第3話 披露宴での決意

正午すぎから始まった結婚式は恙無く終わりを迎えた。

そのまま都をめぐるパレードも終えて戻ってきたのは城内の一番奥にある大ホールである。

窓からは庭園が広がりその周りを深い森が囲んでいる。日も暮れかけた庭園は仄かな魔法の光で幻想的に照らし出されている。出入口は一か所だけ。

大臣をはじめとした高位貴族と他国の王族を招いた披露宴である。兵士たちは警備のために出入口に配置されていた。


白を基調とした婚礼衣装から、華やかな淡いグリーンのドレスに身を包んでいるけれど、隣に並ぶのは美しさ際立つバルセロンダである。侍女一同が気合を入れてラナウィの支度を整えてくれて、揃って感嘆のため息をついてくれたけれど、納得できないのも事実だ。


自然とラナウィの姿勢が伸びた。普段でも決して姿勢は悪くないけれど、今回ばかりは相手が悪い。きっと三英傑の後継者たる彼らの誰を選んだとしても同じように他者からの視線を集めただろうけれど、十五歳の少年たちとすっかり青年となっているバルセロンダでは纏う色気が段違いである。

その隣に色気の劣る平凡地味顔が並ばなければならないとか、なんの拷問だろうと内心でうちひしがれているが表情には一切でない。


次期女王教育の賜物である。

だというのに隣に並ぶ男は、ラナウィの緊張を取り違えている。


「おい、いい加減に機嫌をなおせよ。遅れたのは仕事で仕方なかったって言ってるだろう」

「今は話しかけないでくださいます?」


努めてにこやかに告げれば、バルセロンダはぐしゃりと髪をかき上げた。セットされている髪型が少し崩れたところで、彼の美しさが損なわれることもない。むしろ多少乱れた姿の方が色気が増した。


なんと心臓に悪い男であることか。


銀糸をふんだんに使ったダークグレーの衣装は、彼の魅力を十二分に引き立てていた。どうせ、何を着ても似合うに違いない。知っていたけれど。


「お時間です」


大ホールに急遽作られた控え室から垂れ幕を持ち上げて、従僕が顔をだした。

声に促されて、バルセロンダの腕に手をのせる。


「こんなところで、口論だなんてお互いに醜態をさらしたくはないでしょう?」


昼間に控室で平手を打ちをかましたが、バルセロンダの腫れた頬ですらヌイトゥーラが綺麗に治しているので、傷一つない。整った顔は憎らしいくらいだ。


ふんと鼻を鳴らして彼は同意した。

二人で並んで表に出れば、歓声があがる。そのまま人々の間を縫うように挨拶をして回るのだ。

一番初めは王族から最も近しい家からになる。血筋のつながった公爵家は三つだ。その中にはハウテンスの家も含まれる。だが、友好的な家ばかりでないのも事実。

そのうちの一つ、テリア公爵の前で止まれば、彼は嬉しそうに笑顔を浮かべていた。


「おめでとう、ラナウィ。とても綺麗だね」


大叔父となる彼とは、いつしか疎遠になってしまった。それというのも同じ年の娘がいるからである。可憐な娘はラナウィを敵視しており、周囲も好敵手であるとみなすことが多い。次期女王候補の一人でもある。

そんな大叔父自慢のエルゥミは、淡い桃色のドレスを身に着けて目を伏せていた。


次期女王としての教えは厳しく、王族の務めよりもはるかに過酷だ。三つ年の離れた兄はいつも男でよかったと胸をなでおろしていた。『魔女王』を尊ぶこの国では、王位継承権を得られるのは女性だけだ。昔をさかのぼれば男性でも王位についているが、自然災害が多発したとかで早々に次代へと王位を譲っている。


幼い頃は何度も涙したけれど、最近はその悔しさをばねにしているところもある。基本的に負けず嫌いなのだ。


「まさかいわくつきの『剣闘王』の後継者を伴侶に選ぶとは驚いたけれど、また女王への道に近づいたんだね」


彼は娘を溺愛しているけれど、盲目的ではない。ラナウィにも女王への道は険しいけれど、精進するようにと助言をくれていた。大叔父の今の言葉には、裏がないと思いたい。いわくつきというのを聞き流して、にこやかに微笑んだ。


「ありがとうございます。初めて会ったときから彼に惹かれていたのです。とても嬉しいですわ」

「あら、最初の『剣闘王』の後継者は彼ではなかったと聞いていましたが?」


顔をあげたエルゥミが可愛らしく小首をかしげて見せた。けれど愛らしい仕草も、彼女が行えばどこか歪に見える。


「まさか、そのようなことがあるはずがないでしょう。おかしな噂をお聞きになられましたのね?」

「そうかもしれませんわね。ルーニャ卿は平民でもありましたから、口さがないものがあることないこと話しているのかもしれませんわ」


バルセロンダは、もともとバルセロンダ・ルーニャという名前だった。そこにカタデ伯爵の称号を与えたのだ。もちろんラナウィと結婚するためである。それがわかっていてあえてルーニャ卿と呼ぶ彼女は底意地が悪い。


ちなみに討伐隊を率いていた彼の一団を黄色の鷲獅子団として格上げもした。新しい団の制服も作ってみたが、一度も彼が着ているのを見たことがない。

控室に現れたときだって、昔の隊服を着ていたのだから。


バルセロンダは不機嫌にしていただけで、嫌とは言わなかった。けれど、何度もラナウィに結婚していいのかと尋ねてきた。

それを毎回律儀に突っぱねてきたのはラナウィだ。


次期女王としてただひたすら邁進してきた日々。両親にすら泣きついたこともない。もちろん我儘など言ったこともなかった。そんなラナウィが、一つだけ我を通した。

『魔女王』の後継者と目された膨大な魔力を内に秘めた、奇跡のような存在。

彼女の想い人にしか、その力を授けられない――。


そんな古の盟約を盾にして、ようやく一つだけ叶えたこと。

多方面に迷惑をかけて、それでも仕方ないのだと意地を張って。そんな少女の夢みたいな儚い願いを、あざ笑われている気がした。


エルゥミは自信ありげに、内心で怯んだラナウィを見つめた。


「三英傑の後継者が見つからずどこの誰とも知らぬ者と婚姻を結んだだのと噂されては、女王の資質が疑われますものね」

「なにを――」


彼女が何を言わんとしているのかラナウィにはわからなかった。

何かを言い返そうとして口を開いた途端に、隣にいたバルセロンダが強くラナウィの腕を引いた。


「くだらねぇ、行くぞ」

「え、ちょ……待っ――」

「ああいう手合いは相手するだけ無駄だ。ほら、時間もないだろうし、全員に挨拶しなきゃいけないんだろう」

「でも……っ」

「お前が誰よりも次期女王として頑張ってるのはわかってるから、胸張ってろ」


――なんで、そんな見てきたように言うの!


十年以上も三英傑の名乗りを上げなかったくせに。

ラナウィの婚約者候補なんて興味ないなんて言ってたくせに。

いつでも婚約を白紙に戻していいと迫ってきたくせに。


こういうときにさらりと助けてくれるのは、やっぱりバルセロンダなのだ。


だから、ラナウィは固く決意した。

ヌイトゥーラからもらった魔法薬は何がなんでも飲み干してやる、と。

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