第51話 一生に一度の我儘
「おい、お前らの茶番劇に付き合う気はないからな」
「ひどいな、バルス。僕たちは至極、真剣なんだけれど」
「真剣だから無理だって言ってるだろうが。お前たちの異常な愛国心を平民に求めるんじゃない」
「異常な愛国心?」
ハウテンスの優秀な頭脳をもってしても、バルセロンダが何を言いたいのかわからないらしい。もちろん、ラナウィにだってわかるはずがない。
なぜ婚約者の話をしていて、愛国心になるのだ。
どこにも国の話なんてしていないというのに。
「バルセロンダも三英傑の後継者であるならば、婚約者候補になるのは当然だわ。平民だからといって無関係にはならないのよ。そもそも身分なんて誰も気にしないのだから。
今までは見つからなかったから、サンチュリに頼んでいたけれど、その役目もバルセロンダに移るのよ。これは事実であり、拒否権はないわ」
「ふざけるな、ガキどもに付き合うつもりはねぇよ。俺を巻き込むんじゃねぇ」
「そんなに嫌なの……」
「当たり前だろ」
言葉少なに吐き捨てるバルセロンダに、淑女としての矜持も吹き飛びそうな感情が渦巻いた。
「これは古の魔法契約に基づく、正式な権利になります。誰にも、拒否はできないわ」
内心の動揺を悟られないように、必死で言葉を紡ぐ。
心が軋んで悲鳴を上げても、ただラナウィは努めて浅い呼吸を繰り返し、背筋を伸ばした。
腹の底に、すべてを納めてほほ笑んだ。
時期女王候補の意地でもある。
それはそれは美しい笑みを浮かべて見せた。
そして、嘘を吐く。
「貴方も私も、ね」
たとえ相手が押してはならない契約書に判子を押した気になったところで、知るものか。
ラナウィは目もくらむような激しい怒りに包まれていたのだから。
#####
神殿から戻ってすぐにラナウィは母に謁見を求めた。
多忙な女王に、急に謁見を申し込んで叶えられるはずもない。だというのに、母はすぐに応じてくれた。
母の私室に呼ばれたので、休憩時間を当ててくれたのかもしれない。もしくは無理に休憩時間としてくれたか、だ。
「人払いをしたほうがいいのかしら。それとも、誰かを呼んだほうがいい?」
ソファに座っていた母がおっとりと瞳を細めた。
テーブルの上にはお茶が用意されていた。女官が頭を下げて出ていくところを見ると、彼女が用意してくれたものだろう。
これで、部屋には母と二人きりになったことになる。
「母様……」
「あら、ラナウィが弱ってる。珍しいこともあるものね。あの人も呼ぼうかしら。きっと見たいと言うわね」
母は、目をやや開いてラナウィを真っ直ぐに見つめた。慈愛に満ちた女王たる顔ではなく、母としての顔だ。
「父様には内緒でお願いします。あの、頼み事があるんです」
「本当に珍しいわ。ラナウィから頼みごとをされるの。なにかしら」
「『剣闘王』の後継者を見つけました。その方と結婚させてください」
「ええと、貴女の好きな人なの?」
母は困ったように首を傾げた。
ラナウィは真っ赤になりながら、無言で頷いた。
直球で聞かれると、途端に恥ずかしくなる。けれど、今までは誰にも言えなかった気持ちで、何度も打ち消そうとした感情だ。
それを相手に告げていいとわかったのに、失恋してしまった。
怒りも悲しみも苦しみも何もかもごちゃまぜのまま、まっすぐに母を見つめる。
「大好きなんです、あの人以外誰も好きにならないくらいに。だけど私の気持ちは迷惑なんですって……興味もないし、巻き込むなって言われました。婚約者候補ですら嫌がられてます。だけど、想う人は彼だけなんです」
「『魔女王』の後継者はただ一人と心に決めたら、一途なのよ。もしかして、ずっと好きだったの」
「はい……」
「だからずっと婚約者を決めなかったのね。ラナウィが好きになった人がまさか名乗り出ない『剣闘王』の後継者だったなんて。貴女が歴代の婚約者候補選びの中で最長に悩んだ者になるわ。他は皆、直観で相手を選んでいたらしいから、それも出会ってすぐにという話ばかり。でも、相思相愛だっていう話だったんだけれど、そこは外れちゃったのね」
小さくため息を吐いて、母は眉根を寄せた。
「横恋慕とかではないのね?」
「恋人はいないと言っていました」
「相手が離婚を申し出たら、たとえ加護を与えた後だとしても別れる覚悟はある?」
「別れたくはありませんが、彼が本当に嫌がっているのはわかるんです。結婚したいのが私の我儘だってことも。ですから一年間だけ付き合ってくれたら、そのあとは一人で生きていきます。結婚相手が必要なら誰だって構いませんし、相手に事情を話して結婚します」
一年間だけ、彼の妻として過ごしてみたい。自由を好むバルセロンダの時間を奪う形になるけれど。拘束してしまうことにもなるけれど。
一生で一度の我儘にするから。
最初で最後の恋だから。
「母様、お願いします」
「わかったわ。貴女の覚悟もしっかりと受け止めました。女王の命令であれば、従わせることはできるでしょう。期限は一年よ、しっかりと惚れさせてみなさい」
「え、母様……?」
ん、惚れさせる?
そんな話は少しも言っていないけれど、紆余曲折の末に、何かおかしな理論をはじき出したのだろうか。
「うちの可愛いお姫様を袖にしようだなんて不届き者よ。ちょっと意地っ張りがなんだっていうのよ、むしろそこが可愛いんだって。それに素直な時だって最高に可愛いんだから。なんて見る目がないのかしら、本当に信じられないわ。迷惑? 興味がない? 巻き込むな? 上等よ、そっちがその気ならこっちだって考えがあるわ。いい、ラナウィ。ぎっちりしっかりメロメロの骨抜きにするのよ――」
困ったことに、母の目はどこまでも真剣だった。
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