2-7.それでも日々は続くから
気が付いたら眠ってしまっていたみたいで、日も沈んで、すっかり暗くなっていた。相変わらずちゃぶ台の上では朧気に宝石が光っていて、それに導かれるように、寄りかかっていた部屋の壁からやっと動き出すと同時に、コンコンコン、と優しくドアをノックする音が聞こえた。すぐに、「生駒さんいるかしら?」と柔らかな声が聞えた。
誰だろう、と思いながら、そっとドアを開けると、「こんばんは、生駒さん」と、その人はにこ、と優しく笑った。
「えっと……摂津……さん……?」
「はい、お久しぶりです。……ちょっと上がっても?」
「え、えぇ……大丈夫、ですけど……」
窓も開けてないから埃くさい部屋を横目に、まさか先輩を無下にすることもできず頷くと、「失礼します」と小さく頭を下げて、部屋に入ってきた。すれ違いざま、ふわ、と美味しそうな匂いがした。
「最近夜お見かけしないな、と思って。おせっかいかもしれないですけど、軽いお夕飯持ってきたんです」
「……ありがとうございます」
言われてみれば、しばらく夕飯どころか、ご飯自体食べてなかった。皆気を使ってか、部屋にも誰も来なかったし、部屋から出る気力もなくて、ずっと閉じこもっていたから。普通の〝人間〟よりは食べたり飲まなくても死なないとは聞いていたけど、まさかここまで平気だとは思わなかった。でも、おいしそうな匂いをかいだら、なんだかお腹が減った気がする。
「あまり一気に食べ過ぎてしまうと、お腹壊してしまいますから、ゆっくり食べてください」
「わ、分かり、ました……」
言われなきゃ、そのままちゃぶ台の上のご飯を掻っ込むところだった。思っていた以上に飢えていた自分に内心で笑いながら、お箸に手をかけて、小さく「頂きます」とつぶやいた。
あたしが摂津さんの持ってきたご飯を食べている間、摂津さんはそんなあたしの目の前で、何も言わず、懐から取り出した本をずっと読み耽っていた。
「あ、あの」
ずっとご飯食べてるのも悪いし……と思って、「あとで食器は返しに行くので……」と言うと、最後まで言い切る前に「良いんです」と摂津さんは笑った。
「今の生駒さん、どこかに消えちゃいそうなので見張っておきます。私のことはいないと思ってもらって」
「えぇ……」
そんな事ないのにな、と思いながらも、まさか「嫌」とも言えず、そのまま摂津さんがページを捲る音を聞きながら、静かにご飯を食べた。久しぶりのご飯はとても美味しかった。
+++
食べ終わっても帰らない摂津さんに、「どうしてあたしの事を気にかけてくれるんですか」と聞くと、少し摂津さんの動きが止まった。
何かまずいことでも聞いてしまったかな、と気になってしまったけど、顔に出てたのか、「あ、ごめんなさい、そう言うことじゃないんですけど」と締め切ったカーテンの方を見つめた。
「私にも、今の生駒さんみたいな時があって。その時、鳳翔さんに同じようにご飯を持ってきてもらって、それがすごく温かくて……。皆がこの鎮守府に集まる前の話なんですけどね」
そう言って、摂津さんは少し寂しそうに笑った。
確か、前の座学の時に聞いた話では、昔は船魂娘は色んな泊地に配備されていた、っていうのを聞いたことがある。今は、静岡の港町にある、この東海鎮守府が船魂娘達の主要な鎮守府で、少数の船魂娘たちが各地に配備されてるとかなんとか。
「そう、だったんですね」
「その時、私も大事な友人たちを亡くしてしまって。一人は亡くなった、というより、私の身代わりになってくれてそれきり、ってだけなんですけど……どこかで元気にしてくれていると良いんですが」
身代わり、と言うところが少し気になったけど、そこは踏み込んじゃいけない気がして、代わりに「その方にお手紙とか送れないんですか?」と聞いてみると「そうなんです」と笑った。
「未だに教えてもらえないんです。教えてもらえない、ということは、どこかでまだ生きてるんだ、って、そう思うようにしてるんですけど……ね」
月の光が朧げに差し込むカーテンの方を見て話す摂津さんを見て、少し心が苦しくなってきたところで、「ごめんなさい、湿気た話をしてしまって」と気にかけてくれたのを、「そんなことないです! こちらこそ……すみません」と俯くと、「そう言う時もありますから」と、横に来て、頭を撫でてくれた。
「こうして〝ヒト〟に近い姿になった今、
「……」
阿蘇を亡くしてから、「こんな事思わなかったら」ってずっと思っていた。こんな苦しいのなら、こんな『心』なんてない方が良い。そんなもんが無かった
だけど。摂津さんのそんな話を聞いて、冷え切ったそんな心が、じんわりあったかくなった気がした。そしたら、枯れたと思っていた涙が、また溢れ出した。
「本当に、大変だったでしょう?」
「はい……」
「今日ぐらいはたくさん泣いてください。ずっと我慢してたでしょうから」
「はい…………すみません……」
摂津さんの優しい声に釣られるように、次から次へ涙が溢れてくる。もう泣けないと思っていたのに、まだこんなに泣けるってことに、少し驚いた。そんなあたしを、摂津さんは、ただ隣にいて、優しく背中をさすってくれていた。
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