第19話 決行、そして

『箱庭』の四回目の顔合わせの当日、警備についていたバルセロンダに声をかけた。

彼はやや端の方を警護していたけれど、立ち方を見ればすぐに見つけることができた。

ちなみに彼に声をかけることを『箱庭』の警護についている隊長には許可をとっているし、彼が今日一日抜けても大丈夫なように警備についてはお願いしている。

そもそも護衛対象たちもこぞって消える予定なので、『箱庭』の警備は厳重でなくても構わないのだ。


「ルーニャ卿、少しよろしいかしら?」


ラナウィは長身の彼を見上げて、声をかけた。

灰色の瞳が静かに自分を見下ろして細められた。


「よろしいですよ、姫様」

「では、こちらにいらしてくださいな」


ラナウィが東屋に向かって案内すると、素直に彼はついてきた。


余裕でいられるのもいまのうちだ。

こういう時は物語ではたいてい言うセリフがあるなあと思い出しながら、ラナウィはそうだとはっとした。


ほえ面かきやがれ――でしたかしら?


けれど、ラナウィが東屋にまっすぐに進もうとするとバルセロンダはぴたりと立ち止まった。


「どうかされましたか」

「用件をお聞きしおりませんでしたので、私にどのような御用でしょうか?」


彼はきちんと敬語が使えるのだなと変なところで感心しながら、ラナウィはハウテンスに言われた通りの言葉を告げる。


「先日は、失礼をしてしまったのでそのお詫びをと思いまして。あちらに見える東屋に用意させているのです」

「お詫びのほどはございませんが。それに他の者に言わせれば私の方が随分と無礼だったとのことですので」

「あら、自覚がおありですか」


他の者とはあの時一緒にいた騎士のことだろう。彼にはラナウィすら同情してしまう。

けれど、ついうっかり口を滑らせてしまった。

彼は瞠目して、面白そうに灰色の瞳を細めた。


「あんた、やっぱり――なんだっ!?」


バルセロンダが何かを言いかけて、体をひょいっと逸らした。

彼の元居た位置を高速の物体が通りすぎていくが、残念ながらそれはただの水ですとはラナウィは答えられなかった。


逸らしたバルセロンダがそのままラナウィを抱えて東屋に走りだしたからだ。

彼は多分遮蔽物の中に入りたかったのだろう。

けれど彼に捕まった形のラナウィは逃げ場がない。どうして護衛対象を置いて彼が東屋に向かうと考えていたのだろう。迂闊だった。


二歩目を踏み込んだ彼はそのまま光に包まれた。

設置型の転移魔法陣が発動したのだ。ヌイトゥーラの自作である。転移魔法陣は中級になるけれど、発動タイミングもばっちりだ。


もちろん、バルセロンダに抱えられていたラナウィも一緒に転移する。

後から追いかけて転移するはずだったのに、一緒に転移しては彼と同じ末路をたどることになる。

人を呪わば穴二つ――ラナウィは心に刻んだ。


怒りで我を忘れたと言えども、やっぱり報復はよくなかった。

たとえ悪戯といえども、だ。


浮遊感のあとの落下に身を任せながら、ラナウィは顔を両手で覆ったのだった。

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