第29話 そんな感じで、凱旋ってなワケですよ。(フラグ)

 そんな感じで、凱旋ってなワケですよ。

 ちょっと直径80m程度の大穴ができちゃったけど、まぁまぁまぁまぁ。


 このくらいは仕方がない。

 だってゾンビを殺すためだモン。コッテコテ、じゃなくてコラテラルダメージよ。


 副次被害だって、そう大きなものじゃない。

 道路がめくれ上がり、建物が多数全壊し、あちこちに死体が転がってる程度だ。


 だがそれも冒険者連中がいない範囲でやったこと。

 人的被害が皆無というのは、いっそ偉業と誇っていいものではなかろうか。


『毎度毎度、トシキ様が出る戦場は凸凹△○□になりますわね~』

「凸凹程度じゃ済まない前提!? いや、そこまでじゃねぇだろ、さすがに!」


 頭上から言ってくる小鳥エラに、俺は驚愕しつつ抗議する。


『はぁ~、すっかり破壊規模感覚まで麻痺なされて……』


 何だ、その破壊規模感覚ってのは。

 全く言いがかりも甚だしい。見てろ、冒険者連中だって活躍した俺に声援を――、


「「「…………」」」


 何で静まり返ってんの? ねぇ?

 こっちに視線は感じるのに、何で誰も反応してくれないの? あれ……?


「……勇者様」


 いつの間にか、秀和が近くまで寄ってきていた。

 何だよ、堂々たる『殿堂入り』のおまえが、何で他と同じで顔蒼ざめさせてんの?


「え~……、と」


 俺の前まで来た秀和が、何やら視線を右から左に泳がせる。

 何、何なの? そのあからさまな『言葉を探してます』なリアクションは?


「あ~……、すさまじい、ですね」

「そこまでかぁ?」


 やっと言ってきた秀和に、俺は眉間にしわを寄せて返す。

 上で小鳥エラが『ほら麻痺してる』とか言ってるけど、そこまで派手に壊したか?


「すさまじいですよ。まさに鬼神の如き……、いえ、破壊神の如き、ですね」

「うわぁ……」


 破壊神、という単語に顔をしかめる。

 俺の脳裏に、アルスノウェでのジョブ適性検査の思い出がよみがえった。


「どうかなさいましたか、勇者様?」

「いや、何でもねぇけどよ……。それにしたって、どいつも驚きすぎじゃね?」


「仕方がありませんよ。全員、勇者様の実力をじかに見るのは初めてですし」

「え~……」


 俺が不満を述べると、秀和は何故か頭を下げてきた。


「改めまして勇者様、ご助力いただき、ありがとうございました。あのままじゃ、こっちがゾンビの大群に圧殺されていたと思います。また、助けられましたね」

「いやいや、勝手に助けられた気になられても困るんだが?」


 何を勘違いしてるんだ、こいつは。


「俺はゾンビを殺す。だから殺した。それだけだ。朝にも言っただろうが、俺はおまえらに敬意を表するが、それはそれとしておまえらのことはどうでもいいって」

「そういえば、そうでしたね」


 俺の言葉に、秀和はクスクス笑い出す。

 オイ、待てや。今の俺のセリフのどこに笑う要素があるっつ~んですかねぇ?


「センパァ~イ!」

「橘君!」


 と、玲夢と音夢が俺を呼んでいる。

 俺はすぐに反応して、こちらへやってくる二人の方に向き直ろうとした。


 ゾンビの大群との戦いは終わった。

 冒険者達も、何故か圧倒されたようになりつつもその顔には安堵が浮かんでいた。


 秀和も、玲夢も、音夢も、誰一人として無傷で済んだ。

 何より音夢の声に、俺の意識は割かれてしまった。――それは、油断だった。


 言い逃れできない、緩み。

 戦場では絶対にあってはならない、弛み。


 あろうことか、それを俺自身がしてしまった。

 この場で、最も意識を鋭く研ぎ澄まさねばならない、この俺が――、


「勇者さ――ッ」


 秀和の声がする。

 そこから、状況の変化が立て続けに起きた。


 陰が俺を覆った。

 ――秀和が俺の前に立ったからだ。


 空気が熱に灼けた。

 ――莫大な火力が俺のすぐ近くで炸裂したからだ。


 異臭が鼻を衝いた。

 ――俺を庇った秀和の肉が炎に焼かれて焦げた匂いだ。


 ドサッ、という音がした。

 ――俺の目の前で秀和が力なく倒れ伏した音だ。


「…………あ?」


 俺は、呆ける。


「何ですか、デカブツが邪魔をして。奇襲に失敗したではありませんか」


 声の主はいつの間にか俺の前に立っていた。

 男と女の二人組。声を出したのは、右目を黒く染めた四十絡みの男の方だ。


 両方ともスーツ姿で、女の方は眼鏡をかけて、男の方は口ひげを生やしている。

 見た目、女の方は有能敏腕秘書、男の方は企業の重役といったイメージだ。


「ふむ、驚いてモノも言えないという様子ですね。これが、市長が言っておられた『勇者』ですか。敵の前で呆けるとは、何とも情けない若造ですな」


 男は敬語ながらも慇懃無礼にそうのたまって、視線を倒れた秀和に送る。


「デカいだけの雑魚モブめが、焼け残って生ゴミと化しましたか。邪魔ですな」


 自分の足元に倒れる秀和を、男がガシッ、と蹴りつけた。


「まぁ、いいでしょう。この私めが来たからには、そこな『勇者』も残る雑魚モブも、全て我が『昏化能力アウトサイド』にて消し炭にして――」


 男が何やら言っている最中だったが、



「人の身内に、何しやがる。テメェェェェェェ――――ッッ!!!!」



 俺は、キレた。

 踏み込み、駆け出し、男の懐へ。その間、誰も何も、一つも反応できていない。


「や」


 と、男が一声を出した瞬間には、俺の右ストレートが顔面ド真ん中を捉えていた。

 捻じり、叩き込む右拳。柔らかいものが潰れ、拳の表面が硬い感触に当たる。

 骨。


「ッらぁ!」


 俺が拳を振り抜けば、男は悲鳴をあげることもできず吹き飛ぶ。

 叫んだときに、初めて女の方がビクリと身を震わせた。

 その瞳は、左目だけが黒い。こいつも『昏血の者』。おそらくは、転移能力者。


 ああ、でもそんなことは、今はどうでもいい。

 この女がどんな能力を持っていようと、あのキザヒゲ野郎が何て名前だろうと。


「てめぇらこそ、ただの雑魚モブだろうがよォッッ!」


 俺は猛り狂い、そのまま仰向けに倒れた男に馬乗りになった。

 いわゆる、マウントポジションってヤツだ。


「ぐ、ぉ、き、貴様……!」


 鼻血を溢れさせた男の右手が黒く染まり、そこからチリと火の粉が散る。


「ウゼェ!」


 俺は、男の右肩に収納庫から転送した赤い短剣を突き立てた。


「ガッ、あああああああああああああ!?」


 獣じみた男の悲鳴。

 その顔を苦悶と怒りとに歪めて、男は俺を下から睨みつける。


「焼いてやる。貴様など、すぐに消し炭にして……、な? ひ、火が……!?」


 その表情、すぐに驚きに染め上げられる。

 手から出そうとしていた炎が出せなくなって、焦りと混乱に襲われたのだ。


「今刺したのは『火喰いの牙』っつってな、炎を無制限に吸収する魔剣なんだよ」

「炎を、吸しゅ」


 男の顔面に、俺は再び右拳を叩き込んだ。


「ぐ、ぎ……!?」

「これが秀和をナメた分!」


 今度は、左拳を血まみれになったその顔に叩きつける。


「これが、玲夢を雑魚とナメた分!」


 次に、背を逸らして力を溜め、全力の頭突きを男の曲がった鼻っ面にブチ込んだ。

 潰れて曲がる感触は気持ちいいものではないが、関係ない。


「これが、音夢を雑魚とナメた分!」

「あ、ぁ……」


 男が、弱々しく俺に左手を伸ばしてくる。

 俺は収納庫から短剣を取り出ししてから、それを男の左手のひらに突き刺した。

 手を貫いた刃を、俺はそのまま地面に突き刺して男の手を縫い留める。


「これが、石神いしがみ賢哉たかやをナメた分!」


 ゾンビに初級魔法を放っていたCランクの魔術師を思い返し、右拳を振るう。


「これが、中島なかじま国彦くにひこをナメた分!」


 銃撃を受けながらも反撃を欠かさなかったBランク戦士を思い返し、左拳。


「これが、結城ゆうき誠我せいがをナメた分!」


 最後まで屋根の上に残って自ら囮となったAランク冒険者を思って、右。


「これが、桜田さくらだただしをナメた分!」


 右手で殴る。


「これが、阿部あべ剛之たかゆきをナメた分!」


 左手で殴る。


「これが野畑のばた伸年のぶとしをナメた分!」


 右手。


「これが五木いつき勇仁ゆうじをナメた分!」


 左手。


「これが柵木さくぎ晃浩あきひろをナメた分! これが村井むらい時三郎ときさぶろうをナメた分! これが木村きむらともえをナメた分! これが松元まつもと鈴之助すずのすけをナメた分! これが根来ねごろ証子あきこをナメた分! これが山口やまぐちみなをナメた分!」


 右手。左手。右手。左手。右手。左手。


「これが鏡原かがみはら涼太りょうたをナメた分! これが戸田とだみやこをナメた分! これが西脇にしわき新太あらたをナメた分! これが有城ゆうき咲久さくをナメた分! これが深田ふかだ美由紀みゆきをナメた分! これが徳田とくだ初太郎ういたろうをナメた分! これが丸山まるやま美佐みさをナメた分! これが福島ふくしま富久とみひさをナメた分! これが林田はやしだ栄子えいこをナメた分! これが高嶋たかしま和敏かずとしをナメた分! これが河口かわぐち諒成りょうせいをナメた分! これが谷脇たにわき椿つばきをナメた分! これが坂元さかぐち朱里あかりをナメた分! これが出口いでぐち佐織さおりをナメた分! これが村井むらい正親まさちかをナメた分! これが沖原おきはら乙八おとやをナメた分! これが中井なかい弥五郎やごろうをナメた分! これがきし憲正のりまさをナメた――」


 殴る。

 殴る。

 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴り続ける。


 気がつけば、俺の両手は男の血で真っ赤に染まっていた。

 男の顔も同様で、陽の光を受けて大量の血がぬらぬらと光沢を見せていた。


 もう、男は動かなくなっていた。

 それが、俺の怒りをさらに加速させていく。


「何、トボけてんだよ、てめぇ。ワビはどうした? あ? オイ? オイ!」


 痙攣もしなくなった男を、俺はなお殴り続ける。

 まだこいつは、俺の身内七十人をナメた罰を受け終えていない。これからだ。


「そこまでよ」


 手首まで血に濡らした俺の右手を、後ろから誰かが掴んだ。

 振り向けば、音夢が厳しい目をして俺を睨んでいた。


「邪魔するな、音夢」

「そこまでにしておきなさい。これ以上は無駄よ」


「何が無駄だ! こいつは、頑張ってゾンビ軍を倒したあいつらをコケに……」

「……その人、とっくに死んでるわよ」


 言われて、俺はやっと気づいた。

 男が動かなくなったのは、とっくに息絶えていたからだった。


「もう、いいでしょ?」

「――チッ!」


 男に突き刺した二振りの短剣を収納庫に戻し、俺は立ち上がる。


「秀和は?」

「大丈夫、私が治せるから」


 心配する俺に、音夢はそう断言する。淀みのないその言葉に俺は安堵した。

 そこに、


たちばな利己としき、聞きしに勝る狂犬っぷりですね……」


 言ったのは、炎使いの男を連れてきた秘書っぽい女だった。


「ああ、おまえがいたな。おまえも市政府だろ? なら殺す。ゾンビ側は殺す」


 握り締めた拳から、血が数滴、零れ落ちた。

 それを見た女はため息をついて、軽くかぶりを振る。


「話し合いの余地は――」

「ない。殺す」


 俺は即答した。


「……市長がお待ちになられてる、と言っても?」

「…………」


 どうやら、この女秘書、自分の話を聞かせるすべに長けているようだ。

 黙り込んだ俺に、女秘書は改めてお辞儀をしてきた。


「初めまして、橘様、小宮様。私は天館市政府、三ツ谷浩介市長の第一秘書をしております美崎みさき夕子ゆうこと申します。市長のご指示により、お二人をお迎えにあがりました」


 そう言って、美崎夕子は背筋を伸ばしたのだった。

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