第52話 愛しくて残酷な人
「おい、どういうことだ?」
『箱庭』にバルセロンダが乗り込んできて、東屋のテーブルの上に一枚の紙を叩きつけた。
「まあ、乱暴なこと」
定期的に開催していたお茶会は、今は時期を見合わせている。
次に開かれる時は、解散を伝える時だ。
だから、今はラナウィが一人きりでお茶を楽しんでいた。
もちろんバルセロンダがくることを見越して、中庭で待機していたともいえる。
『箱庭』の警備担当者なら、東屋まで自由に出入りできる。そのうえ、今日、女王である母から命令を受けると知っていたからだ。きっとここに乗り込んでくると待ち構えていた。
想像通りでむしろ笑ってしまう。
ラナウィは叩きつけられた命令書を見つめて、不思議そうに首を傾げた。
そこには、母にお願いしたようにラナウィの配偶者となるように書かれていた。半年間は婚約期間を設けるなど細かい条件も入っているようだが、ようやくすれば、ラナウィと結婚しろという命令だ。
「お茶の時間は静かにするものよ」
「ふざけるな、女王陛下からこんな命令書をもらって礼儀正しくいられるか。俺は断っただろ。なんで俺なんだよ」
「決まり事に、変更はないわ」
「いや、お前は好きなヤツと結婚するんだろう。それはどうしたんだよ」
「それは別にいいの」
ラナウィが想っていても、バルセロンダに疎まれているなら仕方ない。
それ以上我儘を言っても仕方がないのだ。
「よくないだろ。なんなら、撤回して――」
「バルセロンダ、これは女王の命令なのでしょう。仮にもこの国の騎士なら、受け入れなさいな」
「お前らは本当に気持ち悪い!」
青い顔をして震えているバルセロンダのそんな表情を見たのは初めてだ。
ひたすらに衝撃を受けた。
そんな顔をするほどに、嫌なのか。
わかっていた。
わかっていたけれど、傷つかないかと言えば嘘だ。
本当に腹立たしい。
どこまでも愛しくて残酷な人。
人の感情などどうにもならないというけれど、自分の我儘だとわかっているけれど、悲しくないわけじゃないのに。
「覆らないわよ、諦めて。旦那様?」
泣き笑いのような顔でも、精一杯に微笑む。
笑顔を作ることだけが、ラナウィの矜持だ。
バルセロンダには決して伝えないけれど、一年の間だけという期限もある。
少しでも彼と過ごせる未来を思い出にしたい。
そんなささやかな願いさえ叶えてくれない彼が悪いのだ。
本当は、自分に大人な彼を振り向かせるだけの魅力がないことが問題なのだけれど。
最初から拒否されていて、問題外とつきつけられていて、頑張れるほどラナウィの心は強くないから。
我儘のフリをして、納得できるフリをして、自分の心を護っている。
愚かな子供に惚れられたものだと、大人なのだから諦めてほしいものだ。
初恋を上書きしました マルコフ。/久川航璃 @markoh
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