じるな」

「ええ。魔力とは違いますけれど、肌にピリピリと」


 人をゾンビに変えた『黒い雨』、『昏き賜物ダークマター』。

 それはどうやら、接触したものの脳みそに巣食う性質を持っているようだ。


 だが、結局、今回の解剖でわかったのはそこまでだった。

 その後、黒化した脳みそを解剖したが、残念ながら完全に活動を停止していた。


「さらなる調査が必要ですわね~、これは」

「楽しそうだねぇ、オイ」

「ええ、それはもう。わたくし、戦争と発展を司る神ですので」


 黒化した脳みそがどんな力を発揮するのか、それは未だに不明。

 しかしながら、多少わかったこともあったし、その意味では有用な解剖だった。


「次は『昏血の者』でもとっ捕まえて解剖かな」

「一切の呵責なくそれを言えるトシキ様は、やっぱりトシキ様ですわね」


 当たり前である。

 ゾンビは敵だ。ゾンビの延長線上にいるヤツも敵だ。だからどう扱ってもいい。


 ミツは除く。

 それがこの俺、橘利己という人間なのだから。


「よし、じゃあそろそろ帰るか」

「え、もうちょっとだけ遊びませんこと?」


「は?」

「……鉗子」

「自分で取れっつってんだろ」

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異世界帰りの元勇者・オブ・ザ・デッド 楽市 @hanpen_thiyo

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