第38話 市政府との戦いは終わった。(不承不承)

 市政府との戦いは終わった。


「ああああああああああああ、納得いかねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「じゃあ行かせなきゃよかったのに」


 地団駄を踏む俺に、音夢が息をつきつつ言ってくる。


「おまえが行かせたんだろ!」

「それと橘君が三ツ谷君を止めるのは別の話でしょ?」


 それはそうだけどさ。それはそうなんだけどさ!


「どうせ、またすぐに会えるわよ」


 音夢は自分の手のひらに目を落としていた。

 そこには、銀のチェーンが通された、二つの飾り気のない銀色の指輪。


「置いてったのか、あいつ」

「そうみたい。……どうしろっていうのよ、こんなもの」


 眉根をひそめ、音夢は深く深く息をついた。

 目を線のように細めながらも、しかし、その視線は二つの指輪から動かない。


「なぁ」


 そんな音夢を、俺は呼ぶ。

 何気ない様子で、しかしこのときの俺は、きっとどこかがイカれていた。


「結局さ、おまえはミツのこと、好きなのか?」


 こんなことを、こんなタイミングで音夢にきいてしまうんだから。


「……えっと」


 音夢が、ものすごい顔をして俺を見てきた。

 表情がどうこうというより、顔全体で『驚』という字を表現しているかのような。


 その顔を見て、俺は自分が何を言ったのかを自覚した。

 バカか俺→死にたい→死のう→バカは死んでも治らない→ダメじゃん→バカか俺。

 と、思考速度が光を超える。


「あ、ぁ、あ~……」


 自分に対する罵倒が脳内使用量100%を占めて、ロクに言語野も働かない。

 呆然としてる音夢に対し、俺はただ「あ」を垂れ流し続ける存在と化してしまう。


 音夢は音夢で、幾度かまばたきをしたあとで、余裕をなくした顔を俺から逸らす。

 こいつとは長い付き合いだが、しかし、今までこんな話はしたことがなかった。


 だからだろう。

 音夢の見せる反応が新鮮すぎて、俺は不覚にもドキッとしてしまう。


「……そんなこと」


 と、やっとのことで音夢が言葉を絞り出した。


「そんなこと、きかれてもわからないわ」

「ぇ、あ、あ~、まぁ……」


 俺も「そうだよなぁ」と同調しときゃここで区切りをつけられたのに、


「でも、三年以上も付き合ってたんだろ?」


 何で、そんな風に言っちゃうかなぁ!?

 バカなの? 本気でバカなの、俺? ちょっと? 橘さん? 元勇者の橘さん?


 これを言ってしまった俺は、脳みそが完全にバグってた。

 さもなきゃ、ミツとあれだけあった直後にこんなデリケートなこときけるか。


「…………」

「…………」


 ヤバイって、沈黙が気まずいって。

 見ろよ、音夢が頬を軽く赤くしたまま完全に固まっちゃったじゃん!


 それと、何か心臓の音がすごいの、今。

 魔王との決戦のときだって、こんな緊張しなかったぞってレベル。ヤベェって!


「……わ」


 と、俺から顔を逸らしたまま、音夢が口を開く。

 俺の目は、その小さな唇を睨むほどに強く、見つめ続けていた。


「私、は……」


 小刻みに震える唇が、か細くも言葉を紡いでいく。

 音夢がミツのことを好きなら、それはそれで、別にどうというものでもない。

 ミツの彼女は音夢だったし。その関係性が再確認されるだけ。のはず。


 なのに、どうしてこんなに心臓の音がうるさい。

 どうして俺は汗をかき、口の中が渇きかけてるんだ。何故ここまで緊張してる。


 これではまるで、俺が期待しているようじゃないか。

 音夢が「ミツのことは好きじゃない」と答えることを、望んでるようじゃないか。


 それに気づいて、俺は「そんなバカな」と内心にかぶりを振る。

 俺は、二人を祝福したはずだ。ミツと音夢の関係を、心の底から祝ったはずだ。


 なのに今さら、そんな期待。

 浅ましいどころの話じゃない。汚らわしい。そして愚かしい。


 そう思いながらも、だが俺の目が、耳が、全感覚が音夢の言葉を待ち続ける。

 自分の中に膨れ上がる愚かな期待を、どうしても抑えることができない。


「私は、三ツ谷君のことは……」


 音夢の言葉が、結論に入ろうとする。

 それを俺は、無言で聞き続けた。

 平静を装っているが、内心は熱い期待と激しい自己嫌悪とでグチャグチャだ。


 音夢は、ミツのことを、本当は――、



『コイバナですの? コイバナですのね? ついにコイバナですのね――ッ!?』



 極限まで張りつめた空気が、乱入してきた小鳥エラによってブチ壊された。


『キャ~、やっぱり三角関係でしたのね? わたくしの思っていた通りですわ~!』

「おい、おい」


 白い小鳥が、キャッキャしながら俺達の頭上を飛び回っている。

 音夢は、ポカ~ンとなってそれを見上げていた。


 俺は、右手に真っ黒い炎の剣を取り出して、その刃で左手首をシュパッと撫でた。

 硬いものが砕ける音がして、俺の全身に亀裂が生じる。


『え、神権? 何で?』


 それに気づいたルリエラが、俺の頭上で動きを止める。

 よしよし、絶好の的だ。そこから動くなよ?


「死ねェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ――――ッッ!!!!」

『な、何ゆえですのォォォォォォォ~~~~!!?』


 それから一分ほど破壊神化した俺はルリエラを追いかけ続けた。


「ちょっと、橘君! やめなさいってば!」


 が、音夢が必死になって止めたせいで、結局仕留めることはできなかった。


 ――代わりに、天館市庁舎は完全に消し飛んだが。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 天館ソラスに戻ったら、めっちゃ心配されてた。


「勇者様!」

「音夢さんも戻ってきたぞ!」


 と、先に戻っていた冒険者連中が、一斉に俺達に駆け寄ってきた。


「まさか、市庁舎が全壊するほどの戦いだったとは、ご無事で何よりです」


 心配顔の英道に言われて、俺は「あ~、うん」と曖昧に返事するしかなかった。


『ぅぅぅ……、死ぬかと思いましたわ~』


 そんなことを言いながら、ルリエラがヘロヘロと力なく飛んでいく。

 冒険者数人が、それを見て揃って険しい顔つきで息を飲んだ。


「まさか、女神様があんなことを言うなんて……」

「ああ。よっぽどの死闘だったに違いない」


 死闘。まぁ、死闘。……死闘? 私闘の間違いかな?

 と、俺が思っていたところに、


「センパァ~~~~イ!」

「うぉっ!?」


 走ってきた玲夢が、いきなり俺に飛びついてきた。


「大丈夫でした? ケガないですか? 心配したんだから、もぉ~!」

「わかった、わかったから、おま……!?」


 抱きつき、こっちを見上げてくる玲夢に、事態についていけてない俺は混乱する。


『くぉらぁ~! 『滅びの勇者』、きさむぁ! 誰の許可を得てれむたんに抱きつかれとるかァ! 恥と身の程を知り抜いて悟りに至り、そのまま滅却するがいい!』


 そこに、ミニサイズの竜王がすっ飛んできて俺の目の前でガルルとすごんだ。

 誰がそんな器用な滅び方をするもんかって話なんだが……。


「ううううううううううううううううううううううう~~~~!」

「玲夢さん、ちょっと、玲夢さん!?」


 問答無用で俺の胸に顔スリスリすんのやめてくんねぇかな!?


「…………」


 あああああああ、音夢が、音夢が無言でこっちを見てる!

 視線の圧が、圧が……!


「……橘君、楽しそうね」

「おまえ、今のこの構図を見てどーしてそういう感想になるのさ!?」


『キャ~! これはまごうことなきアオハル! アオハルの予感ですわ~!』

「こいつもこいつで懲りねぇなぁ、バカ鳥がよォ!」


 飛び回るルリエラを焔戟で撃ち落としてやろうかと思う俺だった。

 その後、夕刻を過ぎて――、


「あ~、ジョッキは行き渡ったか~?」


 ソラス七階にある広めのレストランに、全員が集まっていた。

 皆、片手にお茶やらジュースやら酒やらが注がれたジョッキを持っている。

 コンビニとかで割と無事だったので、持ってきたものだ。


 テーブルの上には、俺が提供した食材で作られた料理が並んでいる。

 作ったのは音夢の他、料理ができる有志数人だ。


 できたてホカホカで量も十分にある。

 これから、ここを使って盛大に打ち上げをしてやるワケだ。


「いいか~、おまえら!」


 皆の前に立って、俺は声を張り上げた。


「冒険者ってのはな、デカイ仕事が終わったらこうして食って飲んで、どんちゃん騒ぎして仕事の達成を祝うんだ! そして、楽しい出来事を共有して明日に繋げろ!」

「「「はい!」」」

「そんじゃ、ここから先は堅いコトは抜きにするぞ! 食え、飲め、騒げ!」


 俺は、右手に持ったジョッキを高く掲げる。

 それに合わせて、皆がジョッキを前の方に持ってきた。


「乾杯! おつかれさんっしたァァァァァァ――――!」

「「「かんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」」」


 ジョッキのカチ合う音が、そこかしこから響いてくる。

 こうして、冒険者ギルド天館ソラス支部の初依頼は成功に終わった。


 ミツのことだの、黒い雨のことだの、考えなきゃいけないことは多々あるが。

 しかし、今夜くらいは皆と一緒に食って飲んで、大いに騒ごう。


 ――皆で手に入れた、勝利の宴なのだから。

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