第31話 節穴(セルム視点)
セルムの中で、バルセロンダ・ルーニャという男は、腹の立つ存在である。
平民出身のくせに十歳の頃には騎士見習いとして早々に頭角を現し、十五歳という成人間もない時にはすでに『箱庭』の警備にまでつけるほどの腕前を持つ。
二十歳では、一小隊長としての地位についているが、それも『箱庭』の警備隊長と兼任だ。
数々の武勲をたて、それ以上の数々の騒動を巻き起こす――それが、バルセロンダだ。
いくら騎士は公平、平等と言われようとも、貴族出身の者からの不満は募る。
平民のくせに、見た目で随分と贔屓されているとか部下の手柄を独り占めしているとか、色々と影口を叩かれているけれど、彼の実力は残念ながら本物なのだ。
あんなに口が悪くて態度も悪くて、上官を上官とも思わず、同僚すら無視をするいけすかない男であるというのに。
天は才能を与える者を間違えたのだな、と考えていたが、彼が『剣闘王』の後継者でないことだけが救いだった。実際には『剣闘王』の後継者がどこの誰とは言われていないけれど、『箱庭』の警備隊長が『剣闘王』の後継者である可能性は低いだろう。
つまり、彼よりも強い者がほかにいるというのは、誰にとってもありがたいことだと思う。
昔は、彼の実力に嫉妬して、身分差もあり、納得いかずに突っかかってしまったけれど。そこを姫に目撃されるという失態まで犯したが。
結局、バルセロンダが暴言を吐いてくれたおかげで、彼女と共通の敵を得たことになった。ラナウィとはそれ以来、良好な関係を築けているので、自分の認識は間違っていないはずだ。
つまり、ラナウィはとことん、バルセロンダを嫌っている。
だからこそ、騎士団の見学に混ざりたいと言う頼み事を彼にはせず、自分にしてくれたのだから。誰が来ようとも喜んで引き受けるつもりだった。
けれど、現れた人物を見て、思わず固まってしまった。
癖のない長い豊かな金色の髪に、まばゆいばかりの白い肌が際立つ。左右対称の整った美しい顔立ちに、青色の瞳。涼しげな目元と薄い唇が可憐さと清楚さを併せ持つ清廉さを漂わせていた。
自国の姫と似通った落ち着いた雰囲気を持つ美人だった。
無表情であればやや冷たいとさえ感じる美貌は、儚げな笑みを浮かべているため、どこか守ってあげたいと庇護欲を掻き立てる。彼女がラナウィに紹介された剣士だとすぐに察することができず、中途半端に確認してしまった。
まさか、魔法で成長した王女本人とは思わなかったが。
せっかくバルセロンダがいないときを狙って、自分に頼ってくれたというのに、ばれてしまった。彼に連れていかれた王女の心情はいかばかりかと同情してしまう。
「ネワック小隊長、どういうことですか!」
悲鳴じみた部下の声を聴きながら、セルムは去っていくバルセロンダの背中を見つめた。なぜか悲愴な顔をした部下だけでなく、バルセロンダの小隊の者たちにまで囲まれていた。
「せっかく美女と仲良くなれたのに、なんでルーニャ小隊長がかっさらっていくんですか!」
「小隊長、不甲斐ない! あそこはなんとしても対峙するべきでしょう!」
「憩いがあああ!!!!」
「次、次は彼女はいつ来るんですか?」
あまりの混乱ぷりに思わず、頭を抱えた。
「落ち着け! 彼女は今回だけの参加だ、と思う? ぞ?」
確信はないけれど、ラナウィはバルセロンダに内緒でこの場にいたのだろう。
珍しく怒りの表情を浮かべていた彼の姿を思い浮かべれば、きっと彼女はもうあの姿になることもないだろうと思われた。
「バルス小隊長ずるい!」
「あんな美人と! うらやましい!」
「独り占めよくない、なんとかしてくださいよ、ネワック小隊長!」
なぜかバルセロンダの小隊にまで詰めかけられた。
「バルス小隊長の知り合いでもあるんですか?」
そんな中で、ひどく冷静に問いかけてくるのは、バルセロンダの小隊の副長だ。
レジオル・ウェールデという男で、彼の幼馴染みでもあるらしい。
平民のわりには、物腰が穏やかでセルムにとっても話しやすい男ではある。
「あ、ああ。そうだろう。どうかしたのか?」
「いえ、あの人、首を触られるのが嫌いだから、珍しいなと思って」
「首?」
そういえば、昔後ろから頭を掴もうとした輩を物凄い剣幕でやり返していたなとセルムは遠い目をする。てっきり背後をとられるのを嫌ったのかと思っていたが、まさか首が弱点だったとは。
「どんな女にすり寄られても決して触らせないんですよ。だから、彼女は何者なのかなあ、と気になりまして」
ご存じですか、と穏やかに尋ねられたのに、なぜかセルムは追い詰められたような気持ちになったのだった。
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