2-5.だいきらい
瑞鶴先輩と加賀先輩に話を聞いてもらった日から、季節は過ぎてった。
出して飛ばすことだけを考えるのに必死だった航空機たちも、やっと自分の意思で飛び回せるようになって、攻撃だってそれなりに的に当てられるようにもなってきた。小ちゃくも、少しずつ自分の成長を感じて嬉しい反面、チラつくのはやっぱり、飄々と余裕そうなアイツの横顔だった。
「七夕……ですか?」
そんな、すっかりこの鎮守府に吹く風も夏色に染まってきた頃、いつものように阿蘇と同じ空間にいるのが耐えきれなくて、食堂だったり皆の使う物のお洗濯とかで忙しくしている鳳翔さんのお手伝いをしてると、そんな単語が飛び出してきた。
「えぇ。あっ、そういえば生駒さんたちはまだ体験したことないんでしたっけ」
「はい。どういうものなんですか、それ」
「七夕っていうのは、簡単に言うと、夜空の織姫様と彦星様のお二人が出会えるように、って毎年お祈りをする日なんです。雨が降っちゃうと会えないんですけどね」
「へぇ……」
あたしが抱えてる洗濯籠から一枚一枚取り出して、竿に引っ掛けていくのを見ながら、「そんなイベントもあるんだなあ」とぼんやりと思い耽る。冬にあったクリスマスとやらは、大本営の研修で吹っ飛んだから、結局あまり分からず終いだったし。
「まあ最も最近は、駆逐艦の子達がはしゃげる良い日になってしまってますけどね。皆思い思いの願い事を短冊に書いて竹に吊るすんです。それだけでも、やいのやいのって賑やかになるんですよ」
「へぇ……」
パッと想像できなくて、さっきと同じような返事をしてしまう。
駆逐艦の子達が元気、っていうのは分かる。見かければ大体同型艦関係なしに、皆集まって元気そうに走り回ったり話したりしてるのはよく見る光景だし、この鎮守府の中でも新入りのあたしたちにも、見かければ駆け寄って挨拶してくれる良い子たちだった。そんな子たちを眺めるのは、あたしの数少ない心和む瞬間の一つ。
「生駒さんも皆さんみたいに書いてみたらいかがですか?」
「え、えぇ?! 私がですか?!」
「えぇ。せっかくこんな機会を試せるようになったんですから、楽しまないと損だと思いますよ?」
「そ、それは……そうかもしれませんけど……うーん……」
素直に楽しそうなイベントだな、とは思う。少ない〝
「ふふ、そんな難しそうに考えなくても良いんですよ?」
「へ? あ、わ、す、すみません!!」
いつの間にかあたしの手から洗濯籠を回収してた鳳翔さんが笑う。
「どんなお願い事でも良いんです。書くことで見えてくるものもありますから」
「そんなもんなんですかね」
「えぇ」
ひと段落したから、という鳳翔さんの好意(?)で、その七夕の笹が飾られているところに連れてってもらう道中、あたしにとっての願い事ってなんだろう、ってぼーっと考えていた。
真っ先に浮かぶのは、早く阿蘇と離れたい、っていうのなんだけど、それはなんというか、色んな意味で縁起が悪い気がするから、多分他のが良い気がする。そうなると、一体何があるんだろう――。
「ここです。もう皆さん色々と書かれたみたいですね」
考えることに夢中になって、危うく鳳翔さんにぶつかりかけた。これが海の上だったら……と思うと、変な冷や汗が流れてきつつ、その肩越しから覗いてみて、思わず「へぇ……これが……」と声が漏れていた。
鎮守府の裏山から頂戴してきたという竹には、色とりどりの飾り付けがされていて、願い事が書いてあるのであろう短冊があちこちにぶら下がっていた。
「そこの机の上に、新しい短冊と鉛筆が置いてありますので、もし気が向いたらぜひ書いてみてくださいね」
「あ、は、はい……」
それじゃあお夕飯の支度をしてきますね、と笑って去っていった鳳翔さんの背中を見送りつつ、どうしたもんかなあ、と一人ごちる。
色々と考えてはみたけど、これと言ってやっぱり思いつかない。いっそ、そのまま誰とは書かずに、ダイレクトに書いてしまっても良いのだろうけど、でもやっぱりそれは良心が許さない。
あれこれ考えた挙句、仕方なく、他の船の皆が、どういうのを書いてるのかをこっそり見せてもらうことにした。きっとこの行為自体も褒められたことではないのだろうけど、場に合わないような願い事を書くよりかはマシだろう――と、
自分に言い聞かせる。
『もっと大きくなりたい!』とか、『皆を守れる存在になりたい』とか、『この生活が長く続きますように』とか、三者三様の色んな願い事を見ていて、そういう小さいものでも良いのかぁ……なんて思っていると、ふと目に入った短冊に、こう書かれていた。
――『同室の姉妹艦と仲良くなりたい』。
他の短冊と一緒で、名前は書いてないから、誰か書いたかは分からない。分からないけど、分かってしまった。綺麗に整ったその字には、嫌と言うほど見覚えがあったから。
散々気に食わなくて、いつも飄々としていて腹が立って、出来ることなら、さっさと独り立ちして離れてやりたい、と思ってる憎たらしいアイツ。だけど、その短冊を見た瞬間に、なぜだか、その時だけは、そんなトゲトゲした気持ちは消えていた。
――そう思ってるなら、あの態度をどうにかして欲しいもんだけどね。
そんな嫌味を一つ込めて、短冊を手に取って誰かが来る前に書き終える。それを、出来るだけ離れた上の方に括り付けて、面倒くさいどこかの妹バカ姉が現れる前に、さっさとその場を離れる。
アイツは今日、それほど難しくないらしい、近海偵察任務に出て、もう少し帰ってこないはずだし、ご飯の時間までは部屋に戻っておこうかな。帰ってきたら、報告を聞きつつ、たまには労いの言葉くらいかけてやっても良いかもしれない。部屋への帰り道、そんなことを思っていたんだけど――
――その日、アイツは帰ってこなかった。
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