第34話 考えうる限り、最悪の手段だ。(諦念)
考えうる限り、最悪の手段だ。
これから俺が使う『シンケン』は――、
「真剣? 親権? ……いや『神剣』、かな?」
俺と一定の距離を開けて、ミツが興味深げにそんなことを呟く。
「何だい、トシキ。まだ奥の手があったのかい? 酷いじゃないか。僕はもう、全部見せたのに。僕の力も、僕の想いも、全部全部、見せたのに!」
言って、ミツは大きく両腕を広げる。
たしかにそれはあいつの言う通りなのだろうが、断じて奥の手などではない。
「これは、そんな生易しいモノじゃねぇんだよ、ミツ」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ一体、『シンケン』っていうのは何なんだい?」
『それはわたくしからご説明いたしますわ~』
「……何だい、この羽根畜生は」
『は、はねちくしょう……』
ルリエラが割って入ると、ミツは途端に顔をしかめて不機嫌になった。
『ヒドいですわ! わたくしはただ、トシキ様の熱い友情と、ミツ様の狂おしき愛情がせめぎ合い、ぶつかり合い、燃え上がる様を視聴させていただいたお礼をと~!』
「おい、女神。おまえ実は、腐ってる……?」
やめろよ、マジやめろよ、そういうの。
せっかくここまで保ってきたシリアスが一瞬でブレイクされちゃうじゃんか。
「視聴者を気取るんだったら、割り込まないでほしいな。観客の乱入ほど、場を白けさせるものはない。邪魔だよ、君も、君以外も。トシキ以外は全部邪魔だ」
本当に白けた様子でミツが言うが、音夢まで部外者扱いしてんじゃねぇよ。
一方で、ルリエラもぞんざいに扱われながらもまだ退かない。
『そう言われましても、そうはいきませんの。何せ『神権』についてですので』
シンケン。――神権。
『簡潔に申し上げますわ。『神権』とはアルスノウェにて『勇者』と呼ばれる者の本質。わたくしが自らの代理人としてトシキ様を選定した理由にほかなりません』
「へぇ、トシキが勇者になった理由、か……」
ルリエラが語った内容は、ミツの興味を惹いたらしい。
「それは一体、どういうものなのかな?」
『神に至れる資質、ですわ』
ミツは短く問い、ルリエラは短く答えた。
そして、それを見守ってた音夢が小さく驚いた様子で、口に手を当てた。
「資質。橘君、もしかして……」
思い当たったのだろう。
実際に、音夢もアルスノウェで受けている。自らのジョブ適性検査を。
適性検査は、その人間の魂の色を見て判断する。
そして、魂の色とは、その人間が持つ資質を表す色と言っても差し支えない。
「ミツ」
纏っていた装備を全て収納庫に戻して、俺は呼びかけた。
「これを見ろ」
そして新たに取り出したものを右手に握り、ミツに見せつける。
「……何だい、それは」
ミツの顔から余裕が消えた。
俺が握っているのは、真っ黒に燃え盛る剣の形をした炎の塊だった。
「これが俺の『神権』だ。普段は、俺から切り離して格納してンだよ」
『人に身には収めきれない規模の強烈にして強大なる『破壊衝動』ですわ』
尽きることなく燃え滾る『破壊衝動』。
それこそが俺の本質。別に欲しくもなかった、俺の神としての資質。
「俺は、おまえよりもずっと前に、人であることをやめてたのさ」
軽く自嘲の笑みを浮かべ、俺は黒炎の剣を首筋に押し当て、シュッと引いた。
「トシキ!?」
「橘君ッ!」
ミツも音夢も、俺の奇行に驚きの声をあげる。
しかし、首筋についた傷から血が噴くことはなかった。それは人に起きる事象だ。
代わりに、亀裂が入った。
硬いものが砕ける音がして、首筋を中心に俺の全身に放射状の亀裂が生じる。
そして、亀裂の隙間から黒い炎が暴と噴き出す。
痛みも何もなかった。ただ、自分が人でなくなった実感だけが強く残る。
『恐れなさい。慄きなさい。ひれ伏しなさい』
ルリエラが、そんなことを言って俺の肩にとまる。
『破壊神タチバナ・トシキが、ここに顕臨されたのですから』
「……ハ、ハ、ハ」
小さく笑うと、口元から黒い火の粉が散っていく。
俺がその場に立っているだけで、辺りの空気は音を立てて焼かれていた。
それだけではない。
何もしていないのに、俺の足元から床にヒビが入り始めた。
俺はルリエラやグラズヴェルドとは違う。
この世界出身の俺は神となっても制約を受けることなく、十全に力を発揮できる。
「嗚呼、トシキ。……何て姿だ、僕のトシキが、こんな痛々しい!」
ミツが大仰に涙を流して吼える。
だが、俺の心は動かない。『撃滅戦仕様』のときよりも、さらに。
「トシキ、そんな姿の君を、僕は見ていられないよ!」
「なら、どうする」
「殺すよ。今の君は見るに堪えない。だから殺す、僕が人としての死を――」
ああ、いつまで喋ってるんだろうな、こいつは。
聞くのも飽きたので、俺は右のつま先をタンと踏み鳴らした。
――天館市庁舎が、震えた。
「……な?」
巨大な市庁舎が派手に揺れて、ミツも音夢も辺りを見回し始める。
「音夢」
そんな中で、俺は音夢に声をかける。
「そこから動くな。そこ以外を破壊した」
言葉を終えると、市庁舎の崩落が始まった。
俺の足元から一気に亀裂が広がって、堅固なはずの建物が崩れ始める。
「う、うわぁぁぁ!?」
ミツは崩落に飲み込まれ、その場から落下した。
俺は自ら崩落の中に飛び込んで、落ちたミツを追いかける。
「このまま、行方不明なんかにゃさせねぇよ、ミツ」
「ト、シ、キ……!」
地上百m近い場所から落ちて、全身に風圧を受ける中で、俺とミツは睨み合う。
「いつか、おまえは俺に尋ねたことがあったよな」
思い出すのは、高校二年の冬、屋上での記憶。
「『僕と音夢はどっちも今まさに死を目前にしている。君は、どっちを助ける?』だったか。くだらねぇ問いかけだったよな。本当に、今思い出しても、くだらねぇ」
「ああ、そんな話も、したね……。それが、何だい?」
「あのときと今じゃ、答えが変わったんだよ」
「へぇ、そうなんだ。どんな答えなんだい、知りたいな」
「決まってンだろ。――ブチ壊すんだよ」
「やっぱりか」
「ああ。俺の大事なモンに手を出すヤツは、誰であってもブチ破ってブチ壊す」
耳元に轟々と風が唸っている。
地表までは、まだ数十m。落下する中で、俺は自ら落下速度を加速させた。
神である今の俺だ。事象の一つくらい、操るのはたやすい。
「だからよ、ミツ。覚悟キメとけ。……超痛ェぞ」
「……せめてもの慈悲で手加減は?」
「なしだ、バカ」
さらに俺は速度を上げて、仰向けに落ちるミツの胸に右のキックを叩き込んだ。
「ハハ、ハハ、ハハ、踏みつけプレイ、かい? トシキは、そういう趣味が……」
「舌、噛み切っても知らねぇぞ」
「つれないね。でも、わかったよ」
瓦礫が地表にぶつかり、積み上がっていく。
そこにできた小さな山の上に、俺に踏みつけられた状態のミツが墜落・激突した。
爆音にも似た音が辺りの大気を震わせて、衝撃は確かに地面を揺るがした。
ミツの胸を踏む俺の足が、バキバキと砕ける感触を覚える。
それはミツの胸骨が粉々になった感触に違いなく、踏んだ体がビクンと痙攣する。
「カ、ハッ!」
「…………」
瓦礫の上に大の字になって血を吐くミツから目を外し、俺は市庁舎を見上げた。
そう、市庁舎は残っていた。
俺が破壊したのは、市庁舎を左右に分けた片側だけ。残りは、今も健在だ。
こんな壊し方、普通は不可能だ。
だが、破壊神となった今の俺ならば、破壊する範囲と規模の調整程度は簡単だ。
人になしえないことをなしてこその神、だろうから。
「……ぐッ!」
ミツの様子を確かめようとしたところで、限界が訪れた。
俺の意識を、激しく疼くものが掻き乱してくる。
壊せ、壊せと、声なき叫びが耳の奥に響き渡って、俺を急速に蝕んでいった。
「フッ、ハッ……、ハァッ……!」
俺の全身に入った亀裂が大きくなって、そこから噴く黒炎が勢いを増す。
それは激痛となって俺を苛み、視界が霞み始める。
『あらら~っと、これはいけませんわ~』
立っていられずに膝を屈したところで、飛んできたルリエラが俺の首をつつく。
そこは俺が黒炎の剣で傷をつけた場所だ。
ルリエラにつつかれたことで傷が消え去って、体の亀裂も薄まっていく。
「はっ、はぁ……、助かったぜ、ルリエラ」
『ここで本当に破壊神になられては、何もかも水の泡ですもの~』
四つん這いになって息を荒げ、俺はルリエラに礼を言った。
危なかった。割とギリギリだった。
あと数秒もしてれば、亀裂が爆ぜて、俺は破壊神として羽化していた。
そうしたらきっと、この世界は滅びていた。
俺は、ゾンビは滅ぼすつもりだが、世界を滅ぼすつもりは毛頭ないっての。
神の傷を癒せるのは神のみ。
破壊神となった俺を人に戻せるのは、現状、ルリエラだけだった。
『それで、決着はつきましたの?』
「う~ん、どうだろう。アバラ骨グシャグシャにブチ折ったし、踏みつけたときに内臓も死なない範囲ギリギリで全部壊しておいたから、正真正銘虫の息、みたいな?」
ついでに言うと、全身の筋肉も余すところなく断裂させておいた。
まぁ、指一本動かせられないだろうな。動かそうとした時点で死ぬほど痛いはず。
『どうだろうも何も、それは半死半生どころか九死一生というのでは?』
「そうしないと止めらんなかったよ、こいつは」
立ち上がった俺は、違和感が残る体を引きずってミツの方へと寄っていく。
ミツは、大の字のまま完全に動かなくなっていた。
死んでいないのはわかっている。
だが、さすがに意識は保てていないようで、肌と髪の色が戻っていた。
「あ~ぁ、高そうなスーツもボロボロだ~。って、あれ?」
ミツの様子を確認した俺は、ふと気づく。
こいつの胸元、今までネクタイとシャツに隠れていた部分が、露わになっている。
そこに、陽の光を受けてキラリと光るものがあった。
ミツが、ネックレス?
似合わねぇな、と思って注視すると、それは銀のチェーンを通された指輪だった。
二つの銀色の指輪にチェーンを通し、ミツはそれを首にかけていた。
「……オイ、嘘だろ?」
その指輪が意味するところを半ば察して、俺は思わず、そんな声を出してしまう。
飾り気のない、シンプルなデザインの二つの指輪。こいつは、まさか……、
「そうだよ」
いつの間に起きていたのか、ミツが答える。
「これは、僕が音夢のために用意した、婚約指輪さ」
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