1-2.曇天

 それからも、私は土佐さんのいる工廠に、毎日通い続けた。

 理由は、特にやる事が無くて暇だったからだけど、日に日に土佐さんが笑う頻度は増えてきた。その笑顔は、どこか儚くて綺麗だった。

 そして、そんな土佐さんと、工廠の外に出歩くことも増えた。お昼ご飯も二人一緒に食べること多くなったし、いつの間にか私も土佐さんも、お互いに遠慮することもなくなっていった。土佐さんとそういう風な関係になれたのが、嬉しかった。

 そんな日々を過ごして、そろそろ桜が咲こうと言う時期になってきた。昔、この鎮守府の近くに、綺麗な桜が咲いている場所があって、そこに金剛や皆と見に行ったことがある。

 今はもう、金剛は前線に立つことが増えてしまったし、他の子たちを誘おうと思っても、彼女たちだって、金剛と同じように戦っている身だし、前線を退いた私のせいで、あの子たちを変に惑わせることはしたくなかった。

「――だから、土佐さん、一緒にどうかしら」

 食堂で一緒にお昼ご飯を食べている土佐さんに、そう提案すると「摂津さんにしては、風流な趣味があったもんですね」って、目を伏せながら返してきた。

「どういう意味ですか、それ」

「今まで素っ頓狂なことしか言わなかったじゃないですか。もう何度、先輩かどうか疑ったことか」

「いくらなんでも、それは言いすぎでは?」

「いいえ、本当の事です」

 相変わらずつれないことを言う土佐さんにむくれていると、「まあ」と、ご飯を飲み込んで言った。

「あなたはよくご存知でしょうけど、あなたが来るまでは、ずっとあの工廠にこもりっきりでしたし、そういう所にも縁はありませんでしたが……私で良ければ、お付き合いしますよ」

「本当?!」

 嬉しくて、思わず身を乗り出すと、土佐さんが「んんっ」と咳ばらいをした。ハッと気づいて周りを見回すと、整備士さんや職員の人たちが、こっちを怪訝そうに見ていた。

「……そういう所が、本当に先輩なのか、と疑う所なんですよ」

「す、すみません……」

 さすがに私も恥ずかしくて、縮こまっていると、「そういうわけで」と、いつの間にかご飯を食べ終えていた土佐さんが、席を立った。

「え、あれ?! 土佐さん、もう……?」

「あなたが話過ぎて遅いだけです。それじゃ、私は図書室に行くので」

「あっ、待ってください!! 私も行きますっ!」

 急いでご飯をかっこんで、すたすたと歩いていく土佐さんの背中を追いかけた。そんな毎日が、私は気に入っていた。


+++


 土佐さんが書庫で本を読んでいる間、久しぶりに私も何か読んでみようと思って、文献を探してきて、その隣でいざ読んでみる。けれど、久しぶりだからなのか、それとも内容が難しいからか、まったく内容が頭に入ってこない。

「……はぁ」

「もうギブアップですか」

 長く息を吐きながらそっと文献を閉じると、土佐さんに笑われた。

「私には難しすぎるんです。土佐さんはよく読めますね、こんなの」

 土佐さんが手に持っているのも、小難しそうな戦術書だけど、もうすでに半分近く読み進めていた。

「まあどこかで役に立つかな、と思えば読み進められるもんですよ。試しにどうです?」

「いいですっ! 絶対眠くなるから!!」

 そう返すと、土佐さんは「そうですか」と苦笑いを浮かべた。そして、「それにしても」と続ける。

「最近思うんです。他の皆さんは、明日があるかも分からない戦いに従事しているというのに、私たちだけ、こんなのうのうと過ごしていて良いんだろうかと。

 廊下を歩けば、沈んでしまった方の名前を見たり聞いたりして、それが嫌であの工廠に居たんですが、最近こうしてあなたと鎮守府を歩いていたら、やっぱり目に入ってしまって」

 窓の外の海を見つめながら、土佐さんが言う。確かに、土佐さんの言う通り、こうして暢気に過ごしているのも、きっと私たちぐらいで、他の皆は今日も戦線に出ている。最近も、私の知り合いが一隻沈んだって話も聞いた。金剛たちは、まだ頑張っているみたいだけど。

「でも、今はそうするしか無いわけだし、仕方がないのでは?」

 そうは言ってみるけど、私だってそう思う。

 土佐さんとの日々が場違いにも楽しくて、よく忘れてしまうけれど、今後の処分を待っている身だ。

 もしかしたら明日、自沈処分(その艦船を、意図して沈めること)をさせられるかもしれないし、誰かを曳航えいこう(他の船を引いて航行すること)する役目を任されるかもしれないし、無いとは思うけど、戦艦として、戦線を張れと言われるかもしれない。それで言うと、私たちだって明日があるか分からない。

 それなのに、「桜を見に行こう」だなんて約束を交わした。あるか分からない、『未来』の話をした。でも、そこを突かないのは、私も、きっと土佐さんも、その事から目を逸らしいからだと、思う。

「……まあ、そうですよね。きっと」

「えぇ」

 そう頷く声も、どこか暗かったかもしれない。ため息を一つ吐いて、窓の外の空を見上げた。今日は曇り、それはまるで、私たちの未来を暗示しているかのようだった。


+++


 それでも、そんな『未来』が来た。

 四月。戦況は悪くなる一方だけれど、それでも、いや、それだからか、私たちが叶わないと、どこかで諦めていた日がやってきた。

「ここですか、あなたの言ってた場所って」

「はい! もうそろそろかな、と思って来てみたんですが、丁度良かったみたいですね」

 鎮守府近くの丘を上った先に広がるのは、綺麗に咲いた桜の数々。

「一応鎮守府の敷地なので、来ても怒られないし、他に来る人もいないので、私が一人になりたい時はよく来ていたんです」

「へぇ……でも、どうしてそんな場所を、私に? 桜を見れる場所なら、他にも――なんなら、鎮守府の敷地にだってあるじゃないですか」

 そう聞いてくる土佐さんに、「そうですねぇ……」と少し考える。

「……まあ、あなたが一人になれるあの工廠を奪ってしまいましたし、そのお詫びというか?」

「お詫びにしては、相当遅いですけどね」

「確かに」

 二人して笑う。気付けば、出会ってからそろそろ半年近くが経とうとしていた。こんな時代に、こうして土佐さんと話せていることが、何よりも嬉しかった。

「それにしても、本当に綺麗ですね。桃色の絨毯みたいで」

「でしょ?! 昔は金剛たちと見に来てたんですけど」

「……今、確か次の作戦に向けて、待機中なんでしたっけ」

「えぇ」

 それから二人並んで、しばらく風に揺れる桜を眺めていた。今日は綺麗な青空が広がっていて、下の桃色と相まって本当に綺麗だった。

 そして、しばらく経った頃、土佐さんが珍しく「摂津さん」と、私の名前を呼んだ。

「? どうしたんですか、土佐さん」

「あの、実は、摂津さんに話そうと思ってたことがあって」

「話そうと思ったこと?」

 首をかしげると、「えぇ」と土佐さんは頷いた。

「そのですね、この六月から、砲撃や魚雷などの研究に従事することが決まりました」

「へえ、そうなんですか」

「はい。まあ宙ぶらりんでいるよりかは、良いかなって思います」

 砲撃や魚雷の研究に携わる、ということは、実弾を砲撃したり、逆に受けたりするような事をするんだろう。流石に敵相手に撃つわけではないから、流石に沈むような事故は起きないと思うけど、それでも、友達がそういう役に就くのは、少し不安だった。

「それで、どこかの鎮守府に移るの?」

「いえ、今のところ、この鎮守府で行うそうです。なので、これからも会えますよ」

「やっ! 別に、そう言う意味で聞いたわけでは……っ!」

 そう否定してみるけど、「果たしてどうでしょうね」と笑われてしまった。胸の内は読まれているらしい。正直、残る、って聞いて安心した。

「……摂津さんは、まだ、ですか」

「えぇ。一応、『標的艦』という括りに変更にはなったけれど、まだ具体的な話は聞いていません」

 私と土佐が戦艦籍を外されることになった、あの条約が締結して、正式に私たちは戦艦ではなくなった。だから、土佐さんはそう言う実験に駆り出されることが決まったんだと思う。多分、その事が言い渡されたのは、私が「標的艦」という括りになる、という伝達されたのと、そう遠くないだろう。

 ただ、私の場合、何をするのかまでは聞かされていない。文字面を見れば、土佐さんと同じようなことをするのかな、とも思う。

 でも、それであれば、別に彼女だって同じ『標的艦』という艦種になるはず。けれど、伝達されたときに貰った紙面のどこにも、土佐さんの名前はなかった。まだ伏せられているだけかもしれないけど。

「ともあれ、ようやくですね」

「えぇ、ようやく」

 半年待った。そして、ようやくその方針が決まった。ひとまず私も土佐さんも、自沈処分みたいな終わりを迎えなくてよかったと、ちょっと安心した。

 めいを受けたなら、そのめいを全うするのみ。それが私たち、『戦うために生まれた船』として、生まれたものの運命だ。そして、それを全うした先に、早く平和が訪れて、またこうして土佐さんと笑えたなら、それが一番だなって、そう思う。

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