第26話 心の友

次の『箱庭』のお茶会に、ヌイトゥーラはとある魔法薬を持ってきた。

いつものように東屋に集まっていたが、そこではまずいと建物の中に入る。

護衛たちは基本的には外にいるので、中には侍女しかいない。



応接間に彼らを通し侍女たちを部屋から出す。

すぐにヌイトゥーラから2本の小瓶に入った魔法薬と、ハウテンスからバスローブを渡された。


「どちらから先に飲んでもいいけれど、服を脱いでから、飲んだほうがいいと思うよ」

「なんの魔法薬なの?」

「この前の話でだいたいは察してるでしょ」


ハウテンスはこんなときでも意地悪だ。

仕方がないので隣の部屋で、服を脱ぎ下着になった。シュミーズとパンツくらいなら大丈夫だろうと、2本の魔法薬を飲んだ。

まったりとした味は、後をひく甘さが残る。次は物凄く酸っぱい。

ヌイトゥーラはとりあえず、魔法薬の味についても研究すべきだと思う。


呑気に味について批評していたら、どくんと心臓が一つ大きな音を立てた。

体が熱くなる。そして、ぐんと視界が高くなった。

瞬きをすると、大きくなった手が見えた。家具もなぜか低く見える。


何が起きたのか、よくわからずラナウィはそのまま隣の部屋の扉を開けた。


「これってどういうこと――!?」

「ラナウィ様!」

「ラーナ、ふ、服着て!!」

「なんのためにバスローブを渡したと思ってるんだ。とにかく羽織ってくれないかな」


真っ赤になった三人の少年たちを前に、ラナウィは慌てて扉を閉めて、ハウテンスに渡されたバスローブに腕を通すのだった。



#####



再度、隣の部屋の扉を開けると、何とも言えない気まずい空気が流れたが、それをあっさりとぶった切ったのはハウテンスだ。


「ヌイト、これの効果はどのくらい?」

「元に戻る薬を飲めば戻るよ」

「つまり、そんなに長時間効果があるんだ」

「そうだね。猫で試してみたら余裕で一週間はそのままだったよ」

「猫でしか試していないということかしら……?」


そんな魔法薬を飲んでしまって、体のどこかに異常は出ないのだろうか。

バスローブの丈が短くてぎりぎり太ももを隠せる程度。長くなった腕も、大きくなった胸もほとんど隠れていない状態を見下ろす。十歳の感覚でいうと、下着姿でもあまりはしたないという感覚がない。というより、自分の体だと思えないというのが正直なところだ。そのため、そんなはしたない格好でも羞恥はなかった。


それよりも魔法薬の副作用など若干の不安がある。思わず声を出せば女性のやや高い声が出た。

いつもの子供らしい声とはどこか違う。

三人もおおっと歓声をあげた。


「いいね、ラナウィ。すっごく大人っぽい。何歳くらいの設定なんだ?」

「二十歳だよ」

「二十歳かあ」

「そうか、バルスと同じ年か。それえはますますいいね」


鏡を見ていないので、実際にはどんな姿になっているのかわからないけれど、ハウテンスがヌイトゥーラに相談していたのは、成長できる魔法薬は作れるのかということだった。


「バルセロンダと同じ年だと、何が良かったの?」

「それは、まあ後でわかるんじゃないかな。じゃあ、ヌイト、もう一仕事お願いするよ」


魔法を準備しているヌイトゥーラに、思わず問いかける。


「そういえば、最初から『幻術』だとだめだったの?」

「『幻術』の魔法は物理的な質量は変化できないだろう。剣を握っても実際の位置が下になったりするじゃないか。明らかにばれる。髪色とか目の色を変えたりするのもどうにもうまく定着しなくて。さすがに『魔女王』の色は隠さないといけないから、魔法薬にしてみました」

「顔はそのままなの?」

「大きくなったラナウィを一発で見抜くのはなかなか難しいと思うよ。髪色と瞳だけ変えれば十分じゃないかな」


ハウテンスの説明にそういうものかと納得する。

けれど、ヌイトゥーラの魔法の詠唱は長々と続く。


「『剣術付与』『体力上昇』『腕力増強』『防御力上昇』『素早さ上昇』……」


立て続けにヌイトが魔法を無詠唱で駆けていく相手はラナウィだ。


「まだ、やるの?」

「生半可で勝てるわけないだろう。君の基礎力なんててんで話にならないんだから」

「そ、そこまで……?」


確かに魔法でも剣でも知力でも突出しているわけではないけれど、自分ではバランス重視だと思っている。そこそこ器用だと考えていたので、少しだけショックだ。

しばらくヌイトが魔法をかけていて、ハウテンスが満足げに頷いた。


「よし、こんなものかな。とにかく、これで舞台が整ったわけだけど、ラナウィにお願いしていた方は大丈夫なのか?」


ハウテンスはヌイトゥーラには魔法薬を作ることをお願いしていて、ラナウィには、熊虎騎士団でそれなりの地位にいる知り合いの騎士はいないかと尋ねてきたのだ。

サンチュリは跳馬騎士団に入団予定であるし、騎士見習いの知り合いはいるが、熊虎騎士団のしかも一定の地位を持つ騎士の知り合いはいないと答えているからだ。


ラナウィは騎士との接点が少ないと思われたが、曲がりになりも王女である。

けれど、身分とは関係のない心の友とまで呼んでいる騎士の知り合いならいる。


「そうね、中庭で待ち合わせなのよ。ついてきてくれる?」

「もちろん。今の君を一人で歩かせるなんて男じゃないさ。じゃあ、騎士の服を渡すから着てきてくれるかな」

「なぜ、最初から渡さなかったの?」


二度も着替える必要がどこにあるというのか。

効率を重視するハウテンスらしくないと首を傾げれば、彼は無邪気に微笑んだ。


「僕らの目を楽しませるためかな。いや、ほんと素晴らしいよ、眼福だ」

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