第13話 主人の恋(ルニア視点)
バタバタと足音荒くに戻ってきた主人を、ルニアは出迎えた損ねた。
結局、居間に入った影だけを追ってきた形になる。
「晩餐会は散々だったのですか、ラナウィ様」
居間のソファの背もたれに顔を押し付けて、肩を震わせている少女はどこまでも可憐だけれど、その細い肩には王国のすべてが乗っている。五歳の頃からラナウィを知っているだけに、彼女の努力の尊さにはいつも頭が下がる想いだ。
だからこそ、主人が感情を顕わにしているときくらいは、目くじらを立てないでいようと考えていた。
けれど、最近の主人はどうも様子がおかしいのである。
以前のように感情を抑えることがない。むしろ失言も多い。
長年の片思いが成就して浮かれているのかとも思ったが、それだけともいえないようだ。
だからこそ、隣国の王子を交えた晩餐会で何かあったのかと心配した。
「ラナウィ様……?」
いつもは声をかければ、どんな小さくとも返事が返ってくるはずだが、今は一言もなかった。
様子のおかしな主人に、いよいよ心配になったときに、勢いよく主人が顔をあげた。
「ら、ラナウィ様!?」
「ルニアぁ……」
ぼろぼろと大粒の涙を流して、号泣する少女は顔を真っ赤にしていた。
「一体、何がありました。暴漢に襲われましたか、まさか、あの隣国の恥知らずが愚かな真似を――?」
今日の晩餐会にはラウラン公国の第二公子が参加していた。彼が幼い頃からラナウィに懸想していることなどとっくに見抜いている。口では加護が欲しいからだと嘯いているが、その実、彼女にべたぼれなのだ。昔からあの手この手で嫌がらせをしてきた。ある時には『箱庭』の侍女を買収しようとまでしていた。
そんな卑劣な輩がとうとう主人に牙を剥いたのだろうか。
一瞬で最悪の事態を想像してしまったけれど、少女は首を横に振った。
「ば、バルスが……」
「バルス?」
バルスというのは、誰だったか。
いや、主人の夫になった男だ。
元平民の漆黒の騎士とささやかれた『剣闘王』の後継者――。
昔からラナウィは彼に恋をしていた。
長年の主人の片思いが念願叶ったというのに、なぜか結婚式の翌日から一度も戻ってこない。
ここ数日で、ルニアの頭の中で何度も何度も殴り続けている男でもある。
自分に特別な力があれば、彼をちからづくで主人の前に引きずりだしてやるのに!
「あの男……バルセロンダ様にお会いになられたのですか?」
主人はこくりと小さく頷いた。
翠銀色の髪がゆらりと流れるように動くのを見つめながら、憎い男は城にいたのかと苦々しげになる。
城にいたのなら、ここに戻ってくればいいものを。
つい目と鼻の先ではないか。
主人に心労ばかりかけて、大して役にも立たない男だ。
確かに美しい男であるのは認めるし、彼の剣の腕もさすがは『剣闘王』の後継者であるほどだとは思うけれど。
今も一人で戻ってきた主人の様子から、あの男は今日も戻ってくるつもりがないのだということはわかる。
だが、それだけでここまで主人が傷つくだろうか。
「ラナウィ様、彼に何をされたのですか?」
なぜ、自分は愚かにも主人を問い詰めるような質問をしてしまったのかと、ルニアはそのあとで激しく後悔したのだけれど。
とにかく、ラナウィの言葉を受けて、頭の中に轟いた言葉は一つだけだった。
――刺し違えてでも潰してやる!
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