第4話 生き残りなんて、いるワケないよなー。(フラグ)

 生き残りなんて、いるワケないよなー。

 地肌剥き出しの更地を歩きながら、俺はそんなことを考えていた。


『きれいさっぱりですわね~』


 しばらく辺りを飛び回っていたルリエラが、俺の肩に戻ってくる。


『でも、何だか破壊の規模が小さいようにも思えますわね。調整なされましたの?』

「わかるか、やっぱ」


 俺が作りだした更地は、直径およそ200m。クレーターは精々20m程だ。

 隕石を降らせたにしては規模が小さい。

 というのも、実は隕石は地面に本格的には直撃していない。


 当たったのはほんの先端部分だけ。

 全体が落ちきる前に、俺は召喚を解いて隕石を宇宙に戻したのだ。


『相変わらず、こと破壊に関してはわたくしでもできない精度でこなしますわね』


 ルリエラがそんなことを言って舌を巻くが、俺としては甚だ不本意な評価である。


『不本意も何も、わたくしはトシキ様のその破壊に関する天性の才能と、尽きることのない闘争本能を見込んで、アルスノウェに召喚いたしましたのよ?』

「くっ、それでついた異名が『滅びの勇者』なのは納得がいかないぞ!」


 俺は、ただの一介のぼっち大学生でしかないというのに。


『これ以上なくあなたに相応しい称号でしょうに』

「どこがだよ」


『わたくし、覚えていますわよ。砂漠の国と湖畔の国の一件』

「あ~? ああ、アレか」


 砂漠の国と湖畔の国は、アルスノウェの南方にある隣接した二つの国で、地下資源を求める湖畔の国と、水を求める砂漠の国とで長い間争いが続いていた。

 魔王軍という脅威の登場によって、この二国も一度は停戦に同意したのだが――、


「魔王軍との戦いの真っ最中に戦争再開とか、バカの所業だろ」

『ええ、そうですわね。だからあなたはその戦争に介入して止めたのですわね』


「おう、そうだが?」

『そのときの戦いを止めた方法が、どのようなものでしたかしら?』


 えー、っと、そのときの方法ねぇ。何だっけな。


「ああ、思い出した。話なんてするだけ無駄だってわかってたから、両方の国の首都を星絶疾走で消し飛ばしたんだよな。それで国の機能マヒさせて戦争どころじゃなくした」

『ムチャクチャですわね』


「そうかぁ? ちゃんと事前に一週間の待機期間置いてから消し飛ばしたぞ。その間に、どっちの国も首都から全員逃げたじゃねぇか。死傷者0だっただろ?」

『一人でも残ってたらどうするおつもりでしたの?』

「え、一緒に潰してた。当たり前じゃん」


 こっちは一週間も待ってやったんだから、それでも残る以上は俺の邪魔をする気満々ってことだろ。だったら俺も心置きなく敵認定して潰すよ。そりゃそうさ。


『シンキングタイムなしでそう言い切れるから、あなたは『滅びの勇者』なのですわ』

「やっぱり納得いかねぇ~……」


 俺は俺にとって必要なことをしたまでなんだがなー。

 と、無駄話はここまでにして――、


「この辺でいいな」


 クレーターの前辺りまで来て、俺は歩くのをやめる。


『こんな何もない場所にまで来て、何をなさるおつもりですの?』

「何もしない」


『え?』

「じゃ、俺、呼吸とまばたき以外、何もしなくなるんで」


 言って、俺はその場に棒立ちになる。


『あれ? あれ? トシキ様~?』


 ルリエラが俺の頭上を飛び回る。だが俺は何も言わない。

 そうして、時間は過ぎていく。一分、五分、十分――、


『トシキ様? あの、あの~?』


 三十分、一時間、二時間――、


『……石化のバッドステータスでも喰らわれましたのかしら?』


 四時間、六時間、八時間――、昼が終わって夜が来る。


『ちょっと眠くなってきたので、お頭、失礼いたしますわ~』


 小鳥エラが俺の頭の上で寝始める。

 十二時間、十六時間、二十時間――、やがて、一日が過ぎた。


「ふむ」


 俺は棒立ちをやめて頭を動かす。


『ぴゃっ!?』


 ずっと頭で寝ていたルリエラが、驚いて変な声を出した。


『何ですの? 地震ですの!? この世の終わりですの!!?』

「いや、俺が動いただけだけど」


『気持ちよく寝ていたところに、突然何ですの、もう!』

「人の頭でいつまでも寝コケてんじゃねぇよ、隠しボス型女神が」


 俺は呆れつつ、周囲を見やる。

 見えるのはクレーターに、更地に、その向こうに広がる静かなばかりの住宅地。


「ふ~む。やっぱり来ないか」

『結局、何だったんですの~?』


「警察か何か来ないか、確かめてた」

『警察? ……ああ、衛兵でしたわね、確か』


 街の一部が更地になるような異常事態が発生したのに、一日待っても警察が来ない。

 どころか、住民が見に来ることもなく、それ以外のアクションも一切皆無。


「こりゃあ、本格的に全人類ゾンビ化してるか?」


 少なくとも、警察は機能していないと見ていいだろう。


『別の場所に行けばまた違うのでは?』

「そう思って、立ったまま探査魔法は維持し続けてたんだがなぁ」


 俺を中心として半径1km圏内をカバーできる魔法だ。

 が、ゾンビ以外は全く引っかからなかった。猫も犬もネズミも、何の反応もなし。


 ここは住宅地でも端の方で、駅などの街の中心部からはそこそこ離れている。

 探査範囲もそこまでは届いていないため、駅の方に向かう必要もあるかもしれない。


「まぁ、人類が全滅してるならそれはそれで、ゾンビ殺すだけだが」

『考え方がドライですわねぇ……』


「下手に望み持ったところで、それが弱みになるなら意味ねぇだろが」

『ものの考え方が荒み切っていますわね』


 誰のせいだと思っているのか。


「あ~、とはいえ腹減ったな」


 俺は無限収納庫アイテムボックスから新鮮なリンゴを取り出してかじる。


『その収納庫、どれくらいの食料が入っていますの?』

「さぁ? 遠征やら戦争やらダンジョン探索のたびに補充してたからなぁ」


 リンゴをかじりつつ、俺は歩き出す。

 ひとまずは駅を目指そう。普通に歩いて、ここから三十分ほどの場所にある。


『それにしても、変わった街並みですのね』


 誰もいない住宅地を見回しながら、ルリエラが言う。

 まぁ、異世界の住人からすれば令和の日本なんて、珍しいに決まっているだろうが。


『……それに、何だか不気味な雰囲気ですわ』


 世界を滅ぼせるくらいには強いヤツが、そんなことを言うかね。

 と、思いながら俺はリンゴを食べ終える。

 肩にとまっている小鳥から、ムッとなっている気配が伝わってくる。


「俺も、不気味だってのには同感だけどな」


 とりあえず、そう弁解しておいた。

 俺がこの辺のゾンビを殺し尽くしたからか、住宅地には本当に誰もいない。


 立ち並ぶ家々はそのままで、どこを見ても人工物に満ち溢れた景色。

 なのに、それを作った人間だけがまるっきり欠けている。

 そこに漂う空気はプラスチックのように無機質で、どこかミニチュアめいて感じられる。


 怪物がうろつくダンジョンとも違う。

 常にどこかから狙われ続ける魔族との戦場とも違う。

 これまで感じたことのない『無』の質感を伴った空気は、確かに不気味ではあった。


 歩き続けて住宅地を過ぎると、今度は大きな道路に合流する。

 道の左右には食べ物屋やらも見えてくるようになって、街の中心に近いことがわかる。


『幅の広い道路ですのね』

「ああ。ここを真っすぐ行けば駅に着くはずだ」


『駅? 馬車の駅ですの?』

「いや、電車の……、あ~、まぁ、ついたら教えるわ」


 そもそも電車が何なのかから説明しないといけないのめんどくさい。

 俺はルリエラを肩にとまらせたまま、駅を目指して歩き出そうとして――、


「あ」

『はい? どうかなさいました?』

「ああ。反応があった。……この先に、生きてる人間がいるぞ」


 ただそれだけではない。

 あ~、これはちょっと急がなきゃいけないな。


「……ゾンビに囲まれかけてらぁ」

『あらあら、それでは?』


 俺はルリエラに答えず、すぐさまそこから走り出す。

 さてさて、生きててほしいもんだが。

 軽く音に近い速さに達して、俺は誰もいない道路の真ん中を駆け抜けるのだった。

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