第38話 閉会の辞

ぱかりと口を開けた大蛇は、剣を構えていたベルジュを一飲みした。


それはあっという間の出来事で、誰にも止めることはできなかった。

もぐもぐと間抜けな咀嚼音が怒号と悲鳴に混じって聞こえてくる様はシュールだ。


「姫様、これはもしや息子の仕業ですか?」


杖を構えていた魔法局長が、茫然としたようにラナウィに問いかけてきた。

警戒はしつつ、事態の滑稽さに頭がついてこられないのだろう。

近衛長は女王を背に庇いながらも、ラナウィの答えに注視しているのがわかる。


ラナウィだって頭が変になりそうな点は同様だけれど。


ハウテンスから説明をされていたけれど、頭がうまく働かない。

現実を受け入れたくなくて拒否しているようだ。


「呪いを解くために必要なことをすると言われていました」

「彼は呪われていたのか? では、これが呪いを解く、と?」


普通は人が呪具などとは考えない。確認されたところで、ラナウィにはたぶんとしか答えられない。

目の前の金色の大蛇がベルジュだけを狙ったのだから、ヌイトゥーラの仕業と考えられる。けれど、おいしそうにもぐもぐしている蛇の姿に、ベルジュは本当に大丈夫なのかと心配にもなる。

ヌイトゥーラは、安心安全でベルジュも助かると太鼓判を押していたけれど。


「一体、何が起きているのか説明していただけますか」

「私だけではわからないから、ヌイトとテンスも呼んでくださいね」


魔法局長の表情から、ラナウィは神妙な顔をして頷いた。

お説教を一人で受けるだなんて、御免だ。

そもそも考えたのはハウテンスで、実行したのはヌイトゥーラなので!


しばらくもぐもぐとしていた大蛇はべっとベルジュを吐き出すと、かっと発光して光の粒となって消えてしまった。

とても満足した表情だった。


「母様、大丈夫ですか?」


ラナウィは光に見惚れてしまったが、はっと我に返って近衛長の後ろにいる母に声をかけた。

ぱちくりと目を瞬かせた母は、状況を把握できていないようだ。


「あら、ラナウィ? 舞台に上がってきてしまったの。それに、なぜ優勝者は倒れているのかしら」


周囲を見回してしきりに首を傾げている。

正気に返ったようで何よりだ。呪いは解けたとみていいだろう。


「子供たちが助けてくれたようですよ。詳細は別室で聞きましょう。その前に闘技会の閉会を伝えなければなりませんね」


観客たちは逃げることはやめたようだが、混乱しているのは伝わってくる。

突如現れた大蛇が、消えたのだ。

何が起きたのか、本当に脅威は去ったのか、戸惑っているのだろう。


魔法局長の言葉に促されて母はためらいつつ、頷いた。


「優勝者への余興として祝福を与えたというのはどうでしょうと、テンスが話していました」

「それは、あんまり優勝者になりたくないと思われそうですね」


ラナウィの提案に、床に転がって気絶しているベルジュをちらりと眺めて、近衛長がははっと乾いた笑いを漏らす。

確かに優勝者が大蛇に飲み込まれるだなんて、褒章の一部で祝福を与えたと言われたところで辞退したい。

まったくもって同感ではある。


ハウテンスも何が起きるのかわかっていなかったに違いない。

ヌイトゥーラは解呪できる存在を召喚するとしか話していなかったので。


この後、魔法局長が魔法で拡声させた女王の閉会の挨拶が、風にのって王都へと響き渡るのだった。

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