第3話 ストレス解消の時間です!(非フラグ)

 家族は無事。俺も生きてる。一安心だな!


『まだ蘇生していないのに家族も無事とは?』

「うるさい。小鳥の状態で俺の心を読むんじゃない!」


 俺は一声叱り飛ばして、床に寝かせた三つの死体に目をやった。


完全復活リザレクト!」


 魔法を発動させると、死体が光に包まれて、損傷が消えていく。

 光は数秒続いて、それが終わると二人と一匹はすっかり元に戻っていた。


「…………」


 俺は片膝をついて、両親二人の呼吸を確かめ、その肌を触った。

 胸は上下しており触った肌にも熱が通っている。うん、生きてる。蘇生は成功だ。


 ただし、俺が蘇生できるのは、日本では両親とストラッシュだけだろう。

 蘇生魔法は、術者と深い絆がある相手にしか効果を発揮しない。

 そして俺は学生時代はずっとボッチだったので、友達などいやしないのだった。


『それでは、御両親と愛犬は神域アルテュノンでお預かりしますわ』


 親父達をどうするか考えていたところに、ルリエラが言ってくる。


「いいのかよ?」

『ええ。それでトシキ様に恩を売れるのでしたら、安いものですわ』


 くっ、的確なタイミングで足元見てきやがって……。


「……わかった。頼む」

『はぁ~い、貸し一つですわよ~。いつか返してくださいましね』


 両親とストラッシュの下に光の魔法陣が現れて、二人と一匹を転移させる。

 これで家族の無事は確保できたが、同時に、ルリエラに口実を与えてしまった。


 だが、こればっかりはやむを得ない。

 俺が頑張れば何とかなる話だ。……よっぽどの無茶振りじゃなければな。


「さて」


 懸念材料がなくなったところで、俺は再び聖剣を取り出した。


『あら、どちらへ?』

「ひとまず、外のゾンビの群れで憂さ晴らし」


『……憂さ晴らし、ですの?」

「そう、憂さ晴らし。今の俺は、極度のストレス下にあるからな」


 望み続けた平穏な日常。

 平和で退屈な、令和の日本。二年半、夢に見続けてきた日常への回帰。


 だがそれは失われた。

 日本は、ゾンビがはびこるゾンビ大国と化した。


 俺の日常は消えた。

 俺の平和は消えた。


 数多のヒロイン達とのロマンスを蹴ってまで求め続けた、俺の唯一無二の宝が。

 消えた、消えてしまった。なくなった、なくなってしまった。永遠に。


「だから殺す」


 ゾンビは殺す。

 ゾンビを殺す。


 この世全てのゾンビを、俺が殺す。

 かつて世界を救った元勇者の俺が、ゾンビがはびこる今の世界をブチ壊す。

 俺が求めた平和な日常の仇は、俺がこの手で取ってみせる。


「さぁ!」


 俺は、玄関を勢いよく蹴破った。

 外にいるゾンビの群れが、一斉に俺へと視線を注いでくる。


「ストレス解消の時間です! このクソゾンビ共がァァァァ――――ッ!」

『あ~ぁ、ブチギレですわね』


 小鳥エラが何か言ってるが、おうよブチギレよ。暴れまくったらぁ!


「あ~……」

「ぅあ~……」


 と、ゾンビの群れが俺へと向かってくる。

 やはりこいつら、生物に反応して動いているらしい。こっちを襲う気満々だ。


 俺は、家の前で動かずにゾンビの接近を待つ。

 十、二十、さらに多数。

 それだけのゾンビが、俺一人を狙って押し寄せてくる。が、


轟焔戟フレアッ!」


 放った中級の火属性魔法によって、群れの前面十数体が一気に炎に包まれる。

 さらに、爆発の威力によって群れの最前が吹き飛ばされ、扇状にゾンビドミノが発生。


 俺はその場から軽く跳んで、玄関前から道路へと着地する。

 すると、玄関前の群れとは別に、多数のゾンビが俺を囲もうとしてきた。


「ハハハハッ、来いよ! 一匹残らず、俺の経験値にしてやらぁ!」

『トシキ様~、この世界では経験値はありませんわよぉ~』


「何ィ、つまり幾らゾンビ倒しても無駄骨? 徒労!? サビ残!!?」

『そういうことですわね~』

「日本のゾンビ、絶対許さねェェェェェェェ――――ッッ!!!!」


 高まる俺の感情に呼応して、手にした聖剣がまばゆい光を解き放つ。


「怒りで覚醒した今の俺は魔王ブチ殺したときより強ェぞ、覚悟しやがれ!」

『それもそれで複雑ですわね、わたくしとしては……』


 それからはもう、寄ってくるゾンビを聖剣で斬って斬って斬りまくった。

 ゾンビは動く死体だ。人にとっての致命傷でも、大したダメージにはならない。


 しかし、俺が手にする聖剣はただの武器ではない。

 クリティカル率+80%に加え、65%の確率で『一撃必殺』を発生させる。

 これはクリティカル発生時に即死効果を与える、素晴らしい機能である。


『さらには攻撃必中効果付きで、対非実体攻撃可能、使用者の全ステ+20%、連続攻撃発生率+50%、使用者のHPを常時小回復、全バッドステータス耐性も完備、と。我が作品ながら盛りに盛りましたわ。わたくしの最高傑作でしてよ』


 俺が剣を振る横で、小鳥が自慢げにさえずっている。

 おうおう、それを今言ってどうすんだ。俺以外に聞いてるヤツなんぞいないぞ。


焔戟ブレイズ! 焔戟ブレイズ! 焔戟ブレイズ! 焔戟ブレイズ! 焔戟ブレイズ! 焔戟ブレイズ! 焔戟ブレイズ! 焔戟ブレイズ! 轟焔戟フレア! 轟焔戟フレア! 轟焔戟フレア! 轟焔戟フレア! 轟焔戟フレア――――ッ!」


 ドーンドーンと立て続けに炸裂する火弾、火球。

 そのたびにゾンビが吹き飛び、燃えて、転げ回る。だが俺の怒りは収まらない。


「オォォォォォォォォ! 烈紅焔戟プロミネントォ!」


 渦を巻く真っ赤な炎の嵐は、上級の火属性魔法。

 多数のゾンビが超高熱の炎に巻かれて、全身を炭と化して焦げた地面に倒れ伏す。


「ぅ、ぁあ~……」

「あ、ぁ、ぁ……」


 しかし、それでもまだ殺し尽くせない。

 この辺りの住民は、全員残らずゾンビ化してしまっているらしい。


「そうかよ」


 俺はニヤリと笑って、詠唱を開始する。

 それを聞いて、小鳥エラが『あ、ヤバ』とこぼしてその場から飛び去っていく。

 逃げてろ逃げてろ、巻き込まれても知らんぞ、俺は。


 一方で、ゾンビはまだまだ数が多く、俺の方にうようよと集まってくる。

 いいね。実にいい。俺の中では、死んだ平和を悼む気持ちが燃え滾っているぜ。


「来いよゾンビ共、俺の仇討ちはここからがクライマックスだ!」


 詠唱を終えた俺は、そこからさらに我流の増幅詠唱を紡ぎ始めた。

 魔法の破壊力を増幅する。ただそれだけの、非常にわかりやすい用途の詠唱だ。


「天の光はすべて星、たった一つの冴えたやり方は、絶滅・殲滅・大撃滅!」


 そして唱える、増幅詠唱の最後の一節。


「森羅万象、天地を問わず、ブチ破ってブチ壊す!」


 魔法が完成した瞬間、俺は聖剣を天へと衝き上げた。



「――星絶疾走バスター・メテオール!」



 発動させたその瞬間、空に大きな穴が開き、そこから赤熱する星が降ってきた。

 超加速させた超質量による超威力で超広域を消し飛ばす――、禁呪である。


『あ~ぁ、あ~ぁ』


 俺の方に戻ったルリエラが呆れ声を出している。

 結界を張って安全を確保した俺は、巻き起こるド派手な爆発を前に笑っていた。


「ハハハハハハハハハハ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


 巨大隕石になすすべなく潰されるゾンビの群れ。

 それを見て、俺は全身を歓喜に打ち震えさせていた。気ン持ちいいぃぃぃぃぃぃ!


 そして、巨大隕石はフッと消える。

 俺が使った禁呪は、分類としては召喚魔法に当たる。アフターケアもバッチリだ。


 かくして、俺の家の前は完全な焦土と化した。

 何もかもが消え去った広大な更地の真ん中にある、ドデカイクレーター。


 後ろを見れば、俺が張った結界に護られて傷一つついていない我が家。

 音はない。何もない。ゾンビも一体も残っていない。全てが平らかな真なる平穏。


「……最高だ」


 俺は両腕を広げて、しばし、自らが作り出した穏やかさに身を浸した。


『さすが、魔王をして『余よりも魔王』と言わしめさせた『滅びの勇者』ですわね』

「うるせぇよ。今の俺は元勇者の橘利己だっつってんだろうが」


 人が浸ってるところに、水差してくんな小鳥エラ。


『はいはい。申し訳ございませんわ。……で、これからどうしますの?』

「あ? ゾンビを殺すに決まってるだろ」


 ゾンビが現れて、日本の平和な日常は死んだ。

 だから今度は俺が現れて、ゾンビを殺して平和な日常を取り戻す。


 非常に単純明快だ。

 わかりやすくて、何も考える必要がない。


「すべてのゾンビは、俺が破壊する!」


 こうして、俺の新しい戦いは始まるのだった。ゾンビは全て破壊してやる。

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