第50話 婚約者の選択
「ラナウィ、少し待って。ルニア、お茶を淹れてきてもらっていいかな。姫様も戻ったばかりで喉が渇いていると思うから」
ハウテンスが冷静に口を利くのを、ラナウィは怒りの眼差しで見つめる。
だが、ルニアが困っている様子を見て、自分付きの侍女にお願いする。
「そうね、全員分をお願いするわ」
「は、はい、只今!」
ルニアははじかれたように俊敏に部屋から出て行った。
四人だけになった部屋で、ラナウィはバルセロンダの背中から降りた。
彼の正面に回ってどんな顔をしているのか見てやろうと思ったのだ。
「どうしてバルセロンダの首に剣の紋章があるの。貴方、ずっと隠していたわね」
「本当に、バルス兄が『剣闘王』の後継者なの?」
「二人の紋章と同じような形に見えたわ。母にも確認してもらうけれど、間違いはないと思う」
「手癖の悪い姫様だな、男の髪を勝手にかき上げんなよ」
「ふざけないで、バルセロンダ! 言い逃れができる状況だと思ってるの」
「言い逃れ? なんで俺がそんなことする必要があるんだ」
バルセロンダは飄々と答えた。
なんの屈託もない様子に、むしろ不信感を覚えたのはラナウィだ。
「国中で『剣闘王』の後継者を募ったわ。剣の紋章を持つ者は名乗り出るように、とね。もう十年以上前からよ」
「興味がない」
「興味がないですって?」
そんなことで許されるのか。
本当に?
問い詰める声が怒りで震えてしまう。爆発するかのような感情の嵐を抑えることは、いかに時期女王として鍛錬をしているラナウィとて難しかった。
「三英傑とか婚約者とか、俺は別にそんなもんに興味はない。名乗り出たところで、なんだっていうんだ。姫様の婚約者候補として茶会に出ろって? 冗談だろ、御免被るね。魔獣をぶっ殺してるほうが性に合ってる」
「そんな……」
「まあバルスらしいよね」
「テンス! 貴方、知っていたわね?」
なけなしの虚勢はすぐに崩されて勢いを失う。けれど、負けるわけにはいかない。
やけに冷静に対処している幼馴染みに怒りの矛先を向ければ、彼は小さく肩を竦めて見せただけだ。
「知らなかったよ。ただ、『箱庭』にかけられた指向性を持つ隠蔽魔法がバルスには効かなかったからね。おかしいと思っていただけさ。だって三英傑と婚約者候補以外にはサンは認識できないはずだからね。『箱庭』の警備隊長だからかと思ったけれど、前任者はそんなことなかったからさ。となると考えられる答えは一つだよね」
五歳の時に『箱庭』の隠蔽魔法について女王である母が簡単に説明していたが、ハウテンスはそれを覚えていたのか。ラナウィは指摘されるまで、そんなこと考えもしなかったというのに。
ヌイトゥーラに視線を向ければ、必死で真横に首を振られた。
わかっている。別にヌイトゥーラに裏切られたと考えたわけではない。ただ、何かに縋らないと膝から崩れ落ちそうな不安を覚えた。同じように驚いてくれるヌイトゥーラの存在はただただありがたい。
乱れた感情を必死で整えて、思考を働かせる。
なぜその疑問をハウテンスは一度も口にしなかったのか。
「なぜ黙っていたの」
「バルスが口にしないからだよ。何か意図があるのかと思って。だけど深読みしすぎたみたいだ。なるほど、興味がないとは考えなかったな」
「感心してる場合なのっ!?」
「まあ、こうやってばれたわけだし、これからどうするか考えるべきじゃないのかな。これで三英傑は全員揃ったことになる。ラナウィは婚約者を誰に選ぶんだ?」
ハウテンスはどこか意地の悪い笑みを浮かべて、ラナウィに静かに問いかけた。
混乱していた頭がすっと冷えた。
揃ったからには、婚約者を選ばなければならない。選択肢に長年片思いしていた相手が加わったのだ。つまり、選ぶ相手は決まっている。だというのに、選べなくなってしまった。
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