第一幕:Absurd Buried

1-1.邂逅

――なんで私まだ、ここにいるんだろ。


 つい最近、私は戦艦として戦う前に、『戦艦』であることを剥奪された。理由は、今開催されている海軍軍縮会議で、陸奥を戦艦として運用する代わりだそうで、その意向を聞かされた時、陸奥がものすごく申し訳なさそうに「ほんとに、ごめん」と頭を下げていたのを、あれから一週間経つ今でも覚えている。

 別に陸奥のことを恨んでいるわけじゃない。この決定だって仕方ないことだと思ってるし、このままこの役目を終えるなら、短い命だったなぁ、って思うけど、短命の子が増えてきている中、今更そんなことに悲しむのも馬鹿らしい。

 そうして今、私は上層部うえが、今後、私をどういう風に運用するのかを決めるまでの間、戦艦でも何でもないただの船として、鎮守府から出ることも許されないまま、こうして意味のない日々を過ごしていた。

 最初の三日間こそ、鎮守府の中にある資料室で、色々な資料を読み漁っていた。でも、読むと読むほど苦しくなるような記事が多くなっていって、行くのをやめた。そもそも本を読むのだって、別に好きなわけじゃないし。

「摂津さん」

 そう声をかけられて振り返ると、金剛が、私のほうに歩いてきていた。

「……どうしたの、金剛」

「……話、聞きました。なんというか、その――」

 一生懸命、私なんかのために言葉を選んでくれている金剛に申し訳なくて、「別に、気を使わなくていいよ」と笑う。

「金剛や妹の皆は戦艦として残るんでしょ? 私の分まで頑張ってくれれば、それで良いよ」

 金剛は私の一つ下の船で、その下にも三人姉妹艦がいる。先の軍縮会議では、金剛たち四人姉妹は、戦艦のまま運用されることが決まったそうで良かったと思う。

「しかし、摂津さんだって私にとっては大切な先輩で、一緒に戦線を張れるんだと、この前の観艦式でもお話ししたじゃないですか……!」

「だけど、上層部がそう決めたんだから仕方がないでしょう? 戦争にもルールがあるんだもの、仕方ない」

「……納得できません、そんな事。第一、多くの仲間を亡くすような戦いなのに、そんなルールなんてあってないようなもの――」

 そう捲し立てる金剛の口先に、そっと指を当てる。

「良い? 金剛。あなたの気持ちはとても嬉しいけれど、これはもう仕方がないこと。戦えない私の代わりに、あなたはあなたの守るべき子たちを大切にしてあげて。例えば、あなたの妹とか」

「でも……」

 それでも食い下がろうとしてくる金剛に、「そういう事だから」と半ば強引に話を切って、その場を後にする。

 金剛は良い子過ぎる。それほど一緒にいた時間は長くはないけれど、それでもあの人が如何に良い人なのかは、数回喋っただけでもよく分かる。ああいう人を姉に持てて比叡や榛名たちは幸せ者だな、って思う。私の姉の河内は、いつもどこかに行ってしまっていないから。居てほしい時だって構わず。例えば、今のように。

 金剛と別れて、宛もなくさまよい歩く。金剛に悪気がないことは痛いほど分かっているけど、今は、同情も憐みも、なんなら金剛みたいに気にかけてくれることさえも、疎ましく感じてしまう。だからか、無意識にも人のいない方へ、いない方へ歩いていく。

 そうして辿り着いたのが、昔よく使われたという工廠の建物だった。今は別の工廠が主に使われているおかげで、ところどころトタンは錆びていて、なんなら雑草も生えたい放題だった。それでも、誰かが使っているのだろうか、その工廠の入口に向かって、雑草が踏まれ、けもの道みたいになっていた。

――誰か、いるのかな。

 別にもう無いも同然の命。この工廠の中に、武装した反乱軍か、または米軍のスパイがいたって、もう知ったこっちゃない。投げやりな気持ちで、そのけもの道を歩いて、錆びだらけの引き戸を引く。キィッ、という耳障りな音を立てて開いたその先に、その人はいた。

「……どなたですか」

「え、えっと……」

 冷えた眼差しを向けられてたじろぐ。見るからに、部外者では無い。でも、こんな船いたっけかな……と仕舞い込んでいた記憶の箱をひっくり返していると、ぼんやりとこんな感じの人を、廊下に貼ってある張り紙に載っていたのを思い出した。確かそう、私の名前が書いてあった、戦艦級を剥奪された船のリストに載っていた――……。

「……用がないなら、退出して頂けませんか。今は誰かと話す気分ではないので……」

「あ、えっと……あなた、土佐さん……だよね?」

 なんとか追い出されないために、咄嗟にそう聞くと、彼女は少し戸惑いながら「え、えぇ……私はそうですが……あなたは?」

「私は、河内型戦艦二番艦の摂津。これから、よろしくお願いするわね」

 そう名乗ったとき、土佐さんの目の色が少し変わった気がした。けれど、すぐに目を伏せて、「これから、ですか。あれば良いですね」と悲しそうに笑って、「すみませんが、あなたに話すことは何もありませんので。ごめんなさい」と頭を下げられてしまった。

 これ以上ここにいても、きっと話してはくれないだろうし、「そうですか。ごめんなさい、お邪魔しました」と私も一つ礼をして、その工廠を後にした。


+++


「……あなたには、何も話すことはない、と言ったはずですが」

「まあまあ、そう言わずに」

 その次の日、私は性懲りもなく、土佐さんがいた工廠にまた足を運んで、何を言うでもなく、土佐さんの近くに座っていた。そんな私を、土佐さんは少し邪魔そうにしていたけれど、別に追い出そうとするわけでもなく、いさせてくれた。

 ぼーっと床に手をついて、空を見上げると、雲一つない綺麗な青空だった。

「……ここ、もう使われてないのもあって、人が来なくて静かなんですよ」

 すると、土佐さんがぼそっと、そう話してくれた。

「へぇ……そうなんですね」

「えぇ。もう私はここにいる意味のない船ですから。……加賀姉さんにも、会わせる顔もありませんし」

 加賀――確か、土佐さんと違って、そのまま空母に改装されることになった、今出撃用の艤装を建造中の船だったはず。

「誰よりも、一緒に戦えることを楽しみにしてくれていました。けれど、それも叶わなくなってしまったので」

「……」

 まさか、土佐さんのほうから、そんな話をしてくれるとは思わなくて、少し驚いた。流石に話題が話題なだけに、私も聞きにくかったんだけど、土佐さんから話してくれるなんて。

「今朝、廊下に貼ってある、退役艦のリストを見たら、あなたの名前を見つけたんです。……だからですか、私に近づこうとしているのは」

 その目は鋭かった。まるで、私の心の奥底を覗いてくるかのように。

 土佐さんに言われて、私は少し思い返してみる。確かに、土佐さんに対して、そういう部分がないわけじゃない。でも、この場に来たのは偶然だったし、こうして話せるとは思ってなかったから、素直に嬉しい気持ちもある。我ながら面倒くさいなあ、って思う。

「確かに、そういう気持ちはない、と言えば嘘になるかもしれません。けれど、ここに辿り着いたのは本当に偶然でした」

「……そうですか」

「えぇ」

 それっきり、土佐さんは黙って、私と同じように朽ちた天井から見える青空を眺めていた。その日は、それから日暮れまで話すこともなく、私は工廠を後にした。

 そうして次の日、また次の日と、工廠に通い続けた。土佐さんに本気で拒絶されたらそれまでだ、と思っていたのだけど、一向にその気はなく、言葉に棘はあるけれど、少なくともこの場所に足を踏み入れた時よりも、色々な話をしてくれるようになった。

 そして今日も、工廠の扉を開くと「また来たんですか。懲りないですね」と土佐さんは、初めてちょっと笑った。

「どうしたんですか、そんな腑抜けた顔をして」

「え……いや、土佐さんが初めて笑ったな、って思って」

 すると、「そんな訳ないじゃないですか。おかしなことを言わないでください」とピシャリと返された。

「でも笑ってました! 絶対に!!」

「そんな訳ないじゃないですか。大体、どうして、あなたが来て私が喜ぶんですか」

「え、それは……うーん、純粋に楽しみだったからとか?」

「ありませんね」

 キッパリ言われて、ちょっと凹む。少しぐらい、そういう雰囲気を出してくれたって、罰は当たらないと思うんだけど。

「――でもまあ」

 私が入ってきた扉の方を見つめながら、「このまま誰とも会わずに、朽ちていくことを思えば、それよりは良いかな、とは思います」って、呟くように、少し寂しそうに言った。

「ほらやっぱり嬉しいんじゃない」

「でも、これとそれとは別です。今でも摂津さんが来るのは迷惑してるんですよ、本当。一人の時間を乱されるので」

 けど、そんなことを言う土佐さんの表情は、今までに見たことないぐらい優しかった。

「本心ですか?」

「えぇ」

 そう頷くけれど、でもやっぱり、最初の時みたいな、私を拒絶するような感じじゃなかった。

――まったく、素直じゃないんだから……土佐さんは。

 心の奥でそう思って、ちょっと拗ねたように「そうですか」と言ってやった。そんな私に、土佐さんは「残念でしたね」って少し笑った。

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