第9話 厄介事

「なんで、ラナウィが結婚してからもこうして『箱庭』に集まってるんだろう?」


ハウテンスが『箱庭』の東屋で、頬杖をつきながらぼやいた。結婚式以来ではあるので、実に四日ぶりの再会である。もちろん、彼には変わった様子はない。その横でハウテンスを魔法で呼び出したヌイトゥーラが困ったように笑った。


「彼らの新居が『箱庭』になるからじゃないかな?」


ヌイトゥーラの指摘どおり、ラナウィは結婚したというのに、婚約者候補を集めていた『箱庭』で生活をしているのだ。バルセロンダがとくに頓着せずに、こちらにやってきたからだ。何より、魔獣討伐に出れば数どころか数か月戻ってこない夫が、王城が安全だと判断したからでもある。

バルセロンダはそう説明していたけれど、彼が独身時代に構えた屋敷はまだ王都に存在しているし、使用人たちも整理せずにそのまま仕えていることを知っている。なんなら、出て行ったバルセロンダがそちらで生活していることも知っていた。


「まあテンスがぼやく気持ちもわからなくはないけれど、僕ら婚約者候補から外れたとしても、幼馴染みではあるから。友人が困っていたら助けてあげようよ」

「ヌイトはほんと、ラナウィに甘いよなあ。僕、大臣付補佐官の仕事中だったんだけど」


王城に出仕しているハウテンスだからこそ、ヌイトゥーラが呼び出せばすぐに『箱庭』にやってくることができたわけだ。


「それを言うなら、僕だって魔法局の仕事をお休み中だもの。明日からはきちんと行くけれど」


顔が腫れていたから、家から一歩も出してもらえなかったとヌイトゥーラはやれやれと肩を竦めた。

一通り事情を聴いていたハウテンスが嘆かわしいと言わんばかりに、ため息を吐く。


「それで、正解だよ。あんな狂信者の塔に、頬を腫らした顔で出てみろ。バルスなんて二度と見られない姿にされるから」

「き、狂信者の塔……?」

「今の魔法局って『愛でて崇めて奉ろうの会』――通称『ヌイト教』の巣窟だから。ラナウィもくれぐれも注意するように」

「なんだよ、それ。大げさだなあ」


ヌイトゥーラはのほほんと笑っているが、ハウテンスが震えている。


「大げさじゃない! ヌイトが入局したときなんか、大歓迎ぶりが城にまで伝わってきたんだからな!」

「ああ、あの時季外れのお祭り……」


花火は上がるわ、夜空に広大なライトアップをするわ、巨大な金色の竜が現れた時は王城が大変な騒ぎになったものだ。


「え、新人歓迎会でしょ。どこもやっていると聞いたけれど……?」

「毎年あんな騒ぎになってるんだったら、あの日の城内があれほど混乱するはずないだろう!」


ちなみに、パニックになった城内では新人皆が駆り出されて方々の騒ぎを沈めて回ったらしい。出勤一日目にしてハウテンスはすごく苦労していたのは覚えている。

その時のことを思い出したのか、彼はひどくげっそりとした。


「そんな騒ぎを起こさないためにもバルスの機嫌をなおすのは大事だと思うの。ヌイトもテンスもお願いします、もう本当にどうしたらいいのかわからないのよ」

「そこは自分で考えるべきなんじゃないの、ラナウィ。新婚夫婦の喧嘩に口出すなんて馬に蹴られそうなやつじゃないか」

「そんな甘くないし、冷たいこと言わないで!」

「だって、結局なんの魔法薬なのかすら僕は知らないわけだし」


ハウテンスがどこか拗ねた様子なのはそれか、と思い至りラナウィはヌイトゥーラに作ってもらった魔法薬の効果について説明した。

説明したけれど、呆れないことと何度も念を押してからだ。


だというのに、話を聞いたハウテンスは物凄く呆れた顔をした。


「え、それ、本気で言ってる……?」

「本気なんだよ、ラーナは。頼み込まれたから仕方なく作ったけれど」

「相変わらず『魔道王』の後継者はえげつない魔法が使えるってことはよーく理解できたけれど。ちなみに、今すぐに効果を消すことはできないのか?」

「効果を消すことはできないんだ。時間がきて切れるのを待つしかないんだよ。なんせ心に作用する魔法薬は特級魔具と同じだからね。複雑すぎて何がどう作用しているのか、実はよくわからないんだよね」

「そんなものを人に飲ませたの?」


若干、不安になりつつラナウィがつぶやけばヌイトゥーラもへにょんと眉を下げた。


「ラーナに頼まれなければ絶対に作らなかったよ。どうしてもって言うから、作ったんだからね」

「はい、すみません。反省しています」

「なるほど……それで、ラナウィのこの態度か。しっかし時期が悪かったな。ラナウィは結婚休暇中だから聞いてないかもしれないけれど、隣国のラウラン公国の公子がまだ王城に滞在しているって聞いているかい?」

「第二公子でしょう、本当にしつこい人よね」


サルバセ王国の右隣に位置するラウラン公国は帝国の属国ではあるが、永世的な自治を認められている。そこの大公一家には王国の何代か前の王族が婿に入っていて親戚に当たるのだが、昔から『魔女王』の加護を求めてラナウィの王配の座を狙っていた。

それを三英傑でないと結婚できないからと突っぱねていたのだ。


「まだ、諦めていないということ?」

「王城に滞在する理由がそれしかないからね。まあ建前は公国に技術者を招くための下準備として王都の職人街を視察したいそうだよ。ただ、その案内をラナウィに頼みたいと指名しているらしい」


サルバセ王国は技術者を抱える技術大国である。

職人たちを大切に保護しているが、一方で技術の流出が起きないように気を配っている。けれど、ラウラン公国は親戚顔してその技術提供を求めてきたのだ。


執拗な頼み込みに、一部の技術提供ということで折れた。

そのかわりに公国からは材料を無料で提供してもらうことで取引が成立している。


「ただでさえ注意しなければいけないというのに、厄介なこと極まりないね」


虚空を睨みつけながら、ハウテンスが盛大にため息を吐いた。

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