1-4.それでも、往くしかない

『誰かに看取られるなら、摂津が良い。だから、お願い、摂津。私を、土佐湾まで連れてって』



『またどこかで逢えたら、その時はまたよろしくお願いしますッ!! 今度は、ずっと、ずっと一緒に――っ!!』



――土佐……。

 土佐がいなくなってから、もうすぐ一週間。あの爆音と、最期の土佐の涙を浮かべていたあの笑顔が、ずっと頭から離れない。

 あの後、どうやって帰ってきたのか、あまり覚えていない。多分行きのルートと逆を帰ったと思うけれど、どこか自分が自分でないような、そんな感覚だったことだけ、辛うじて覚えている。

 呉に帰ってきてからは、幸か不幸か、ずっと非番続きで、部屋に閉じこもっていた。そうして、あの日の事を思い返しては、土佐に対しての後悔と、そして、ぽっかりと心に空いた穴を埋めることも出来ずにいた。

「……」

 むくりと起き上がって、ちゃぶ台の上に置いてある、土佐に貰った形見のつつじの花の髪飾りを手に取る。握っていたから、少ししわになってしまっているけれど、他に穴とかは空いてなくて綺麗だった。そして思い出すのは、やっぱりあの瞬間の事――。

「……っ」

 思い出したくない光景。だけど、あれは間違いなく、『土佐』っていう船の、最初で最後の勇姿だったと言えば、恰好はつくかもしれない。少しは気が楽になるかもしれない。でも、それよりも先に、土佐を喪った、っていう事実がきてしまって、涙が出てくる。

「うぅ……とさぁ……」

 今のこんな私を見たら、土佐はなんて言うだろうか。「ごめんなさい」って謝るか、それとも「先輩らしくない」とか、「情けない」とか言って、怒るのかな。少し凛として、でもちょっと温かい土佐の声を聞きたい。聞いて、安心したい。でも、もうそれは叶わない。

 遣る瀬無くて、膝を抱えて布団に潜っていると、ドンドンと扉が叩かれて、「摂津はいるか」と、上官の声がした。布団から出て、涙を拭って、「はい、おります」と答えると、「お前に話がある」と返ってきた。何だろう、今度は私が沈む番かな。そしたら、土佐に会えるかもしれない――そう考えたら、少しだけ、扉に向かう足取りが軽くなった。

 扉を開けると、上官は「久しぶりだな」と、相変わらず無愛想な声で言ってきた。もうこの人に言い返す余裕もなくて、「そうですね」と答えると、「ついてこい」と彼は歩き出した。その後に黙って続く。

 そうして辿り着いたのは、いつかも来た司令官室。「入れ」と言われ入ると、そこには先客がいた。

 ぺこり、と会釈をしてくるその船は、少し淡い白い髪に、少し気弱そうな――今の私が言うことではないけど――雰囲気を纏っていた。

「揃ったな。それでは、摂津、そして矢風。お前たちの今後についてを説明する」

 そうして、上官は淡々と話始める。

「最近の作戦において、艦隊戦よりも攻撃機による航空戦や、対艦攻撃の重要性が露わになってきた。そこで、摂津、矢風の両艦は、航空隊の訓練に従事してくれ」

「航空隊の訓練に従事って……一体、どうやって?」

 矢風さんがそう質問すると、上官は「これを」と何枚かの紙を束ねたものを、手渡してきた。一枚目を捲ると、そこには細かい文字がずらっと書き並べられていた。

「簡単に説明をすると、まず摂津には、訓練用弾による爆撃に耐えうる艤装に転換する。そして、無線により待機している矢風が摂津に指示を行い、それに沿って動くことで、より実戦に近い訓練を、航空隊に行わせる。それがお前たちの役目だ」

 そんな上官の話を聞いていると、土佐が沈む前にやっていたあの『研究』と重なった。あの時は、砲撃とかの研究、って話だったけど、今回は航空隊の爆撃の訓練。

――つまり私は、土佐の代わりって訳ね……。

 そう思ったら、色んな感情がまた入り混じって、胸がまた痛んだ。

「……上官、質問があります」

 そんな私の横で、矢風さんが手を挙げた。

「なんだ、矢風」

「話を聞いている限り、今回の訓練は僕か摂津さん、どちらかのみで構わないと思うのですが」

「それについては理由がある。同盟国でもあるドイツでは、最近無線技術の発達が進んでいる。我々も目下研究を進めている途中であり、今回の訓練は、その試用も兼ねている為だ」

「なるほど、分かりました」

 頷く矢風さんを一瞥して、上官が「摂津、何かあるか」と聞いてきた。

「……いえ、特にありません」

「そうか。では、話は以上だ。下がって良し」

「失礼します」

「……失礼します」

 上官に一礼して、矢風さんと一緒に司令官室を出る。この後は特に予定はないし、このまま部屋に――と考えていると、「摂津さん」と矢風さんに声をかけられた。

「はい……?」

「この後、少し時間、良いですか?」

「えぇ……まあ……」

 頷くと、「お疲れのところ、すみません」と会釈して、歩き始めた。私もその後ろに続いた。


+++


 矢風さんに連れてこられた先は、いつか土佐と二人で座った、あの護岸だった。

「こんなところに連れ出してすみません。少し貴女と話がしたかったもので」

「はあ……」

 別に私からはないんだけどな、と、昔土佐に言われたようなことを、ぼんやりと思った。

「土佐さんの話、聞きました。同じ標的艦の仲間を喪ったのは、僕も素直に残念です」

 そんな矢風さんの言葉に、何よりも先に、引っかかったことがあった。

「標的艦……、って」

「あれ、ご存知ありませんでしたか? てっきり知っているものかと思っていましたが」

「いえ……全然」

 標的艦に振り分けられたときに貰った紙には、記憶違いでなければ記載はなかったはず。やっぱり、伏せられていたのか。

「土佐さんの功績は、素晴らしいものだったと思います。あの船がいなければ、もう少し戦況も変わっていたでしょう。上層部は、もう少しその事を真摯に受け止めるべきだ」

「……」

 海の方を見ながらそう話す矢風さんに、少し嫌悪感を覚えた。土佐の事を何も知らないくせに、知ったような顔をして、そんな話をして欲しくなかった。確か、あの実験の時には、矢風さんは顔を見せてなかったはずだし。

「何ですか、それで私を慰めようと、こんな所に連れ出したんですか?」

「まさか。今日はただ、純粋にこれから訓練に従事する仲間と話してみたかっただけですよ」

「それなら、もう少し違う話にして欲しいものですね。これ以上何もないなら、私はこれで」

 立ち上がって、歩き出した私に「あぁ、摂津さん」と、もう一度声をかけてきた。

「これから、よろしくお願いしますね」

「……」

 矢風さんの方を少し見て、何も返さずにその場を後にする。

 どいつもこいつも、好き勝手土佐の話をしてくる。それが嫌で部屋に引きこもっていたけど――そう思って、そこで私はふと気が付いた。

 あの頃――土佐が工廠に引きこもっていたあの時、土佐ももしかしたら、私に対してそう思っていたのかもしれない。それでも、そんな私に気を使って、そんな態度を取らないでいてくれたのだとしたら……。

 そう考えたら、ただでさえ土佐がいなくなった穴を塞げないでいるのに、その罪悪感でさらに心が潰れそうになった。

 もう何もかも捨てて逃げ出したい。それが許されないのが、堪らなく苦しい。

――どうしろっていうのよ、本当。

 誰もいない船渠の前で、私は一人立ち尽くした。


――――

〇お断り〇

※本話は分かりやすくするため、『無線技術の発達』としていますが、実際には無線操縦技術の発達になります。興味のある方は、摂津の艦歴を調べてみてください。

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