第7話 お知恵を拝借

「ごめんなさい!」


自宅の応接間で、華麗なるスライディング土下座を繰り出して、ラナウィは床に頭をこすり付けた。

長い翠銀色の髪が床についているが少しも気にならない。なんなら、次期女王がする行動ではないが、それすら気にしない。

ここは何としてでも相手の怒りを鎮めなければならないのだから。


目の前にはソファに座って優雅にお茶を飲んでいるヌイトゥーラがいる。

深緑色のローブをまとった美少年である。十六歳という同じ年齢であるけれど、人外の美貌はもはや時を感じさせない。


同じ年の幼馴染みであるので、昔から見慣れているはずだが、見とれないことはない。黄金色の長いみつあみも、若草を思わせる瞳もどこまで美しい神の芸術品である。


それが、それが、だ!

白皙の美貌が、今は崩れている。

神をも畏れぬ大罪だ。


彼の右の頬が青黒く腫れている。

それをやったのが四日前に自分の夫になった男だなんて、震えるしかない。

そのうえ、ヌイトゥーラが屋敷に殴り込みに来なかった理由を問えば、結婚休暇中の新婚家庭にお邪魔するのがはばかられたからとか言う理由だった。もう申し訳なさ過ぎて頭を下げる以外の方法がない。

なぜなら夫は四日前に出て行ったきり戻ってこなかったのだから。つまり結婚休暇にただ一人で過ごしているのだ。


さらにさらに、彼が殴られた原因を作ったのは、ラナウィだという。

ヌイトゥーラが言うのだから、全面的に自分が悪い。もう悪くないとかなんとか言ってる場合ではない。絶対的に自分が悪いのである。


これはもう次期女王だろうとなんだろうと謝罪一辺倒しかない。


「なんで、こんなことになったの」


お茶を飲んでいたヌイトゥーラは、カップを皿に戻してため息ついた。まだ痛みがあるのだろう、多少顔を歪ませて尋ねてくる。些細な表情の動きだが、心臓に深く突き刺さった。


この美貌を損なわせるなんて!


「なんでこんなことになったのか、ですって?! それは私が知りたいことよ。本当に、ごめんなさい!」

「謝罪はもういいよ。説明してくれる?」

「説明するのは吝かではないけれど、本当に怒っていない?」

「怒っているかどうかといえば怒っているけれど、それよりなんでこんなことになったのか本当に不思議なんだよね」

「そう。でもね、ヌイトも悪いと思うのよ」

「ラーナ、もちろん反省してるんだよね」

「も、もちろん!」


いつもの調子で相手を詰れば、あっという間に形勢が逆転した。


冷や汗を拭いつつ答えれば、彼は手を振って立ち上がるように促した。

ラナウィは、彼の向かいにおずおずと座って腕を組む。


「とにかく、その傷を治してください。もう胸が痛くて仕方がないので」

「キミに見せられて満足したから、治すけれど。実は痛みは遮断してるから、見た目ほど苦痛はないんだよ。時々ひきつる感じがして顔を歪めちゃうけど。でもお父様に泣かれちゃって。実はこの三日間で僕も疲れちゃったんだよね」

「それは重ね重ねご迷惑を……」


ヌイトゥーラはすでに成人しているけれど、いまだ実家暮らしである。

ちなみに彼の父親は魔法局長であり、現在、王国の中で最も魔法に秀でた人物とされている。そして愛息子を溺愛していることで有名だ。


「バルス兄に呪いをかけるって意気込んでたから必死で宥めたんだ。だから彼の安否確認もかねてこうしてキミたちの新居にやってきたわけだけど。本人がいないんだもの、僕びっくりしちゃったよ」

「はい、私も驚いております」

「上手くいっていないのはわかったけれど、どうしてこんなに拗れちゃったんだよ。せっかく特製の魔法薬を作ってあげたのに、役立たなかった?」

「物凄く役立ったわよ、おかげでバルスは大激怒だけど。新婚早々、仕事にかこつけて戻ってこないわ。結婚休暇って何かしらね」


バルス――バルセロンダは、ラナウィの夫になることを最終的には承諾して結婚したはずだった。彼に喜んでもらいたくてヌイトゥーラに魔法薬を作ってもらったというのに。

結局、ラナウィは一人きりだ。


「いや、それ役に立ってないよね?  二人が仲良くなるようにって作ったはずなんだけど、なんであんなに怒ったんだろう。別に体に害のあるものでもないんだけどな。確かに多少はキミに影響を与えたかもしれないけれど。バルスって愛称では呼べるようになったんだね、つまり薬は成功してるってことだろうに」

「魔法薬の効果にはなんの問題もないの。むしろ効果絶大だわ。飲んだ日はうまくいったと思うのよね、バルスはとても慌てていたけれど優しかったし」

「詳細は割愛してくれると、僕はとても嬉しいかな……」

「え? まあよくわからないけれど、とにかく順調だと思ったの。けれど、朝になったら急用で仕事が入ったって言われて出て行っちゃったの。まさか、ヌイトのところに殴り込みに行ってるなんて思わなかったけれど。それから、一度も戻ってきていないわ」

「ううーん、僕にはよくわからないけれど、夫婦のことだからなあ。ラーナが余計なこと言わない限りは大丈夫だと思うんだけど」

「ああ、最初から貴方がバルスと結婚してくれればこんなことにならなかったのかしら」

「え、ラーナってばそんな恐ろしいこと考えてたの……初めて知ったけど。いや、やっぱりおかしいよ。なんでアレで上手くいかないんだろう」

「ヌイト、とにかく悪かったわよ。それでこうしてちょうど困っていたところにやってきてくれたのだから、協力してくれない?」

「それが本音か。今度は何を? 大激怒した彼は屋敷を飛び出して魔獣討伐に行ってしまったんだって聞いたけれど。緊急でもなんでもないらしいじゃない」


やはり知っていたか、とラナウィは項垂れた。


「初夜の翌日に夫が出て行っちゃったら、普通は問題なのではないの? 何が悪かったのか教えてほしいの。それと、どうやったら、夫が帰ってくるのか知恵を貸してちょうだい」






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