第16話 三人目の婚約者候補
ラナウィは五歳になって婚約者候補と顔合わせしたあの日から、『箱庭』に建てられた小さな家に住んでいる。もちろん侍女などを伴っているので、王城に与えられた自室で過ごすのと変わりはない。
そこに婚約者候補が集うのは週に一回である。顔合わせから始まって、徐々に滞在時間を増やし、お互いを知っていこうという筋書きだ。
そして、初顔合わせから一週間後の昼下がり。
眠たくなるようなポカポカ陽気に包まれて、お菓子や季節のフルーツが並べられたテーブルについた彼女は、三つの頭を見つけて、隣に並ぶ母を見つめた。
「母様、一人増えていますが?」
「母様はがんばりました! もちろん『箱庭』には認識阻害の魔法をかけているので、皆の顔はぼんやりとしか覚えていないし、誰がいるのか思い出そうとしてもよく思い出せない状態よ。もちろん指向性ももたせているから、当事者たちは解除できるようにしているから。だって婚約者候補同士が認識できないなら、話にならないものね。だから、貴女たちにはなんの問題もないわ!」
胸を逸らせて、褒めてと顔をそびやかす母に、ラナウィは冷めた視線を向けた。
「指向性をもった認識阻害の魔法がすごいのはわかりましたけれど。あの、あちらのお方は震えておらるように見えるのですけれど」
「そこは気にしないで!」
「いやダメでしょう!?」
見慣れぬ少年を挟むように左右にいるヌイトゥーラが優しく話しかけ、ハウテンスは彼がいつ倒れてもいいように見守っている。
「どこのどなたをお連れになられましたの」
「サンチュリ・フォル・バアウ、僕の従兄だ。今年十歳になるから、一応は騎士見習いの予定はあるんだけど……」
十五歳で成人するものの、何かの職業を選択して見習いとして働くのは十歳になってからだった。騎士見習いになるということは剣はそこそこ扱えるのだろう。
ハウテンスが説明してくれるが、亜麻色の髪をした少年は真っ青な瞳に涙まで浮かべている。これで騎士見習いかどうかは別にして、性格的に明らかに本人がやりたがっていないことはわかった。
そもそも一週間でそんな近場で見つかったのなら、最初から見つけているはずだ。どう考えても偽物を用意したとしか考えられない。だからこそ、『箱庭』に認識阻害の魔法をかけているのだろうから。
どうせ紋章は見えないところにあるとでも言い張るつもりなのだろう。偽物であるのはまるわかりなので、あまり自信たっぷりに来られるのも問題だが、今にも気絶しそうなほどに怯えているというのも可哀そうすぎてみていられない。
無理強いしたのは母だろうか。まさか、宰相だろうか。
人の良さそうな顔をしていたが、一国の宰相だ。腹黒いと相場が決まっている。というか、巷に溢れている物語だとそういう感じだ。
「事情を説明したら快く引き受けてくれたと聞いたけれど?」
母が不思議そうにつぶやけば、びくりと体を震わせた少年は、必死で縦に首を振った。これはまた何かを人質にとったに違いない。また命だったりしたら本当に、どうしてくれようと頭を抑える。
「とにかく、これで全員揃ったわ。仲良くしてちょうだいね」
母は一仕事を終えたとばかりに、四人を残して去っていった。
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「本当に、申し訳ありません……!」
テーブルに向かって深々と頭を下げた年嵩の少年に、ラナウィはひたすらに申し訳なくなる。
「むしろ謝るのはこちらのほうだと思うのだけれど、間違っているかしら」
「ラナウィの意見に賛成ー、どうせ父上がサンを脅したんだろう?」
「それも契約で言えないんだ……」
力なくサンチュリが渇いた笑いをあげた。
「んん、僕たぶんそれ解けると思うよ?」
「ヌイト、本当?」
「うん。契約の気配がするんだよね。こう、紐みたいにぐるぐる縛ってるの。一週間前に使った魔法陣とは質が落ちるから、たぶん上級魔法陣だね。特級はやっぱりとても慎重になる必要があるけれど、上級なら格段に落ちるんだよ。しかもこの人の場合は、なんか焦ってたのかすでに綻んでるから簡単だね」
「さすが『魔道王』の後継者!」
「えへへー」
照れている姿もとても可愛らしい。
お嫁さんにしたい少年ナンバーワンである。
ハウテンスと頷き合っていると、サンチュリが瞳をキラキラと輝かせた。
「本当ですか、ありがとうございます!」
「だけど全部解いてしまうと相手に気が付かれるんだよね、どうしようかな」
「罰則の部分だけ解くことはできるか。サンには悪いけれど、三人目が必要なのは確かなんだよ」
ヌイトゥーラが困ったように告げれば、一瞬考え込んだハウテンスがすかさず提案した。
「うん、それならいいよ。三英傑の後継者だなんて恐れ多いけど、罰則が本当に
怖かったんだ。何を話せば禁則事項にひっかかるのかもわからなくてほとんどしゃべることもできなくて……」
「それは大変でしたね。ヌイトできるかしら?」
「大丈夫だよ、僕に任せて!」
ヌイトはうーんと虚空を見つめて、いくつかの呪文を唱えると、ぱちんと指を鳴らした。
ぽわっとサンチュリアが淡く光って、また光が収まる。
「これで、おしまいだよ」
「すごい簡単に見えるけど、普通は他人の魔法なんてどうこうできるもんじゃないから」
「本当にヌイトはすごいですね」
「ありがとうございます、ありがとうございます……!」
「ちなみにサンの罰則ってなんだったの」
「二度と剣が持てないこと。僕、そんなに強くないけど、剣が好きなんだよ。だから、必死でやってきて、ようやく騎士見習いにもなれそうだったのに……」
「うわ、そのえげつなさ、絶対父上が制約かけたなあ。本当にごめん、あの人、そういうところは手段を選ばないから」
優しそうに見えても、一国の大臣というところだろうか。
「うん、おじさんが厳しい人だって知ってるし。僕も父上も絶対に逆らえないから……でも、もし破ってしまったらと思うと本当に怖くて……だから、ありがとうございます」
サンチュリはもう一度丁寧にヌイトゥーラに頭を下げた。
「ヌイトって呼んでね。僕たちは仲間なんだから」
「そうよね、お茶会仲間だものね」
「ラナウィの婚約者候補だけどねー」
「毎回、まったくそんな雰囲気にならないのが不思議ですわね」
「大人たちがいろいろやらかすからだろうねえ」
肩を竦めてみせたハウテンスに、ラナウィは思わず力いっぱいに同意した。
「ですよね、本当に! ですから、サンチュリも気楽になさって?」
「サンと呼んでください。気楽っていうのはちょっと時間がかかりそうですけれど、よろしくお願いします」
「ラナウィを呼び捨てにできれば、気楽になるんじゃない?」
「そ、そんな不敬なこと!?」
「ここでの立場は皆、同じなので。呼び捨てで構いませんわよ」
「ほら、本人もこう言ってるじゃない。それに三英傑の後継者のふりなんだから、もっと堂々としてないと」
「無理に決まってるだろ……!」
サンチュリが悲鳴じみたような声を出したので、つい笑ってしまった。そのまま四人で和やかにお茶会を再開したのだった。
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