第41話 困った幼馴染み(レジオル視点)
「いつまでも寝たふりしてんじゃねぇ」
レジオルは寝ているバルセロンダの腹に拳を叩きつけた。
わかってはいたが、あっさりと受け止められて、苛立ちを晴らすこともできない。
「何やってんだ」
「姫も言ってたろ、極秘任務だよ」
ぱちりと目を開けて体を起こしたバルセロンダは、そのまま頭を掻いた。やはり眠っていたわけではなさそうだ。なぜ狸寝入りなんて王女の前でしていたのかはわからないけれど、相当前には起きていたと感じる。
興味もなさそうな一言で、簡単に片付けられるのは気に食わない。
「ああ、そうかい。その極秘任務で死にかけてりゃ世話ないけどな。お前が突然いなくなった後、俺がものすごく困るとか考えなかったのか」
「死ぬとは思わなかったな。まあ、あいつらがいるし、どうにかしてくれただろう。実際に俺は生きてるから、どうにかしたんだろ」
「ものすごい信頼だな」
レジオルがからかえば、バルセロンダは顔を盛大に顰めた。
これはきっと無自覚だったんだな、と幼馴染みの態度に呆れた。無意識に、彼は彼女たちのつながりを見せる。
辺境の田舎町の出身の幼馴染み。幼少期など碌な生活をしていない。故郷では死ぬと思って王都に死に物狂いでやってきても、底辺の生活は変わらなかった。
レジオルは金持ちが嫌いだ。必然的に貴族も嫌いだ。過去に散々な目にあったのも、金と権力のせいだった。
バルセロンダも同じ境遇で、同じ価値観だったはずなのに。
あの三人に近づいてから、どこかおかしくなってしまった。
「闘技会なんてすごい騒ぎだったぞ。最後にはでっかい蛇まで現れてさ。ほんとなんかの劇を見せられてる気分だ。女王陛下は優勝者への褒章だって話してたけどな、そしたら騎士たち使って観客を避難なんてさせないだろ」
「ふうん」
「優勝者はあのボーチだが、どうするつもりなんだ」
熊虎騎士団の団長の子飼いが魔法士も倒して優勝したとなれば、団長がより大きな顔をするのは目に見えている。
「女王陛下が配慮してくれるさ。俺たちが関わる話じゃねぇだろ」
バルセロンダは倒れた後のことなど興味はないのだろう。終わった話だと、彼の中でも片付いているのだ。
しかたなく、レジオルは話題を変える。
「しっかしお姫様ってのは強烈だな。あれが十歳の子供の圧力かよ。そこいらの上役の豚じじいどもにも見せてやりたいほどの貫禄だぞ」
物語に語り継がれるほどの『魔女王』の後継者たる翠銀色の髪に、暁色の瞳。
まだ十歳というのに、清楚さと可憐さを併せ持つ凛とした姿には、貴族嫌いのレジオルでさえ見惚れた。だというのに、口を開けばそこらの古狸よりも老獪だなんて、何がどうなってあんなことになるのか平民の自分には全く理解できない。
「な、子供なら子供らしく好きなら好きだっていえばいいのに」
「ん? お前、お姫様に告白でもされたの」
「ふざけんな、俺のわけないだろうが。あいつには立派な想い人がいるんだよ」
吐き捨てるように告げたバルセロンダは、ものすごく不機嫌そうだ。
ラナウィと関わるようになってから、よくこんな顔をするようになった。
腹の内にため込んだ苦い塊を無理やり飲み込んだかのような。
「なんで、いつまでもウダウダしてんのか……どうせ迷惑かけたくないとか責任をおしつけたくないとかそんなことなんだろうけど、ガキのくせにほんと気持ち悪い」
「バルスは、ほんと不敬だな」
あんなに現実離れした美少女を主君に持つくせに、まったく態度を変えない。
実際にラナウィにも告げたことがあると聞いた時には卒倒したけれど、それでも罰せられなかったところは謎だ。バルセロンダの場合、そんなことで処刑していたら、命がいくつあっても足りないと判断されているのかもしれないが。
不敬だと騒ぎ立てる貴族を散々脅して回って狂犬扱いされているからかもしれない。
なんにせよ、平民が小隊長の地位までついている男の実力は本物なのだ。
誰にも手を出せないほどの、他者を圧倒するだけの力がある。
だから貴族から嫌がらせの口封じに暗殺者を差し向けられても、こうして生きている。
「ま、お前がバカやるのは今に始まったことじゃないけどな。勝手にいなくなるのだけは勘弁してくれよ」
「はいはい」
「休みももらったんだから大人しくしてろよ、お前の大事な姫からのご褒美だろう」
「休みなんていらねぇよ、知ってるだろ」
大事な姫ってところは否定しないんだよな、とレジオルは苦笑する。
なぜかバルセロンダは姫の想い人が自分ではないと考えているようだが、眠っている彼を見つめていたラナウィの思いつめた横顔を思い出せば、頭から否定しづらいものがある。
だが、レジオルはわざわざ指摘しなかった。
金持ちも権力者も大嫌いだからだ。
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